赤き女傑〜アーチャー〜


ニ話  無題







「――以上が聖杯戦争とサーヴァントについての説明です。理解していただけましたか?」

「理解はした。でも納得は出来ない。そんな馬鹿げた殺し合いなんてふざけてるにも程がある」

「別に先輩に納得してもらおうなんて思ってません。ですが、これだけは覚えておいて下さい。
 何もしなければ殺されるだけだと言う事を」

「それでも、だ。何を言われてもこんなことは絶対に間違ってると思うし、認めたくない」

「・・・はあ、もういいです。先輩とここで言い争いしてもしょうがないですから。
 それでは先ほど言ったように今から教会に連れて行きます。
 正直あんまり行きたくはないのですけど、詳しいことをあの神父から聞いておいた方が先輩にとってはいいでしょうから」

「・・・どうかしらね」

















「ここが・・・」

「士郎。私はここに残るわ。正直入りたくないから」

「へ?何でさ」

「何ででもよ。さっさと説明なり何なりを受けてきなさい」

「ふ〜ん・・・アーチャーは教会を苦手にしてる訳ですか。そこから正体がばれたりしてしまうかもしれませんよ?」

「あら?私の正体なら別に好きなだけ探っていいわよ。
 もっとも、アンタなんかには一生かかっても分からないでしょうけどね。
 それにちょっと貴女のセイバーも借りるわよ。話があるから」

「話ですか?・・・別に構いませんけど、セイバー」

「勿論サクラに害を成すようなことは私は話すつもりはありません。それに私もアーチャーに話があります」

「・・・分かったわ。それじゃ先輩、行きましょう」

「あ、ああ。それじゃ行ってくる」


















外は未だ変わることなく月光の光が地を照らしていた。
それは地球上の何処へも差別することがないかのように、全てを照らし出すような光。
そんな光の矢の中で、アーチャーとセイバーは立ち尽くしていた。お互いに言葉はない。
ただ二人、お互いから目を離さない、あたかも互いの存在の肯定を得るためかと錯覚するように。

「それで、話とは何でしょうかアーチャー。まずは貴女からお願いしたい」

沈黙を先に破ったのはセイバーの方だった。言葉の端に感情はない。
それを受けてかアーチャーの表情が更に険しくなった。
互いの距離は三、四メートル程だろうか。
アーチャー、セイバー共に既に互いの殺傷範囲内(テリトリー)には十分過ぎる距離だと言えよう。

「・・・貴女に質問があるのよ。この答えによっては残念だけど私は貴女をここで殺すわ」

アーチャーの言葉には間違いなく殺気が込められていた。
純粋な獣のような殺気ではなく、獲物を狩る狩猟者のような冷酷冷静な殺気が。
だが、セイバーは依然として何の感情も表に出すことはない。
殺気を向けられたことへの怯えや恐怖は勿論、怒りさえも。そして言葉さえも。

「回りくどいことは好きじゃないから短直に言うわ。貴女、私を――私の真名を知ってるのね?」

アーチャーの質問にセイバーは答えない。
肯定も否定もせず、ただ黙ってアーチャーを感情の読み取れない視線でただ見つめているだけ。

「黙ってるってことは勝手だけど肯定として受け取らせて貰うわよ。私が聞きたいのは唯一つ。
 貴女は『私と士郎と一緒に生きた』セイバー?」

「・・・違いますよ、アーチャー」

瞬間。セイバーが言葉を紡ぎ終えた時に二人の間が爆ぜた。
原因はなんと言うことはない。アーチャーの魔弾をセイバーが不可視の剣で打ち払ったのだ。
爆風を裂いて前に出るセイバーは唯まっすぐに駆ける。
四方から分散して放たれる魔弾は初発とは打って変わっての低威力。セイバーの抗魔力ならば防ぐ必要すらない。
未だ砂埃が舞う中でセイバーは横薙ぎに見えない剣を振るう。闇雲に振るわれた剣とは違う、
獲物がそこにいるのを確信している剣で。だがそれは完全には払われることはない。
甲高い金属音と共にその剣を『剣』で受けるアーチャーがそこにいたからだ。
セイバーの剣は止まらない。打ち、斬り、払い、無限とも思える剣戟がアーチャーを襲う。
防戦一方。今のアーチャーを普通の人ならばそう見えてもそれしかないだろう。
だがそれは真逆。セイバーの剣は全てが一級品。その神がかりとも言える剣を防ぐアーチャーがおかしいのだ。
互いの映しあう剣の舞はある種の芸術とも言えよう。
それを幾合か繰り返し、セイバーは頭上から力を込めた一撃を繰り出す。
防ごうと差し出したアーチャーの剣は無残にも真ん中からへし折られた。それほどの驚異的な威力。
セイバーが防ぐ手を失った獲物を狩ろうとした次の瞬間、アーチャーはセイバーの眼前から消える。
否、真上へと跳躍する。そして、彼女の『重圧』の魔術がセイバーを捕らえた。
しかし抗魔力が桁違いのセイバーには並みの魔術では何ら影響がない。
若干体が重いと感じ、反応がほんの幾分遅れる程度。だが、それだけでアーチャーには十分だった。
セイバーの追い討ちの剣戟を捌き、距離を取る。それを見てセイバーは追撃することなく、アーチャーを見据えている。
ただ、一歩でもアーチャーが動けば間違いなく彼女の剣が迸るだろうが。
静寂。その僅かな静けさを先に切り捨てたのはアーチャー。彼女の『折れた剣』が光に包まれ変化していく。
その間は一秒もない。そして彼女の右手には形を変えた『銃』が携えられていた。
その銃口をセイバーに向け、アーチャーの指がトリガーへとかかる。冷静な狩人同士の対峙。
空気が張り詰めている、と表現するにはそれは稚拙すぎるだろう。もはや空気が凍りついている。

