19.二万BPの価値










神耶に連れられて狼牙達は元の世界でシオンのいた屋敷に連れられた。
狼牙が扉を開けるとそこには懐かしい顔が見えていた。

「よう、シオン。元気にしてたか」

「マスター!」

そこには向こうの世界で彼の愛人だった女性――ロボット、シオンがいた。
狼牙の顔を見るや否やシオンは笑顔を浮かべて狼牙へと飛び込むように抱きついた。

「お、おうっ!?どうしたシオン!?」

「マスター!マスター!マスター!」

「ああ、よしよし・・・寂しい想いをさせちまったな。これからはちゃんと一緒にいるからな。
 お前も俺の女なんだからよ」

「あい、マスター・・・」

胸の中で泣きじゃくる少女の頭を撫でながら、狼牙は苦笑した。
だが、周囲から声が何も上がらない為、狼牙は視線を皆の方へと向けるとそこには三つの冷たい視線が待っていた。
――美潮とジャンヌとエクレールである。

「な、なんだよお前等・・・」

「・・・狼牙、いくら何でも子供に手を出していただなんて。それは流石に犯罪だと思います」

「ちょ、ちょっと待て!?何か勘違いしてる・・・つーかお前がシオンの事言える立場かっ!!この幼児体型!!」

「狼牙殿・・・否、私が主の趣向に口出しすべきではないな。
 英雄色を好むともいう。両者が合意の上ならば年齢など関係ないのかもしれん・・・」

「ジャンヌ・・・どうして俺の目を見て話さないんだ。思いっきり視線逸らすな」

「変態!!変態!!狼牙の変態!!狼牙のロリコン!!」

「てめえエクレール!!!久那妓以外が相手だと調子に乗りやがって!!いっぺん泣かすぞお前!!」

ぎゃあぎゃあと言い合う四人に対し、遠目で見ているのは久那妓と扇奈とエクレールと神耶の四人。
彼女達はシオンの事を知っているので今更あれこれと言う筈がないのだ。

「そもそも私達は久那妓さんの身体が小さくなっていた頃のことも知っていますしねえ・・・
 その頃から狼牙さんは久那妓さんに手を出していた訳で」

「だな。今更狼牙にそっちの気もあることくらい、別段どうということはない。
 という訳で喜べマリーシア」

「あははは・・・よ、喜んでいいのでしょうか・・・はうう・・・私だって大きくなったらもっと・・・」

「・・・本当・・・馬鹿ばっか・・・」

いまだ口論冷めやらない四人だが、一人の男の言葉によって会話が中断された。

「成る程・・・シオンが惹かれる訳だ。確かに魅力的な人達だね」

「あん・・・アンタ、月臣鬼人じゃねえか。どうしてアンタがここに・・・
 というか、アンタも向こうの記憶持ってるのか?」

狼牙の言葉に、鬼人は『いや』と首を振って否定する。
不思議そうな表情を浮かべる狼牙に鬼人は『だが』と笑って付け加える。

「大体の話はシオンから聞いているよ。君達の事も、『リオン』の事もね。
 ナイトメア・アイズの支配下にあった私を助けてくれたシオンが教えてくれた」

「なるほど・・・こっちの世界ではまだリオンは生まれてないからな。
 リオンがこの世界に生まれる為にはアンタの力が必要だ」

「分かっているよ。だが、リオンを本格的に作る・・・違うな、生まれさせる為にはちゃんとした設備が必要なんだ。
 ここは私の師の研究所で設備面には問題ないんだが、何分他人の研究設備だと色々と不都合があってね。
 リオンを生まれさせる為にも、なんとかしてナイトメア・アイズから私の研究所を取り返したい」

「研究所だけじゃ生温いな。俺達はナイトメア・アイズを潰すつもりできたんだぜ。
 とりあえず吸血鬼は全部俺達がどうにかしてやるから、アンタはここで待っててくれよ。リオンの為にも、な」

