11.仕方ない










ホーリーフレイムとの決戦を終え、狼牙を待っていたのは雑務に追われる日々だった。
自分達のいた世界の頃から、総長として仕事に追われていた狼牙だが、この世界に来てまで同じ仕事を繰り返す事に
少々嫌気がさしていた。無論、そんな狼牙の気持ちをこちらの世界の住人である美潮が知るわけもなく。

「聞いてますか、狼牙。早くこの書類全てにサインして下さい。
 他の仕事だって沢山あるんですから」

「・・・おう」

彼の机の前で狼牙をせっついている訳である。
キュウシュウを征圧して二週間。平穏に向かいつつあるキュウシュウの地盤を固めているのは
他ならぬ彼等の地域復興活動において他ならないのだ。そして、その最たる基礎となるのがデスクワークなのである。

「その・・・美潮、狼牙殿の分は私が受け持つが」

「駄目です。そうやってジャンヌさんはいつも狼牙を甘やかそうとするんです。
 狼牙がサボって遊んでばかりいては他の人たちに示しが尽きません。今日という今日は厳しくいきます」

「そ、そうか・・・浅慮な意見だった。済まなかった」

狼牙の隣で同じようにデスクワークをしていたジャンヌは、美潮の迫力に思わず引き下がる。
あの一軒以来、ジャンヌは狼牙の側近として文武共に鬼神の如き活躍をしていた。
元ホーリーフレイムの総長は伊達ではなく、彼女の活躍はキュウシュウ平定の上でこの以上ない程の力となっていた。
だが、ジャンヌは美潮にだけはどうしても弱く、このようにいつも意見を押されてしまう。
この力関係だけはこれから先どうやっても変わることはないのかもしれない。

「おいおい、神の代行者とも言われたアンタが美潮に尻込んでどうするんだ。
 そんな様じゃバイラルのオッサンやアイレーンが泣くんじゃねえか。エクレールは号泣するだろうな」

「・・・黙れ、蛇王院空也。私は美潮の意見が正しいと感じたからこそ黙したまでだ。
 貴様の口出すような事ではない」

「お〜、怖い怖い。狼牙や美潮には心を開いているくせに俺にはその態度かい。
 つれないねえ。これから先、戦場を共にしようっていう仲間に対して」

「私は貴様に背中を預けるつもりは毛頭ない。
 己の信ずるべき者、己より強き者以外に私は頼ったりはしないからな」

「・・・ほう?聞き捨てならねえな。それは俺がお前より弱いって言ってんのか。
 そういや、お前とは決着をまだつけてなかったな」

「止めておけ。貴様の無様な姿を狼牙殿にワザワザ見せる必要は無かろう。
 力が弱くとも貴様はこの軍の副長だ。それだけは誰しも認めているのだ。それでいいではないか」

「・・・面白え。表に出な。もし俺に勝ったら副長の座をお前に譲ってやるよ。
 いい加減、テメエとは白黒つけたいと思っていたところだ」

「フン・・・良かろう。貴様との決着などはどうでも良いが、副長の座は見過ごせん。
 私が副長になれば狼牙殿にも美潮にも仕事の負担を減らしてあげられる。
 貴様のようにサボってばかりいる自堕落な人間に副長は任せられん」

「ちょっと待てや。サボってるのは俺だけじゃなくて狼牙もだろうが」

「狼牙殿は良いのだ。彼は総長であり、皆のカリスマだ。
 頭は動かず、どっしり構えていればいい。狼牙殿の仕事は狼牙殿らしくいることだ」

「それをさっき美潮に言えばよかっただろうが。どうせ反論されるのが怖くて言えなかったんだろ。
 トコトン美潮に甘い野郎だな、オイ」

「・・・野郎、だと。貴様、言うに事欠いて私に野郎と言ったな・・・
 シャイラの男だから半殺し程度で済ませてやろうと思っていたが・・・良いだろう、その命、私が引導を渡してくれる。
 出ろ。私が神の代行者と呼ばれた所以を貴様の身体に教えてやる」

「へっ、お前こそ一生モノの傷が体に残っても泣くんじゃねえぞ。
 そんときゃ狼牙にでも貰ってもらえや。俺はお前みたいな女は死んでも御免だがな」

殺気を振りまいて、二人は獲物を片手に部屋の外へと出て行った。
苛立ちを隠せない美潮に、狼牙はトドメの一言を放つ。

「なあ、美潮。どっちが勝つか見にいかねえ?」

「・・・・私はっ!!!仕事をっ!!!しろと!!!言ってるんですーーーーー!!!!!!」

「うおおおお!?」

抱えていた書類を全て狼牙に投げつけ、美潮は子供のように爆発した。
彼女がこのようになるのも無理からぬことだった。この軍には決定的に文官が足りないのだ。
だからこそ、彼女の負担が日に日に大きくなっていく。
先程のような光景を何日も何日も見せられては流石の美潮もストレスの限界だったのだ。

「お、おいっ、落ち着け美潮っ!!」

「何ですかっ!私は充分に落ち着いてます!!いつもいつもいつもいつもいつも私に仕事押し付けて!!
 貴方は一体自分の立場をなんだと思ってるんですか!!総長だという自覚はあるんですか!!
 キュウシュウ全土に関する仕事を私一人で終わらせることが出来ると思っているんですか!!」

