7.防衛線上の攻防





香辺との同盟を組んでから数日、ついにホーリーフレイムへ攻め込む日が訪れた。
ホーリーフレイムは総長ジャンヌを筆頭に、騎士団長バイラル、騎士中隊長アイレーン、騎士小隊長エクレールの
三将が率いる騎士部隊が主戦力として狼牙達の予測通り、戦力の大半を死魔根、支国の国境ラインに配置していた。
彼等は勢力傘下学園数、総学生数こそ狼牙軍団と香辺の同盟軍に及ばないものの、
騎士団に所属する兵全てがかなりの腕前を持っている精鋭部隊である。

「分かった、こっちの準備はOKだ。俺達が行くと同時にそっちも進軍を頼む。
 ああ、分かってるさ。そっちこそビビンなよ?それじゃ健闘を祈るぜ。
 ・・・五十嵐の奴、準備は出来たとさ。いつでもいけるそうだ」

「そうかい。それじゃあ一つドデカイ花火を打ち上げるとしようかね。
 ・・・このキュウシュウの腐りきった争いを終わらせる、とびっきり馬鹿デカイ花火をよ」

楽しそうな笑みを浮かべる空也に、狼牙も手に持った通信機を投げ渡しながら同意し、その場に集った全員の顔を見渡す。
そこには、狼牙軍団の全員が海王学園のグラウンドに集っていた。
この戦争に参加する仲間達が全員この場所に集り、狼牙から発せられる言葉をただ待っていた。

「それじゃみんな行こうぜ。このキュウシュウの不毛な争いに俺達が終止符を打つんだ。
 そして、全員でここに帰ってきて、また馬鹿騒ぎしようぜ。そうだな、その時は花見にでも行くか。
 経費は全部学園の積立金から使っちまおうぜ。それこそ仲間全員参加出来る様な大きな花見する為によ」

「そんなお金、どこにもありません。唯でさえ私が必死に遣り繰りしている財源をそんなことに使わないで下さい」

美潮の言葉に、グラウンド内から笑い声が上がる。
そう、この場にいる皆は死ぬ為に戦場に出向く訳ではない。生きる為に、平和を勝ち取る為に戦場へ向かうのだ。

「よーし!!!それじゃお前等全員絶対に無駄死に何かするんじゃねえぞ!!!
 生きて帰ってその目に焼き付けるんだ!俺達が掴んだキュウシュウの平和をな!!
 狼牙軍団、全軍進軍開始だ!!派手な花火を打ち上げようぜ!!」

狼牙の叫びに、グラウンド上から青空を突き抜けるような咆哮が響き渡る。
仲間達の咆哮を一身に受け、狼牙は笑みを浮かべて壇上から飛び降りた。

「ほう・・・闘京の時のようにグダグダにはならなかったな」

「抜かせ。俺だって少しは成長してんだよ。惚れ直したか?」

「それはホーリーフレイムを落としてからだな」

「時間の問題だぜ?」

狼牙の言葉に、久那妓は『そうかもしれんな』と呟いて笑みを浮かべた。
そして、鼓舞を終えた狼牙の元に、親しい仲間達が集り、最後の作戦会議が始まる。

「それじゃ、最終確認だ。美潮、作戦の説明を頼む」

「はい。それでは説明します。
 現在、狼牙軍団は部隊を三部隊の三グループ、計九チームに分けて作戦を遂行しています。
 まず、三部隊が広範囲に渡り展開し、ホーリーフレイムと激突、戦場を拡大する予定です。
 その後、残りの二グループも時間差を置いて、同じようにホーリーフレイムを攻め、更に戦場を拡大します。
 この波状攻撃によって、ホーリーフレイムの守りが薄く広がったところに、香辺からの援軍による奇襲、
 それによって戦局が混乱に陥ったところで、私達主力部隊が真っ直ぐNAGASAKIに突入します。
 作戦は以上ですが、この作戦において大事なことは、私達が作戦の成否の全てを握っていることです」

「成る程・・・つまり、アタシ達が負ければ、ホーリーフレイムの連中に逆に死魔根に攻め込まれてアウトって訳ね。
 こりゃあ思い切った作戦だね。以前聞いた話以上に強攻策だ」

「はい。ですので、私達の為すべきことは一刻も早くホーリーフレイム総長ジャンヌを倒すことです。
 ホーリーフレイムは彼女を神の地上代行者として崇拝している集団です。
 彼女を中心に硬い結束力で結ばれてますが、逆に言えば彼女が倒れれば、それまでという集団でもあります。
 そうですね・・・彼女を倒すまでいかなくとも、戦闘不能まで追い込めばそれで私達の勝利でしょう」

「へえ・・・つまりは俺達と同じって訳だ」

「いえ、狼牙が倒れても空也さんが代行指揮を取りますからなんの問題ありません。
 そういう訳で狼牙は安心してケガして下さい。救護班の準備は抜かりありませんので」

「美潮、お前何気にキツイな・・・」

「ハハハッ!!そういうな狼牙、美潮はお前に怪我まではしてもいいが、絶対死ぬような無茶はするなっつってるのさ。
 それじゃ美潮、他の連中や俺達の進軍開始はいつだ?」