狼牙の言葉に、鬼人は笑って頷いた。
話はまとまったとばかりに、狼牙は仲間達の方を振り向き、楽しそうな笑みを浮かべた。

「つー訳で、俺達は今からナイトメア・アイズの本拠地に乗り込むことになった訳だが。
 何か異論があるヤツはここで言ってくれ」

狼牙の言葉にいち早く手を上げたのは美潮だ。
やっぱりかという苦笑を浮かべて、狼牙は美潮に何だと尋ねた。

「狼牙が無茶苦茶を言うのは今更ですし、ナイトメア・アイズに強襲をかけるのは最初から分かっていたことです。
 ですが、改めて意見させて下さい。ハッキリ言って、この戦力でナイトメア・アイズに仕掛けるのは無謀だと思います」

「そう思う理由は?」

「戦力の数が違いすぎることです。確かに狼牙をはじめ、ここにいる皆さんは一騎当千の強者ばかりです。
 ですが、相手の総戦力数は約六万強。対してこちらは十に満たない数。闘京の時とは話が違います。
 一応とはいえ、私は狼牙軍団の参謀です。このような作戦に『はいそうですか』と簡単に許可を出すわけにはいきません」

美潮の言葉に、狼牙は成る程なと嬉しそうに笑みを浮かべる。
彼が笑うのは美潮の意見が一笑に付すべきモノだったからではない。
美潮の意見が理に叶い、例え相手が総長であっても一歩も引かない強い意志の感じられるモノだったからだ。
総長に尽くすだけが参謀ではない。時には正面から反発してこそ参謀なのだ。
それが分かっているのか、久那妓もジャンヌも嬉しそうに笑っている。

「しかし美潮、吸血鬼達は統制が取れていない烏合の集だぜ。
 それに別に正面から乗り込むわけじゃない。俺達は向こうの総長に会うことが出来ればそれで勝ちが決まるんだ。
 何とかならないか?」

「なりません。敵の本拠地に乗り込むことがどんなに困難か、ホーリーフレイムとの戦いで散々味わったでしょう。
 敵はその時の三倍以上の兵数なんですよ。どうにかして敵の注意を他に背けない限り、
 敵は本拠地周辺に守りを固めて陣を敷くでしょうね。もし私がホーリーフレイムならそうします。
 ですので私はやはり一度諦めて死魔根に戻り・・・」

「ほう・・・なら、美潮は『敵の注意を他に背ける』方法を持っているんだな?」

狼牙の指摘に、美潮はしまったとばかりに口を押さえた。
だが、時既に遅し。それを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべて狼牙が美潮ににじり寄る。

「な、なんですか・・・」

「お前、何か隠してるだろ?実はお前が空也やシャイラと影でこそこそやってたのを知ってるんだよな。
 だから空也達も俺達が少数でナイトメアに向かうことを簡単に了承したんだと俺は踏んでいるんだがな。違うか?
 そして俺が思うに、それはこの状況を打破出来るモノとみた。さあ?遠慮なく吐いてみ?」

「そ、そんなもの何もありませんっ!!私は何でもロボットじゃないんです!
 そんな簡単に良い作戦が出るものですかっ!!ひゃあああ!!!」

言葉の途中で狼牙は子供を持ち上げるようにして、思いっきり美潮を両手で抱きあげる。
そして力強く上下にシェイクする。これも狼牙の力が強いからだけではなく、美潮の身体が小さいからこそ出来ることである。