「一つ言っておくけれど桜を呼ぼうとしても無駄よ。
 いくら桜が魔術師として優れているとはいえ実戦経験量の少ないあの娘に私の人除けの魔術は見破れないから。
 もっとも、サーヴァント同士が戦闘しているのだから令呪からは感知できるかもね。
 ただ・・・本気を出してない、身の危険も感じてない貴女の現状を気づくとは思わないけど」

アーチャーの言葉にセイバーは否定も肯定もしない。ただ、目の前の狙撃者の獲物から目を逸らさない。
トキガトマル――セカイガコオル――月明かりが照らし出す狩猟場の上で二人の少女の視線だけが交錯しあう。
そして刹那――セイバーの顔の真横を一筋の凶弾が通り過ぎる、否、空間を貫いた。
アーチャーの銃から放たれた弾丸はセイバーの横を過ぎた後、空気に霧散する。
明らかに実弾とは違う弾丸、だが、それは人を殺すには十分すぎる威力だろう。

「避けないの?それとも貴女ほどの抗魔力ならば無意味だと最初から分かってた?」

「先ほどの言葉を今そのまま返しましょう。本気ではない貴女の攻撃を防ぐ必要などない。
 元より当てるつもりもないのならば尚更」

「・・・流石はアーサー王と言ったところかしら。いえ、アルトリア・ペンドラゴン」

「私のことなどとうに知り尽くしている貴女に真名などもはや関係ないでしょう」

「それもそうね・・・では改めて聞くわ。
 貴女は『私と士郎と一緒に生きたセイバー』ではなく『英霊エミヤを愛したセイバー』ね。
 いえ、違うわね・・・それだけじゃあ私の『宝具』や戦闘スキルを見て驚かない筈がないから。
 だから貴女は元となるセイバーが一つではない。
 つまり、『英霊エミヤを愛したセイバー』と『私と士郎と一緒に生きたセイバー』、
 その少なくとも二つの記憶があるセイバーじゃないかしら?そして貴女を作る主軸となるのは前者。
 ただ、『英霊エミヤを愛したセイバー』は私の推測。私が知っているセイバーはその二人だけだから
 『もっと別の世界のセイバー』かもしれないけど」

アーチャーの質問にセイバーは息を呑んだ。先ほどまでの狩人の様な表情が無くなっていく、そして――

「お見事です、アーチャー・・・いえ、お久しぶりです。リン」

「ええ、貴女と死んでも縁があるとは思わなかったわ。セイバー」

銃と剣。互いの獲物を下げ、二人は笑顔で向かい合う。
先ほどの殺し合いが嘘の様な、本当に信じあえる親友との再会を果たしたような笑顔で。

「貴女の言うとおり、私はセイバーとしての記憶が複数あります。
 勿論その中には貴女とシロウと一緒に生を全うした私もいる。
 けれど今の私の大元を作っているのは、その・・・シ、シロウを愛した私なのです・・・」

「・・・た、確かに私の知ってるセイバーとは違うわね・・・
 その、何ていうか、少し自分の気持ちをストレートに表し過ぎてるっていうか・・・まあ、いいんだけど。
 でもそれは凄い問題っていうか、規定外のことってのは分かってるわよね?普通ではありえないわ」

「勿論です、リン。そもそも私が平行世界に存在するのは分かるのですが、
 その別世界の記憶をいくつも私が持っている時点で異端。おかしいのでしょう?」

「その通りよ。人間は一人分の記憶でも容量かなり食ってるってのに
 数世界の記憶を所有してるだ何てそれこそ馬鹿にしてるわ。
 そんなことしちゃったらまず容量オーバーでその人間が壊れる。もしくは多重人格障害で精神崩壊よ。
 同じ時間の記憶を複数だなんてそれこそ矛盾が矛盾を生むわ。
 それにそんなの『世界』が許すはずがないわ。それこそ修正ものよ。けど、それがまかり通ってるというのなら・・・」

