6.美潮とマリーシア





「そうか・・・香辺の協力は得られたか。
 こいつは面白いことになったもんだ。これならホーリーフレイムの奴等、さぞやキモを冷やすだろうよ」

「冷やすだけじゃ生ぬるいな。俺達は奴等をぶっ倒すつもりだからよ。
 空也だってそのつもりだろうが」

「ククク、違いない。あいつ等とは長い付き合いだが、そろそろ腐れ縁も切れて良い頃だろう。
 ホーリーフレイムをブッ飛ばしてキュウシュウ学園連合のクソ共を消せばキュウシュウの争いも終わりだ」

「キュウシュウ学園連合?」

「・・・ああ、言ってなかったな。俺を総長に仕立て上げたクソ共だよ。
 俺達のような奴等をホーリーフレイムと戦わせて、自分達は安全な場所から高みの見物を決め込んでる、
 いわゆる異国人差別派の連中だ。あいつ等みたいな馬鹿がいるから
 時代錯誤の異国人差別がキュウシュウから無くならねえんだよ。現に他の地域で異国人差別なんか殆どねえしな」

「成る程、そいつ等がこの争いの火種を燻らせ続けてる馬鹿共って訳かい。
 ・・・面倒くせえな。よし、ホーリーフレイムと闘(や)る前にそいつ等を潰しちまおうぜ。
 そうした方がホーリーの頭と話がしやすいからな」

「あん?まあ、俺は別に構わんが・・・お前、ホーリーフレイムの頭を説得するつもりか?
 俺は徒労に終わると思うがね。あいつ等は日本人を同じ人間と認識してねえんだからよ」

「説得なんざ最初からするつもりなんてねえよ。俺が出来るのはせいぜい殴って目を覚まさせるくらいさ。
 ま、もしかしたらの保険だと思っててくれ。向こうの総長がどうしようもない馬鹿じゃなければ、
 キュウシュウ学園連合を潰しておくことは後々意味を成すと俺は思うぜ」

「俺にはよく分からんが、まあキュウシュウ学園連合の件はこっちに任せておいてくれ。
 明日までには二度とキュウシュウの地を踏めないようにしてやるからよ」

「おいおい、俺が言っておいてなんだが、大丈夫なのか?
 大体、そんな簡単に出来るようなことなら、とっくの昔にやってたんじゃないのかよ」

「そりゃそうさ。あいつ等は形だけとはいえ、学生連合と通じてやがるからな。
 俺達が手を出せば、学生連合を敵に回すってことだ。そうなれば三国や護国院すら敵に回る可能性があった。
 ホーリーフレイムの馬鹿共に加え、他の敵を相手にする程の余裕なんざ当時の俺達に無かったのさ」

「成る程ね・・・けど、今は違うってか。
 さてはお前、華苑に何か吹き込まれやがったな」

「ほう、よく分かるな。この前、お前の代わりに学連の本部に向かっただろう?
 その時に総長様に言ってきたのさ。
 『キュウシュウの争いが終わらない原因の大部分は異国人差別を止めようとしないキュウシュウ学園連合にある。
  あいつ等はキュウシュウの人間に異国人差別を強要し、それに異論を唱えれば罪にするような連中だ。
  そのことはアンタも知ってる筈だよな。まあ、あんたさえ許可を出せばあいつ等をぶっ潰せるんだがな』ってね。
 いやいや、なかなかどうして痛快だったぜ?一秒待たずに許可を出した総長様に反対する馬鹿共が、
 その場で次々とクビにされてく様はよ。ただの世間知らずのガキかと思えば、ありゃあ良い女だぜ」

「ヘッ、当たり前だ。アイツはその辺の男や女が何人束になろうと勝てねえよ」

「まあ、そういう訳だ。ゴミ掃除は俺達に任せてお前はホーリーフレイムのことだけ考えてろよ。
 長年溜まった汚れを取るのは一苦労だが、キュウシュウに住む人間ならみんな喜んで自分からやるだろうさ」