「ほらほら!!さっさと吐いたほうが楽になるぞ?
 言わないなら言わないで俺が楽しめるからいいんだけどな?」

「きゃあああ!!やめっ!止めて下さいっ!!!久那妓さんっ!!助けてえ!!!」

「ははは!馬鹿め!久那妓は俺の女だ!!他の人間の言うことなんか・・・」

「馬鹿はお前だこの奈須尾頭が。貴様は一体何処の異人だ」

「あがっ!!!」

悪乗りする狼牙に思いっきり強烈な久那妓の蹴りが炸裂する。
吹っ飛んだ狼牙を気にすることもなく、久那妓は宙に浮いた美潮を抱きとめた。そして大きな溜息を一つ。

「すまんな美潮。あの馬鹿、時々ああなることがあるから注意してくれ。
 何なら思いっきりその操舵輪でぶん殴っても構わんぞ。馬鹿な分、身体は丈夫に出来ているからな」

「ううう・・・し、死ぬかと思いました・・・」

「だ、大丈夫?」

半べそをかいている美潮をかく美潮をマリーシアがオロオロと慰めている。
その光景を見ての女性陣の反応は面白いほどに美潮寄りだった。

「痛っ・・・テメエ久那妓、少しは手加減しやがれ」

「フン、悪乗りも程ほどにしておかねば美潮に嫌われるぞ戯けが。
 それはともかく、だ。美潮、先ほど狼牙の言っていたようにお前には『隠し手』が本当に存在するのか?
 しないのならばハッキリとそう言ってくれ。そうならば今からナイトメアを落とす手段を考えねばならんからな」

久那妓の言葉に、美潮はどうするか思いっきり悩んだが、渋々口を割った。

「・・・あります。ですが、正直お勧め出来ません。まだ完全に完成した訳ではありませんから。
 それにまだ初飛行もテストしていませんし、何よりお金が掛かり過ぎます。そんな財源何処にも無いです。
 一回のフライトだけでも燃料費、弾薬費が馬鹿になりません・・・それこそ狼牙軍団が潰れちゃいます。
 個人的な考えを言わせて頂けるなら、もう少し軍が整って大きくなって、財源に余裕があるときに・・・」

「金?金が問題なのか?その作戦は金があれば出来るのか?」

「・・・え、ええ」

「んじゃ、ちょっと待ってろ」

一体何を。そう言おうとした美潮を制止し、狼牙はおもむろに携帯電話を取り出した。
数コールに後に出た電話先は彼等のよく知る人物のモノだった。

「おう、華苑か。俺だ、狼牙だ。悪いが金貸してくれ。というかくれ。
 ・・・あ?いや、俺が使う分じゃねえよ。つーかお前に借りずともちゃんと俺には自分で遊ぶ分くらいの金はあるしな。
 そうじゃなくて、ナイトメアを落とす為に少し金が入用でな。ああ、ああ、そうだ。ちょっと待ってろ」

一度電話を止め、狼牙は美潮の方へ視線を向ける。

「で。ざっとどれくらいBPは必要なんだ」

「え、えっと・・・諸々の経費を込めると二万BPは・・・」

「二万だってよ。・・・っ!!!馬鹿、電話で思いっきり怒鳴るな!!鼓膜が破れちまうだろーが!!
 無理?いや、そこを何とかしてくれよ。・・・げっ!!いやいやいや!!ちょっと待てよ!!何で俺が!!?
 バ、馬鹿野郎!!ちょっと待て!!華苑!?おい!!・・・あいつ、切りやがった」

「・・・あの、どうでしたか?」

思いっきり苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる狼牙に美潮は恐る恐る声をかける。
美潮に声をかけられたことに気付き、狼牙は思いっきり引きつった笑みを浮かべながら答える。

「あ、ああ・・・金の方は問題ねえよ。何とかなった。
 あとはお前次第だ。美潮、お前は一体何をするつもりなんだ?」

「・・・分かりました。では三日ほど待ってください。それと電話を貸して頂けますか?」

狼牙の質問を流すように、美潮は狼牙に電話を借りていた。
電話先を見るに、どうやら相手は空也のようだ。

「・・・ところで狼牙、お前、金の方はどうやって調達したんだ?
 華苑には無理だと言われたのだろう?」

「・・・久那妓。俺達はなんとしても元の世界へ帰るぞ」

久那妓の質問に、狼牙は見当違いの答えを返した。
首を傾げる久那妓に、狼牙は忌々しいとばかりに吐き捨てるように告げた。

「華苑のヤツ、狼牙軍団じゃなくて俺の個人名義で東亜ファイナンスから金を借りやがった・・・」

「ほう・・・流石は華苑といったところか。
 これは何としても元の世界に戻らないといかんな」

ククッと楽しそうに笑う久那妓だが、狼牙は笑うことなど出来なかった。
もし自分の世界に戻れなければ、平和を取り戻したところで借金に追われる日々に突入してしまうからだ。
何としても帰らなければ。そして借金を踏み倒さねば。それが斬真狼牙の覚悟を決めた瞬間だった。








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