9.決着










戦乙女、ヴァルキュリア。

長き廊下を抜け、狼牙と美潮が最初に見たものはまさに神話の戦士かと見紛う程であった。
大聖堂のステンドグラスから差し込む光を背に受け、神聖に照らされた場内に一人佇む金髪の女騎士。
彼女こそが勢力傘下学園数146、総学生数12992人を統率する神の地上代行者、総長ジャンヌである。

「来たか・・・ホワイトファング、斬真狼牙よ」

「おうよ、悪いがアンタの馬鹿げた計画もこれで終わりだ。
 ちょいとばかり早いが、ホーリーフレイムはここで幕引きにしてもらおうか」

「魔に穢れし罪深き者の分際で我等を断罪するつもりか。
 ・・・やはり日本人はどこまでも汚らわしい民族よ。そうまでして我等を蔑みたいのか」

「断罪?蔑む?相変わらず下らねえことばっか言ってんじゃねえよ。
 俺達はお前等の日本人全てを殺そうっていう考えが気に食わない、だからぶっ潰すんだよ。
 アンタをブッ飛ばして、ホーリーフレイムを潰して、キュウシュウの地の争いを終わらせる。そんだけだ」

「そして我等異国人を全て皆殺しにするのか。
 もしくは隷属させようとでもいうのか。また以前のように」

「するか馬鹿。あのな、いい加減その鬱陶しい被害者意識をやめろ。
 アンタ等の受けた仕打ちは確かに酷かったのかもしれねえし、その気持ちをどうこう言うつもりもねえ。
 ・・・だがな、だからといってアンタ等が他の日本人を殺していいって理由にはならねえんだよ」

「黙れ!!我等がどんな想いでここまで生きてきたか何も知らぬ下民が!!」

「ああ知らねえよ。知らねえから遠慮なく言わせて貰う。
 テメエ等は俺の女の大切な家族を奪った。その人達がただ日本人という理由だけでな。
 お前等のやってることは異国人を迫害した日本人と何が違う。俺にすりゃお前等も同じ穴の狢なんだよ」

「狼牙・・・」

狼牙は軽く美潮の頭に手を乗せ、笑ってみせる。
これは狼牙だけの戦いではない。そう、美潮に伝える為に。

「・・・斬真狼牙、最早生きてこの場から帰れると思うな。
 神の名の下に、貴様をこの場で断罪してくれよう!!」

「ハッ!やれるもんならやってみやがれ!!後で後悔しても遅えからな!!」

雷鳴の如き速さで放たれたジャンヌの剣戟を狼牙は難なく拳で受け止める。
しかし、ジャンヌの放つ剣の舞は終わらない。嵐のように乱れ打たれる剣を狼牙は寸分の狂いも無く裁いていく。
場内に響く金属音、途切れることの無い剣戟の雨。それはまさに一流と一流の決闘に相応しい戦闘だった。
先手を打ったジャンヌだが、次第に己が押され始めていることに気付く。
どんなに間髪入れずに剣を振るおうとも、目の前の男は難なくその拳で打ち払うのだ。
そして、気付けば己が防戦一方。迫り来る拳を剣で受け止め、流し、時には避け、僅かだが鎧に着弾すらしつつある。

馬鹿な。この私が押されているというのか。
神の代行者たる私が。この聖騎士ジャンヌが。

徐々に呼吸を乱し始めるジャンヌを狼牙は見逃さない。
大木を薙ぎ払うかの如く繰り出された回し蹴りをジャンヌは何とか受け止める。
だが、衝撃を完全に吸収できる筈も無く、肢体のバランスを僅かに狂わされる。
それが、彼女の敗北を決定付けた瞬間だった。

「終わりだ、ジャンヌ。これでもくらっていい加減目を覚ましやがれ!!!」

狼牙から放たれた必殺の一撃。
彼から繰り出される狼の牙はジャンヌは必死に剣で受け止めようとしたが、無駄に終わる。
狼牙の拳は彼女の剣を砕き、鎧を撃ち貫いて身体を打った。その衝撃に、ジャンヌは地面に叩き付けられた。
必殺の一撃を受け、身体を投げ出されたジャンヌに、最早戦う力など残ってはいなかった。
剣折れ、鎧具砕かれ、その身は最早神の代行者とはいえないだろう。彼女は、敗れたのだ。

「馬鹿な・・・私が・・・敗れるなど・・・」

「確かにアンタは強いだろうさ。だが、そんな神に頼ったような強さじゃ俺はおろか空也にも勝てやしねえよ。
 これでホーリーフレイムは壊滅だ。俺達がいる限りもうキュウシュウ内で争いなんか起こさせやしねえ
 そうだろう、美潮」