「この聖杯戦争、いえ、この世界のシステム自体が私たちのものとは大きく異なっている、と?」

「認めたくはないけどね・・・さて、と。そろそろあの何も知らないアンポンタンが
 桜から説明を受けた聖杯戦争に対して切れてるところかしら。
 はあ・・・こういうところは士郎のサーヴァントだった貴方に同情するわよ。
 その苦労をこれから私が背負い込むんだけどね・・・」








 パート1








「リン・・・その、聞きたいことが他にも沢山あるのではないのですか?」

「そりゃ勿論山程あるわよ。何でこの世界は『私』じゃなくて『桜』が遠坂を継いでいるのか、
 ならば私という存在は何処に在るのか、他にサーヴァントと貴女は交戦したのか、この世界の聖杯は正常なのか・・・
 でもね、その全ての解答を聞いちゃったらアンフェアよ。私はそういうの嫌だから。
 それにね、今の私と貴女の関係は何?敵対関係でしょう?」

「なっ!?リ、リン!!私は貴女に剣を捧げる事を誓い、今もなおその誓いは忘れていない!!
 それでも貴女は私を敵と見なすと言うのですか!!?」

「じょ、冗談!冗談よセイバー!!冗談だからそんなに怒らないでよ!
 私だって貴女とは出来ることなら戦いたくないのよ。私の『宝具』は元より戦い方も全てばれてるし、
 何より貴女と敵対はしたくないもの。だけど・・・私がさっき貴女を殺そうとしたのは本気よ?
 貴女と桜のペアが今回の聖杯戦争の本命だってことは理解してるから一番初めに倒せば士郎にとって、
 というか私にとって有利な展開になるし、何よりももし貴女が『私と共に生きてないセイバー』ならば
 私は貴女に隙さえつけば勝てるからね」

「・・・成る程。つまり貴女は私が『貴女と一緒に生きたセイバー』ではない、と言ったから
 いきなり魔弾をぶつけて来た上、脅しとは言え私に向かって『宝具』を使用し、
 挙句の果てには殺そうとした、ですか・・・ふふ、ふふふ・・・」

「あ〜・・・え、えっと〜・・・あ!そ、そうだ!
 貴女も私に質問があるって言ってたじゃない!結局何だったの!?」

「それはもう解決しました。私の質問は貴女が本当にリンなのかどうか確かめたかっただけですから。
 さて、では覚悟はいいですか?もう聞きたい事はありませんね?」

「あ・・・う・・・ね、ねえセイバー、さっきまでの私への剣の誓いは・・・?」

「今の私達は敵同士なのでしょう?ならば別に構わないのではないですか?
 そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、私は全然怒ってませんから」

「ちょ!ちょっと何でそんな凄い笑顔なワケ!?何その爽やかさ!!
 どうしてそんなアイツが消えた瞬間以上の笑顔は浮かべてるのよ!?」










 パート2








「ちなみに貴女はセイバーとしてこの冬木市で聖杯戦争を何度経験してるわけ?
 勿論、士郎のお父さんと参加した分は除外ね。
 個人的な希望だと多ければ多いほどこれからの手が考えやすいから嬉しいんだけど」

「期待に答えられないようで申し訳ないのですが、私がこの冬木市で召還された記憶は
 今回とキリツグと参加したものを除けば三回です。
 シロウと共に最後まで勝ち抜いたもの、リンとシロウと勝ち抜いたもの、そして・・・」

「すいません、リン。残りの一つは言いたくない。いえ、貴女にだけは言えない」

「どうして?貴女がそれほどまでに言うくらい私にとって酷い事なの?」

「・・・・・・すいません。けれど、安心して欲しい。この世界には恐らく関係ないでしょうし、その可能性はありえない」

「そう・・・まあ、貴女がそういうならいいわ。この世界の異端さの話はこれでおしまい。
 この件は追々答えを導き出すしかないでしょうしね。
 それじゃ、次は状況確認。貴女のクラスは『セイバー』で、マスターは・・・遠坂桜・・・ね。
 もう既にこの時点で私凄い聞きたいことがあるんだけどね・・・」

「気持ちは分かります、リン。私はセイバーとして、その、リンではなくサクラに呼び出された。
 つまり、この世界にリンが存在していないのです。
 いえ、存在はしているかもしれませんが、それはトオサカリンとしてではない形でしょう」