「今現在、第一陣が出発しました。それから三十分置きに第二陣、第三陣を送り込みます。
 私達が出るのは香辺の方々が出発したすぐ後です。恐らくその頃には、防衛ラインはかなり薄くなっている筈です。
 ホーリーフレイムに察知され、状態を立て直させる間を与えない為にも迷わず迅速に進軍しましょう」

美潮の言葉に、その場の全員が頷き、作戦の確認を終える。
狼牙達が訪れた、この世界で初めての戦争は今、開幕を迎えたばかりである。














 ・・・












狼牙軍団の第一陣が出発して数十分が経っただろうか。
現在、狼牙軍団の第一陣は予定通り、ホーリーフレイムの防衛ライン上に配備された軍隊と戦闘状態に突入していた。
当初、突然の強襲ということもあり、大きく有利に戦況を進めていた狼牙軍団ではあったが、
それもNAGASAKIからの援軍により、一気に塗り替えられてしまった。
NAGASAKIから派遣された騎士隊長の三人、バイラル、アイレーン、エクレールの部隊は強力で、
みるみるうちに戦況は押し戻されていく。そして現在、狼牙軍団は完全に劣勢状態に陥っていた。

「・・・どうもおかしいな。そう思わんか、アイレーン」

戦場を見つめながら、ホーリーフレイム騎士団長のバイラルは中隊長のアイレーンに尋ねた。
だが、アイレーンは良く理解出来ないとばかりに首を軽く傾げてバイラルに視線を送る。
現在、戦況が完全に優勢となったこともあり、二人は戦陣から少し後方に下がり、
防衛ラインを敵に合わせて形成する為、全部隊に指示を送っていた。

「何がだい?私は別に何も感じないけどね。
 まあ、狼牙軍団も思った以上に手ごたえがないってくらいかねえ。
 やれやれ・・・少しは面白い戦いになると思ってたんだが、所詮は日本人共か。
 これならあの蛇王院って奴の頃の方がまだ遣り甲斐があったってもんさ」

「そう、おかし過ぎるのだ。
 仮にも我等が攻め切れなかったあのスカルサーペントの軍勢がこうもたやすく押し返せるものか。
 それに、蛇王院空也を初め、奴等の部下は誰一人欠かすことなく斬真狼牙とやらの下についたと聞く。
 それ程の人望を集めるような男が指揮しているのだ。それがこのように、赤子の手を捻るような展開になるなど・・・」

「考えすぎじゃないのかい?現にエクレールなんか、楽しそうに戦場を駆け巡っているよ。
 もうここからじゃ確認出来ないね。他の部隊も同じように、逃げた敵を追いかけてる。
 それに、敵の波状攻撃にしたって、戦場を広げるだけで、私達を倒せる気配は一向に・・・」

「・・・逃げた、敵?戦場を広げる?
 ・・・まさか!?下がれ、アイレーン!!これは罠だ、NAGASAKIまで退くぞ!!」

突如バイラルは声を荒げ、己の愛馬に飛び乗ってアイレーンに指示を送った。
それは、普段の彼からは考えられないような、完全に冷静さを失った指示であった。

「はぁ!?何言ってるのさ!ここまで優勢なのに、何で敵に背中を向けるような・・・」

「いいから従え!!抜かったわ、私としたことが何故気付かなかったのだ!!
 エクレールにも撤退命令を出せ!!前線は我々以外の部隊だけで維持させろ!!」

「だ、だから説明してくれよバイラル!私には何がなんだか・・・」

アイレーンが疑問を投げかけようとしたその時、彼等の元に一騎の騎馬兵が駆け込んできた。
その様子の慌てぶりに、何が起こったのか想定出来てしまったのか、バイラルは強く唇を噛み締める。

「て、敵襲!!香辺より護国院の部隊が熊元に進軍!!
 新たな敵軍は熊元残留部隊を壊滅させ、まっすぐNAGASAKIへ侵攻しています!!」

「なっ!?何だって!?一体どうしたってんだよ!?どうして護国院が・・・」

顔を蒼くするアイレーンに追い討ちをかける様に、再度別方向より騎馬兵が駆け込む。

「ほ、報告致します!!
 死魔根より狼牙軍団本陣と思われる部隊が防衛ラインを突破しNAGASAKIへ侵攻中!!
 敵の戦力は強大で、第七、第八騎士団が壊滅、敵部隊を率いているのは斬真狼牙です!!」

「そ、そんな・・・」

「クッ・・・分かったか、アイレーン!奴等の狙いは聖拝堂、ジャンヌ様だ!!
 奴等は我々の戦力を分散させ、薄くなった防衛網を一点突破で抜けるつもりだ!
 タイミングを一歩間違えば全滅すらあり得るというのに・・・いや、それ以前の問題だ。
 狼牙軍団の軍師・・・天才か、それともただの馬鹿か・・・分かったら、共に退くぞ!!」

先に駆け出したバイラルを追って、アイレーンは顔を顰めて馬を走らせる。
日本人如きにしてやられた自分への怒りと、まんまと出し抜いた狼牙軍団への憎悪を身体に纏わせて。











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