10.結ばれる










キュウシュウの争いは狼牙軍団の勝利を持って終結した。
ジャンヌが捕虜となり、ホーリーフレイムの残党は戦意を喪失して全員が武器を捨てた。
ホーリーフレイムはジャンヌという神の代行者への信仰心から強力な一枚岩となっていた団体であるため、
彼女を失ってはどうしようもなかったのだ。こうして、ホーリーフレイムは壊滅となった。
そして、狼牙達は現在、キュウシュウ内における戦後処理に終われる日々を送っていた。

「狼牙、ジャンヌと騎士隊長達を連れてきたぞ」

「おう、ありがとよ。
 ・・・さて、ジャンヌ。ここに呼ばれた理由だが、何だか分かるか」

久那妓に連れられて来たジャンヌは、狼牙の質問に答えようとはしなかった。
彼女は運命を受け入れているのだ。敵軍の大将、その命がどのように使われるかなど分かりきっていること。
己の命は残り幾許もないだろう。だが、将として、異国人を率いた者として最後にすべきことはある。

「・・・斬真狼牙よ。敗軍の将がこのようなことを言うのは愚劣だとは思っている。
 だが・・・だが、一つだけ願いを聞き届けて欲しい。私の命ならばどうなろうと構わぬ。
 しかし、どうか部下と民の命だけは助けて欲しい・・・全ての罪は、私にある・・・」

「ジャンヌ様!!」

「・・・お前の仲間は、その意見に納得してないみたいだけどな」

狼牙は視線をジャンヌの後ろに控える三人へと向ける。
彼等はここが敵の本陣であることや、自分達が丸腰であることなど考えてはいない。
心にあるのは唯一つ。その命に代えてもジャンヌを守り通すこと。それだけだった。

「頼む・・・復讐心により、我等が許されざる蛮行を行ったことは否定しない。
 無辜の日本人を虐殺しておきながらそのような言を吐くことも許されないとは分かっている。
 だが・・・だが、それでも私には・・・こうするしか民を守る方法は残されていないのだ・・・」

「だとよ。・・・どうする、美潮。
 俺はこの件にはどうするか決める権利はねえ。ジャンヌのことはお前が決めるんだ」

狼牙の言葉に、美潮は表情を引き締め軽く頷いた。
そして、ジャンヌの元へと歩み寄っていく。
それは親の仇。それは友の仇。それは大切なモノを奪った憎き怨敵。
その張本人が今、こうして美潮の目の前にいるのだ。

「お前は・・・」

「・・・河野美潮。貴女達に両親や友達を殺された人間です。
 お父さんもお母さんも、異国人を差別なんてしていませんでした。それどころか一緒に生きていくつもりだった。
 それなのに、貴方達はみんなの命を奪った。日本人の全てを敵とみなし、私の大切な人達を奪った」

「しょうがないじゃない・・・だって、それしか私達の道はなかったのよ!?
 私達は常に虐げられてきた!!それこそ理不尽に殺されたりすることなんて日常茶飯事だった!!
 異国人だからって理由で、そんな理由で差別されてきたのよ!?他に方法なんてないじゃない!!
 今だってそう!!私達は負けたから、貴方達は異国人を皆殺しにするつもりなんでしょう!?」

泣き叫ぶエクレールに、美潮はきっと表情を映し変えた。
そして、乾いた音が部屋に響き渡った。それは、美潮がエクレールの頬を叩いた音だった。

「・・・しないで・・・私達を、貴女達と一緒にしないで下さい!!!
 私達は貴女達とは違う!!そうやってずっと互いに殺しあって一体何が残るんですか!!
 どうして手を取り合って生きていくことが出来ないんですか!!生きて償うことを思いつかないんですか!!
 嫌い・・・私は貴女達が大嫌いです。そうやって苦難の道から目を逸らしていつも逃げ道ばかり作ろうとする
 貴女達が大嫌い・・・どうしてそんな風に拒絶することでしか道を見出せないんですか・・・」