「大体もう見当はついてるわよ。この世界では『桜』ではなく『凛』を間桐家に差し出したんでしょうね」

「いえ・・・違うのです、リン。私もそう考えていましたがこの世界はそう簡単ではないのです。
 私が召還されたのは今より数日前なのですが、その時にサクラに直接聞きましたが、
 この世界には『マキリ』は存在しないのです」

「な・・・!ちょっと!それじゃおかしいわよ!
 この聖杯戦争のシステムを作ったのは遠坂、アインツベルン、マキリの三家なのよ!?
 その主要の一つが抜け落ちちゃったら『聖杯戦争』そのものが存在しなくなっちゃうじゃないの!!」

「そうです。ですが、この世界は少し違うのです。
 もう多少は感じてるのではないですか?この世界が私たちの知ってる世界と違うということに。
 この辺りのセカンド・オーナーがリンではなくサクラであるように。リンがシロウに召還されたように。
 ランサーと打ち合ったのが私ではなくリンだったように。
 それと一緒なのです。この世界の異端たる所以の一つ。
 この世界において、聖杯戦争を生み出した三家は、遠坂、アインツベルン、そして――柳洞です」

「・・・・・・・・・・嘘・・・・・・」

「信じられないのも無理はありません・・・私も初めはサクラが冗談を言っているとばかり思ってましたから。
 けれど、その後サクラと共にあちらこちらを回ったりしてみたのですが・・・
 柳洞寺にその・・・貴女を、この世界の貴女を確認しました」

「嘘・・・嘘・・・そんな・・・じゃあ、じゃあ私ってまさか・・・」

「ええ・・・貴女は柳洞家長男、柳洞一成の妹、柳洞凛として育てられています」

「だ、大丈夫ですかリン!?凄く顔が青ざめてますが・・・」

「ふ、ふふふ・・・いいのよ、私は魔術師だから・・・多少のことなんて冷静に受け止められるんだから・・・
 慎二の妹よりも幾らかマシだと思えば・・・それで、私って・・・どんな風だったのかしら・・・」

「・・・それは自分で確認してください。私から口にするのは憚られます・・・
 一つだけ言えるのは・・・純粋無垢なる少女とは、あのようなことを言うのでしょうね」

「・・・・・・・・わ、分かったわ。言いたいことは本当に沢山ありすぎるんだけど・・・後でじっくり考えるから。
 返事もらってなかったから再確認するけれどあなたのクラスは『セイバー』で間違いないのね?」

「ええ。私は今回も『セイバー』として召還されています」

「分かったわ。それじゃあ次は私ね。私はアーチャーとして衛宮士郎に召還されたわ。
 分かっていると思うけど真名は『トオサカリン』。さっき士郎に召還されてランサーと戦闘、
 その後は貴女の知ってる通りね・・・って、
 さっきセイバー私とランサーが戦ってるの知ってたような口ぶりだったけど・・・」

「ええ。ランサーが去るのを確認しましたから」

「でもね、セイバー。私は少し、いえ、本当は凄く怒ってるのよ?
 どうして私と剣を打ち合うわけ?いくら手加減していたとはいえ私が貴女の剣を止められるわけないでしょう?
 英霊になってなかったら私は三秒で首が飛んでたのよ?元マスターへの忠誠とかはもう消えちゃったとか?」

「え・・・あ、いえ、でも先ほどは先にリンが攻撃を始めたではないですか!私は自分の身を守る為にやむなく・・・」

「ふ〜ん。セイバーのやむなくって私の『宝具』も簡単に叩き割ってくれるようなレベルなんだ。
 これってそんなに凄い宝具じゃないけど変化させるのって魔力使うの知ってるでしょ?
 私のマスターが衛宮士郎だってこと知ってるのにね。
 魔力供給出来てないから魔力大事で無駄遣いできないって知ってるのにね。もしかしてワザと?」

「そ、そんな訳ありませんっ!!だ、大体魔力を無駄に出来ないのならば
 初めから魔弾で攻撃したりなんかしないでください!私は最初からリンと話し合いをしようと思っていたのに、
 それを貴女は・・・」

「へえ〜、私に反抗するんだ・・・。いいわ、貴女にとっては私と過ごしたのは数十年くらいしかなかったけど、
 それがどれだけ濃厚で私たちの繋がりが深いかをきっっっちりと教えてあげる。
 幸いどうせ士郎は桜に聖杯戦争について説明受けてるだろうし時間はたっぷりとあるわよ?」

「!!!!!や、やめて下さいリン!!私が悪かったです!!
 謝ります!多少口が過ぎたことは認めますから!!ですから離して!離してくださいいいい!!!」

「ふふ・・・嗚呼、今夜はこんなにも月が綺麗だわ・・・」




















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