拳を収め、狼牙は笑って美潮の方を振り返る。
美潮は狼牙の方を見つめたまま返事をしない。不思議に思った狼牙は、近づいて声をかける。

「どうした?ジャンヌは俺が倒した、これでキュウシュウの戦いは終わりだぜ」

「・・・とうに・・・」

「あ?」

「・・・本当に・・・終わったんですね・・・私達・・・勝ったんですね・・・」

「・・・ああ、そうだ。俺達の勝ちだ。どうだ?俺はお前の期待には答えられるような男だったか?」

狼牙の言葉に答えず、美潮は狼牙に抱きついた。
彼女の行動に、狼牙は満足そうに笑う。これがきっと、今の彼女なりの精一杯の返事だ分かったから。
美潮は狼牙の胸の中で泣いていた。彼女が溜め込んでいたものの全てが安堵と同時に出てしまったのだろう。
友を、家族を、彼女の全てを失った戦争も、今この瞬間、全てに終わりを告げたのだから。

「・・・あ〜、何だ。もしかしなくても俺達はお邪魔虫だったか?」

「っ!!?」

「何や、折角抱きついたと思ったら離れるンかいな。折角やしキスくらいすりゃええのに」

慌てて狼牙から離れる美潮に、いつの間に現れたのか空也達が苦笑を浮かべる。
空也が狼牙に親指を立て、狼牙もまた親指を立て返し、作戦終了の合図を送りあった。

「ジャンヌ相手に無傷たあ流石だな。
 こいつの強さは俺が一番知ってるが、そのジャンヌすらも狼牙の相手にならねえのか」

「いや、俺は空也の方がやり難かったぜ。ジャンヌ相手には一度戦った経験があるからな。
 同じ相手に二度も苦戦してやるほど俺はお人よしじゃねえよ」

狼牙の言葉に首を傾げる空也だが、気にした様子も無く受け流す。
そして、空也の後ろに居たエクレール達を見て、狼牙は驚いたようにその場の全員を見渡した。

「お前等、こいつ等を生きたまま捕獲できたのかよ?」

「当たり前だ。お前がジャンヌを殺していないのに、俺達だけそんな下手をする訳にはいかんだろ。
 こいつらには後々色々な後始末をしてもらわにゃならんからな」

空也の言葉に、バイラルやアイレーンは目に怒りを灯して睨みつける。
だが、腕を縛られ、武器を奪われた彼等には何一つ抵抗することなど出来はしなかった。
しかし、エクレールだけは目を下げたまま、決して狼牙の方を見ようとしなかった。
そして、久那妓の方を見ては怯えるような仕草をみせている。それはまさに完全に戦意を喪失しまっている状態だった。

「・・・おい、久那妓。お前、そいつに何したんだ?」

「何もしていない。私はただ、現実というものを教えてやっただけだ。
 そしてその方法が少し手荒だっただけ、ただそれだけだ」

言い放つ久那妓に、狼牙は軽く溜息をつく。
彼女がこのように不機嫌を表を出すのは少し珍しいことだった。
触らぬ神に祟りなし。狼牙は久那妓になるべく今は触れないように決めた。

「とにかく、これでホーリーフレイムは終わりだ。
 ジャンヌを初め、聖騎士団の連中は捕虜として連れ帰ってくれ。後で用があるからな。
 後のことは美潮の指示の元で空也、シャイラを中心に動いてくれ」

狼牙の指示に、一同は頷き、大聖堂を後にする。
だが、狼牙と久那妓だけはその場に残った。二人とも互いに話があることは分かっていたからだ。

「・・・どう思う、久那妓。ホーリーフレイムの奴等はリシェルドを使わなかった。
 そして何より、ジャンヌのヤツは学聖ボタンを持っていなかった。これは一体何を意味する?」

「単に準備が出来ていなかった・・・とは考えにくいな。
 神威が手回しをしていなかったのか・・・一つ確かなことは、
 この世界は私達の知ってるモノとは大きく変わり始めているということだけだ」

「成る程・・・もう俺達のカンニング染みた先読みも使い難くなってくるって訳だ」

「臆したか?」

「冗談。むしろ楽しみが増えてきたぜ。何が起こるか分からないからこそ、面白いんじゃねえか」

笑う狼牙に、そうだなと久那妓も笑い返す。
彼等の戦いはまだ始まったばかり。今はただ、その小休止を迎えたに過ぎないのだから。














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