そういい残し、美潮は部屋から出て行った。
狼牙は軽く溜息をつき、言葉を失ったままのジャンヌの方に視線を移した。

「ま、そういう訳だ。悪いが交渉は見ての通り決裂だ。
 参謀が反対する限り俺達はアンタの提案には乗ってやれねえな」

「・・・そう、か・・・そうかもしれぬ。
 私達は神を名目にしていつも逃げ道を作っていたのかもしれんな。
 今、初めて罪を自分たちで背負うときがきたというだけのこと、か・・・」

「それじゃ、改めてお前等の処遇を伝える」

狼牙の言葉に、ジャンヌは瞳を閉じて断罪の時を待つ。
後悔は無いとはいえない。だが、それに気付くにはあまりにも遅く、無駄な血を流しすぎた。
願わくば、最後に一度あの少女に謝りたかった。許されざる罪とは分かっていても、ただ一言。

「元ホーリーフレイム総長ジャンヌ、お前には異国人達の代表として日本人との橋渡しとなることを命じる。
 そして騎士隊長バイラル、アイレーン、エクレールはその補佐につくこと。以上」

「な・・・」

狼牙の言葉に、ジャンヌを初め、四人は驚きの余り声をあげる。
それも当然だ。死罪が出ると思っていたところに、目の前の男はとんでもないことを言い出したのだから。

「・・・あ?何だよ、不服か」

「馬鹿な・・・お前は自分が何を言っているのか、分かっているのか。
 先程まで日本人を皆殺しにしようとしていた人間を許すどころか、解放すると言っているのだぞ。
 それどころか、異国人の代表だと・・・」

「その方がキュウシュウを平和にする為には手っ取り早いだろうが。
 いいか、俺達は異国人を差別しようなんざ誰も考えていねえんだよ。
 お前達、異国人を差別していた・・・あ〜、空也、何つったっけ?

「キュウシュウ学園連合だ」

「そうそう、そいつ等も既にぶっ潰したしな。
 俺達が望むのは異国人も日本人も関係ねえ、みんなが笑いあって過ごせる国だ。
 その為には異国人のことを一番理解してるお前等を代表にすることが一番だと判断したんだよ」

「だがっ!!」

「お前、美潮の言ってたことちゃんと聞いてたか?
 いいか、お前達の出来ることは過去への後悔じゃねえだろ。今生きて、しっかり償うことだろうがよ。
 異国人達がお前等のような不幸な目にあうことのない新しい世界を作ることだろうが。違うのか?」

そう、それはジャンヌの夢見た世界。
異国人達が謂れの無い差別を受けない為に、新たな世界を作ろうとした。
だが、ジャンヌの思い描いた世界には日本人は存在していなかった。させようとも思わなかった。
彼等を憎む余り、彼女は一番大切なモノを見失ってしまっていたのだ。
本当に大切なモノは、差別の無い世界。異国人だからといって、分け隔てられることのない世界。
そう・・・日本人たちと一緒に、笑いあえる世界。それが望みだった筈なのに。

気付けば、ジャンヌは涙していた。
一体、何を間違えてしまったのだろう。
一体、どこで間違えてしまったのだろう。
日本人を恨む余り、自分達は大切なモノを失ってしまった。
彼等にだって、大切な家族はいたのに。彼等にだって、大切な仲間はいたのに。
それらを失う痛みを誰よりも知っている筈の自分達が、同じことを繰り返してしまった。
――何て愚か。気付くには余りに遅すぎた。死して償うことすら生温い。
だが、目の前の少年は、そして先程の少女は私にチャンスをくれた。
本当に、彼等に償う為に、今の私が出来ること。道を失ってしまった私に訪れた、最後の機会。

「・・・頼みがある・・・私を、狼牙軍団の末席に加えて欲しい・・・
 私達が今、本当にすべき償いを・・・貴方の元で、今一度行わせて欲しい・・・」

「ああ、勿論大歓迎だぜ。だが、勘違いするなよ。
 お前たちがすべき事は償いの為に生きることだけじゃない。
 今度は皆が笑えるように尽力するんだ。無論、お前等も含めてな。そうじゃねえとつまらねえだろ」