 ・・・










「・・・どうしたの、美潮。眠れないの?」

「マリーシア・・・いえ、そういう訳では・・・」

「こんな夜遅くに外に出てる時点でそういう訳ではない、なんて言えないと思うけど・・・」

「・・・そう、ですね。本来なら貴女の方こそ、と返したいところですが・・・
 マリーシア、貴女はこの戦い、勝てると思いますか?」

「・・・不安?」

「マリーシア、私は貴女の強さが羨ましいです。
 貴女だけじゃない。久那妓さんも、空也さんも、シャイラさんも・・・そして、狼牙も。
 私は怖い。ホーリーフレイムに、また大切な人達を奪われるんじゃないかという不安がどうしても消えません。
 もし、この戦いで貴女や狼牙、みんなを失ったらと思うと、私は・・・」

「また・・・?それってどういう・・・」

「・・・もう四年も前の話です。
 当時、NAGASAKIに住んでいた私の両親はホーリーフレイムの人々に殺されました。
 ホーリーフレイムが興り、彼等は手始めにNAGASAKIで日本人狩りを行ったのです。
 私の両親、私の友達・・・みんな殺されました。生き残ったのは私を初め、数百人程度。
 彼等にとって私達が異国人を差別してようがいまいが、そんなことはどうでも良かったのです。
 彼等は私達が日本人というだけで平等に神の裁きという名の虐殺を行ったのです」

「美潮・・・」

「・・・すいません、忘れて下さいマリーシア。
 今はもう、恨んでいないと言えばそれは嘘になります。ですが、それ以上に私は再び大事な人を失うのが怖いのです・・・
 孤児院にいた私は抜け殻のような存在でした。生きる意味も、死ぬ意味も見出せなかった。
 久那妓さんに出会った日、ホーリーフレイムの人間に孤児院を襲われた時は、もうどうなってもいいと思いました。
 所詮私の人生はこんなものなのだと。どうして私はあの時両親たちと一緒に死ななかったのだろうと。
 ですが、そんな私を久那妓さんが助けてくれた。そして、狼牙が私に新しい世界を見せてくれた。
 こんなどうしようもない私に、二人は生きる温かさを教えてくれたのです。私の居場所を作ってくれたのです。
 だから、私は失いたくない・・・もう二度と、失いたくない・・・」

「大丈夫だよ、美潮」

「マリーシア・・・」

「私は死なないよ。まだ死ねない。だって、まだ美潮の友達になったばかりだもん。
 まだ一緒に遊び足りないし、お話だってし足りない。もっと美潮と仲良くなりたい。
 久那妓さんや空也さん、シャイラさんだってそうだよ。みんなみんな美潮ともっともっと仲良くなりたいんだから。
 だから、先に死んだりなんて絶対しない。みんなでこの戦いを生き残るの。
 ・・・本音を言うと、私だって凄く怖い。いつだって、争いは怖いし、しちゃいけないって思う。
 でもね、みんなが死んじゃうなんて怖いことを考えるよりも、私はみんなで生きる明日を信じたい。
 みんなで頑張れば、きっと何とかなるって考えるの。そうすれば、怖くない。だって、みんなが一緒なんだもの。
 だから、私達は死なないよ。美潮をおいて勝手に死んだりなんて、絶対にしてあげない。
 美潮は知らないことだけど、私達は力を合わせて世界の崩壊だって止められたんだもの。今回だってきっと大丈夫」

「・・・そう、ですね。私、いつの間にか凄く弱気になってたみたいです。こんなことでは参謀失格ですね。
 みんなで生きて帰るんです。そして、またいつもの毎日が始まるんです。
 狼牙が仕事をサボって、空也さんやシャイラさんが笑って、久那妓さんが呆れて、マリーシアが困って・・・
 そして、私が怒るんです・・・いつもいつも仕事を私にばっかり押し付ける狼牙に、沢山雷を落とす、そんな日々が」

「そうだよ、美潮。だから、怖がらないで。
 私達がついてるから。貴女は一人じゃないんだから、ね?
 それに、生きて帰ってキュウシュウの争いを収めて、狼牙さんの大事な人になるんでしょう?だから、頑張らないと」

「なっ!!!?ま、マリーシア!どこでそれを!?」

「え・・・どこでって、普通に空也さんやシャイラさんが楽しそうに教えてくれたんだけど・・・
 もしかして、聞いちゃ駄目なことだった?多分、学園のほとんどの人が知ってると思うんだけど・・・」