「ああもう、頼むからこれで許してくれよ。なっ?」

「はうっ・・・」

狼牙の胸元に引き寄せられ、美潮はようやく言葉を鞘に収めた。
美潮が落ち着いたことに、狼牙は軽く息をつく。そして、狼牙は現状に頭を痛める。
現在の狼牙軍団には圧倒的に文官が足りない。その現状が、美潮一人の負担になっていた。
以前の狼牙軍団は、狼牙の兄である豪を始め、咲苗、綾、智香、由真、カミラ、ウルルカ、みちるといった人々のおかげで、
何一つ困ることはなかったのだが、それらの人々はキュウシュウにはいないのだ。
現状、文官として使えるのは美潮、ジャンヌ、バイラルといった三人くらいだろうか。
時々シャイラやアイレーンも手伝うものの、二人はあくまで出来ることは手伝うだけに過ぎないのだ。

「・・・しょうがねえか。これ以上お前を無理させる訳にもいかねえしな」

「え?」

何でもねえよ、と狼牙は美潮の頭を優しく撫でる。
狼牙の手に、美潮は驚き少し身体を反応させたものの狼牙にされるがままにしていた。
丁度その時、部屋の扉が開き、久那妓が部屋に入ってきた。それを見て、美潮は慌てて狼牙から離れる。

「?別に狼牙に抱きついていても構わんぞ。私は気にしないからな」

「い、いえ・・・お構いなく」

「そうか。それより狼牙、お前に客だ」

「客?護国院の奴等が宣戦布告でもしてきたか?
 三国は華苑のヤツが抑えてくれてるからねえとは思うんだが・・・」

「まあ、護国院といえば護国院だな。とにかく会えば分かる」

そう言って久那妓が部屋に通した人物を見て狼牙は驚きの余り表情を固まらせる。
そこには、彼等が知っている女性、そうハッキリ断定出来ない人物が立っていたからだ。

「お久しぶりです狼牙さん。・・・それとも、ここでは初めましての方がいいんでしょうか?」

「扇奈・・・?お前、どうして・・・」

狼牙の前に現れた人物、それは彼の愛人であった女性――京堂扇奈その人だった。
だが、彼等の知る扇奈はこちらの世界に記憶を持って現れることなど無いのだ。
何故なら、最早彼等の知る京堂扇奈はこの世には存在していないのだから。
そう、彼女は記憶とともに一人の女性として、ただの巫女として弐乃静に変えられたのだから。

「やっぱり狼牙さんもそういう反応をするんですね。まあ、仕方ないと言えば仕方ないんですが・・・
 えっと、私も色々ありまして・・・その」

扇奈は視線を軽く美潮の方へと向け、狼牙へと向きなおす。
それは狼牙に『そこの人がいてもこのまま話してもいいのか』という意思表示だった。

「美潮、悪いがちょっと席を外してもらえるか。
 ちょっと個人的な話があるんでな」

「え、ええ・・・分かりました。部屋の外にいますので何かありましたら呼んでください」

狼牙の言葉に頷き、美潮は扇奈に一礼して部屋から去っていく。
その様子を見て、扇奈はくすりと楽しそうに笑う。

「可愛い方ですね。私は会った事ないんですが、狼牙さんの新しい女の方ですか?」

「ああ、美潮っていうんだ。良い女だぜ。
 ・・・そうだな、お前には『向こうの世界ではスカルサーペントの番長だった』って言ったほうが早いか」

「あはは、残念ですが私はそこまで狼牙さん達と共に戦えなかったので
 スカルサーペントというのについてはちょっと」

「ああ、それもそうか。・・・ま、それはいいんだ。
 つまり、お前は俺達の知ってる扇奈で間違いないんだな」

狼牙の言葉に、扇奈はこくりと頷いた。
それを見て、狼牙はニヤリと笑う。嬉しさが抑えられずに零れてしまったのだ。

「そうか・・・なら、この世界にも少しは感謝しねえといけねえな。
 この妙な世界のおかげでお前と再び会うことが出来たんだからな」

「ふふ、そうですね。私も狼牙さんと再び会えるとは思っていませんでした」

「それで扇奈、お前はこの世界の何処に居たんだ?やっぱ護国院か?」

「はい。気付けば護国院の一室にいまして。軟禁状態だったのですが、少し脱出に手間取っちゃいました。
 そこから抜け出した後は、最初は闘狂に向かってたんですが、どうもこの世界に違和感を感じまして。
 その際に、狼牙さんの噂を聞きつけまして。それでここに尋ねてきたんですよ」

「・・・ふむ、扇奈。闘狂には辿りつかなかったのか」

「えっと、辿り着いたことは着いたんですが・・・どう見ても狼牙さんがいるような雰囲気ではなかったので。
 そうですね、戦争寺と煉獄は健在でしたので向こうは未だに戦闘が続いているのでしょう」

「規模はどのくらいか分かるか?」

「・・・明らかに私の知ってるより遥かに大きかったですね。中にはPGGや護国院の軍隊も見えました。
 恐らく、戦争寺と煉獄の戦争に加勢しているのではないかと思います」

「そうか・・・なら、やっぱり先に護国院を潰さねえと闘狂へは行けねえか」

「だが、今の我等に護国院と正面から闘うほどの余裕はないぞ。
 現在、致命的な程の人手不足に陥っているんだ。防戦はともかく、進軍する程の余裕はあるまい」

久那妓の言葉に、狼牙は笑って答える。

「だから、さっき美潮に言ったんだよ。仕方ねえなって」

何か悪戯を思いついたような表情を浮かべる狼牙に、久那妓も扇奈も首を傾げる。
そして、狼牙の話を聞いて二人は笑った。成る程、相変わらず無茶苦茶なところは狼牙らしいと。















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