狼牙の言葉に、彼の仲間達は全員が笑って頷く。
その様を見て、ジャンヌは確信した。自分達、ホーリーフレイムが彼等に絶対に敵うことは無かったということを。
彼等が見ているのは未来。自分達はただ過去に捕われていただけ。
その絶対的な目的の差があったからこその敗因だったのだ。未来に生きる彼等に我等が敵う筈もない。
そして、ジャンヌは誓う。
今まで神の剣として血に染まったこの身がまだやり直せるのだから。もう一度だけ機会を貰えたのだから。
我が身は再び剣となろう。今度は神の剣などではなく、全ての人々を守る為の一振りの刃と。
彼等と共に、新たな未来を切り開く為に。












 ・・・












「よお、探したぜ」

「狼牙・・・」

海王学園の教室の一室に、美潮は一人窓の外を見ながら佇んでいた。
彼女の視線の先にはグラウンドがあり、今回の争いの勝利を祝い多くの人々が大騒ぎをしていた。

「・・・みんな、楽しそうです。本当に楽しそうに祝勝会を行ってます。
 その予算のおかげで私がまた沢山遣り繰りしていかないといけなくなったというのに」

「そうだな。ま、大変だとは思うが頑張ってくれ。なんせそういう細かい仕事は今や美潮しか出来ねえからな」

「本当・・・人事だと思って」

苦笑する美潮の傍に、狼牙は歩いていく。
美潮の隣に立ち、彼女の横顔を見るが、彼女は表情を変えなかった。

「・・・私、やっぱり駄目です。どうしても感情が抑えられませんでした」

「ジャンヌの時のことか?」

狼牙の言葉に、美潮は頷いて肯定する。
その視線は未だにグラウンドへと向けられている。ただじっと、グラウンドの皆を。
それはまるで、狼牙と視線を合わせたくないが為にそうしているようにさえ感じられた。

「あんなつもりじゃなかった。あんな事を言うつもりじゃなかったんです。
 ジャンヌさん達を責めるつもりなんて無かった。
 そんなことをしてもお父さんやお母さんが返ってくる訳じゃないと分かっていた。
 でも・・・駄目でした。エクレールさんの言葉を聞いて、何も考えられなくなった。
 あんな言葉が聞きたかったんじゃ無かった・・・私はあんな言葉を言いたかった訳じゃなかったんです・・・」

「分かってるさ。お前の言いたいこと、ちゃんとあいつ等に伝わってるよ。
 あいつ等はお前に感謝してたぜ。償う機会を与えてくれたって。もう一度立ち上がる理由をくれたってな」

ぽんぽんと美潮の頭に優しく手を載せ、狼牙は笑って答える。
狼牙の優しさに触れ、美潮はとうとう涙を流し始めた。その様子を狼牙は笑ったままで見つめていた。

「お前って、実は結構すぐ泣くよな」

「誰の・・・せいだと・・・思ってるんですか・・・ばか」

「おいおい、俺か?俺のせいなのか?」

「そうです・・・狼牙がいけないんです・・・狼牙が、いつも優しいからいけないんです・・・」

「そうかい。そいつはしっかり責任取らないといけないな」

泣きながら反論する美潮に苦笑し、狼牙は美潮を抱き寄せ、その場に座り込んだ。
小柄な美潮は為されるがままに狼牙へと引き寄せられる。彼女は一切抵抗をしなかった。

「改めて言うぜ。美潮、俺の女になってくれ。
 キュウシュウを救ったとかそんな理由は抜きに、お前が欲しくなっちまったんだ。お前の答えを聞かせてくれ」

「・・・狼牙は本当に馬鹿です。そして意地悪です。
 私の答えなんて最初から知ってるくせに、それでも言わせようとしてる」

「俺はお前の口から直接お前の気持ちが聞きたいんだよ。駄目か?」

「・・・ばか。本当に、おおばか」

夜の校舎の一室で、二人の距離は初めてゼロになる。
長い口づけを交わし、狼牙とようやく目を合わせ、顔を真っ赤にしたままで美潮は彼に告げた。

『私も、狼牙の事が大好きです』

その時の彼女の笑顔を、狼牙は決して忘れることは無いだろう。
初めて彼女が見せてくれた、幸せに包まれ大輪の花を咲かせたとびっきりの笑顔を。















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