「あ、当たり前です!!どうしてそんなに話が伝わってるんですか!!
 あの二人、今日という今日は許しませんっ!!」

「え、あ!み、美潮!どこに行くの!?」

「二人の部屋です!!そんなこと二度としないように厳重注意して来ますから!!」

「・・・行っちゃった。
 ・・・でもね、私は少し羨ましいよ、美潮。狼牙さんに、そんな風に想われてる貴女が・・・」












  ・・・











「・・・もう出てきてもいいですよ、狼牙さん」

「なんだよ、ばれてたのか。いつから気付いてた、マリーシア」

「最初からですよ。もう、盗み聞きなんてしないで出てくれば良かったのに・・・」

「いや、アイツ素直じゃねえからな。俺に向かってああいう弱音はなかなか漏らしてくれねえよ。
 けど、マリーシア、ありがとうな。美潮の話、聞いてくれて」

「別に狼牙さんにお礼を言われることではないですよ。私、美潮の友達ですから。
 美潮が背負ってる辛さを少しでも分け合いたいと思うのは当然のことです」

「ハハッ、そうかそうか。しかし、マリーシア、お前は本当に強くなったな。
 初めて出会った時とは比べ物にならないくらい、お前は変わったよ」

「フフ、変えてくれたのは狼牙さんじゃないですか。
 私が羽のことを気にしなくなったのも、もう一度神様を信じようと思ったのも、みんな狼牙さんのおかげなんですから。
 だから、美潮もきっと狼牙さんが変えてくれる筈です。・・・いえ、もう変わっているんです。
 さっき、美潮が言っていたこと、聞いてましたよね?」

「ああ・・・正直、アイツがあんな過去を背負ってるなんざ考えたこともなかった。
 だが、少し考えれば分かることだったんだ。何故アイツが孤児院にいたのかをな。
 それでも、アイツは今笑ってるんだ。過去に捕われることなく、今を必死に生きようとしている。
 だから、俺は何があっても支えてやる。アイツが倒れても、俺が起こしてやる。何度でもな」

「・・・本当に、美潮が羨ましいです。
 狼牙さん、美潮を大切にしてあげて下さいね。そうしないと、私、凄く怒っちゃいますから」

「ヘッ、言われるまでもねえよ。アイツだけじゃねえ、みんな俺が守ってやる。
 ・・・無論、お前もだぜ、マリーシア」

「え・・・・んむぅっ・・!!」

「・・・抵抗しねえんだな。ビンタくらいは覚悟してたんだが」

「ななな、何をするんですかいきなり!!!
 今の、き、き、き、キス、キス!!」

「ああ、悪い。気付いたら、止まらなかったわ。
 けどな、お前だって悪いんだぜ。美潮が帰るとき、あんな可愛いこと言うから」

「え・・・・ききき、聞こえてたんですか!?」

「まあな・・・いや、お前俺が隠れてること知ってて言ったんだから遠回しの告白かと思ってな。
 何だ、あれは聞こえないように言ってたつもりだったのか。そりゃ残念だったな」

「あ・・・あう・・・うああ・・・」

「何か勘違いしてるようだから先に言っとくな、マリーシア。
 俺は美潮に負けないくらい、お前を大切に思ってるぜ。無論、美潮もお前に負けないくらい大切に思ってる。
 悪かったな・・・俺がお前の気持ちに気付かなかったから、大分遠回りしちまった」

「狼牙さん・・・」

「マリーシア、俺の女にならないか?
 お前の気持ちにも気付けなかった鈍感野郎が言うのも今更って気もするが、
 これからはお前を一人の女として守ってみせる。お前の笑顔を、今度は一人の男として俺に見せて欲しい」

「・・・卑怯ですよ、狼牙さん・・・そんな風に言われちゃ、私、何も言えないです・・・
 凄く、凄く待ってたんですから・・・狼牙さんが、欧州に行くと知った時、私、泣いてたんですから・・・」

「そうか・・・本当に悪かった。ごめんな、一人にしちまって。
 これからは俺の傍にいろ。お前に二度とそんな寂しい思いはさせねえよ」

「信じられないです・・・私、凄く疑り深いですから・・・
 だから・・・キス、して下さい・・・今度は、優しくして欲しいです・・・私を信じさせて下さい・・・」

「・・・ああ、いいぜ。お前の気が済むまで何度でもしてやるよ。好きだぜ、マリーシア」

「ん・・・狼牙さん、私も、大好きです・・・」













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