ちょっと神様って不公平だなって思う。それは最近私に出来た友達を見る度によく思う。


何ていうのかな、例えば私とあの娘が同時に何も考えずにクジを引いたとして。
あの娘は見事に一等を引き当てたのに、一方で私は五等にも引っかからなかったような。
私がそんな風に考えるようになったのはそのクジ――父親の存在の差について。
あの娘と私の父親ってどうしてあんなにも差があるんだろう。
私の父親は家庭を捨てて何故かセリス様の軍師になっていた。
しかも私には未だに一声もかけてくれない。だからこっちも頭にきて気づかないフリをしてるような状態。
本当なら行方不明だった父が生きてただけでも喜ぶべきなんだろうけど、
こんな風に接されるなら娘としては死んでたってよりも酷いんじゃないかって思う。最低、あの馬鹿親父。
それに比べてあの娘の父親のなんと父親らしいことか。
娘をあそこまで大切にして、娘のために生きるとまで言い切れるような人、私は今まで見たことがない。
その上その人は今やこの大陸で知らない者はいない程の槍騎士。しかも人格者だし凄く格好良いし何より優しいし。もう一等とハズレの差じゃ埋まらないくらいの父親だと思う。
そんな理由が上乗せされて私はその娘にちょっとだけ嫉妬してるんだと思う。
はぁ・・・私もフィーナみたいにフィンさんのようなお父様が欲しかったなあ・・・



















優しき温もり



















「あれ、フィーナじゃない」

ある昼下がりの午後、私はマーニャの身体を洗ってあげようと思い近所にある川を訪れると、意外な先客がいた。フィーナだ。
私の声が届いたのか、フィーナも連れていた馬の頭を軽く撫でてあげ、トコトコと私の元へと小走りに近づいて来る。

「こんにちは、フィー。貴女もそのコの身体を洗いに?」

「うん。昼から特に予定もなかったし、ラナ達みたいにお茶飲んで話して過ごすのって私あんまり得意じゃないし」

お兄ちゃんが聞いたら迷わず説教してきそうな私の発言に、フィーナはくすくすと笑う。
本当にこの娘は良い笑顔をするなあって同性の私から見ても思う。
私とフィーナは最近知り合ったばかりなのだけれど仲が良い。
自分で言うのも変だけど、本当に知り合えたのは最近なのだろうかって錯覚するときがある。
多分この娘と私は似通ってる部分が多いからなんだと思う。
お互い数少ない女の槍使いだし、父親いるし、名前もフィーとフィーナで・・・まあ、これは関係ないかな。

「でも、フィーってお茶とか飲むとき凄い様になってるわ。まるで何処かのお姫様みたいだもの」

「実は私は某国のお姫様だったり!」

「あはは、そんなお転婆なお姫様聞いたことないわ。でもそうだったら私はお姫様のお友達なんだよね。うん、何か素敵かも」

うん、笑ってもらえると凄く言った甲斐があるっていうか。
私、本当にシレジアの王女なんだけどなあ・・・やっぱりお転婆かなあ、私って。
でも笑っているけれど、彼女の発言はそのまま自分自身に当てはまる。
自分で言うのもなんだけど、フィーナって私なんかよりもよっぽどお姫様らしい。
何気ない仕草とか雰囲気とかが本当に女の子って感じがする。
親はフィンさんだけって言ってたけど、フィンさんって女の子のそういうことまで教育出来る父親なんだろうか。

「ねえ、今ふと思ったんだけどフィーナって作法とか誰から習ったの?まさかとは思うけどフィンさんからってことはないよね?」

私の疑問に彼女は一瞬目をぱちくりとさせたが、
その後何が面白かったのか声にして笑った。あれ?何かおかしいこと言ったかな私。
未だ笑い続ける彼女に、私は思わず軽くチョップで頭を叩く。
なんていうか、そこまで的外れなことを言った(らしい)自分自身がちょっと悔しかったから。

「ごめんね、多分今のはジャンヌ姉様が聞いても大笑いすると思うわよ。
 フィン父様って女の子の作法まで知ってるようなイメージがあるの?」

「あ・・・まあ・・・だって、フィーナから聞く限りのフィンさんだと、ねえ?」

そうなのだ。フィーナが教えてくれるフィンさんという人間像は
それはもう全国にいるレンスターの蒼騎士ファンの騎士像を見事にぶち壊してくれるようなものなのだ。
あの名高い槍騎士の趣味が料理と裁縫などということを信じる人間がドコの世界にいようか。
これを初めてフィーナの口から聞いたときは開いた口が塞がらなかった。
加えて言うなら最も得意とするジャンルはお菓子作りだと言う。
そんな経緯があって、フィンさんが女性作法を知ってると考えた私は別段おかしいことではないと思う。

「私もジャンヌ姉様も何もお父様からは習ってないわ。全部独学で身に付けたものなの。
 時間がある時に色んな人に聞いたり、ときどき指導してもらったりしてね。
 お父様って女の人のそういうのに凄く疎い人だから女性作法なんて一つも知らないと思うわ」

「うーん・・・もうフィーナからフィンさんのことが出ると何を聞いても意外であって意外じゃない気がするわよ。
 確かにフィンさんが女性に関して詳しいような人には見えないしね」

私の一言でフィーナはピタリと動きを止める。あ・・・あれ?何か私変なこと言ったっけ?
そんな私の考えを他所に、フィーナは先ほどまでとは打って変わったような何か不満そうな、そんな表情を浮かべていた。

「お父様って凄い鈍感だから。
 多分レンスターでお父様に好意を持っていた女性が沢山いたことに少しも気づいてないんじゃないかしら。
 ううん、絶対そうだわ。だからあんな風に誰にでも優しく出来るんだわ。そうじゃなければ私たちがこんな風にやきも・・」

「ちょ、ちょっとフィーナ!?落ち着きなさいって!!」

「え・・・あ・・・ご、ごめんなさい、つい・・・」

恐ろしいまでのマシンガントークを放つフィーナを私は慌てて止める。何この彼女の変わり様は。
まるで彼女の中に住んでるお姫様が我侭を言っているようなそんな感じ。むしろこっちが本当のフィーナじゃないか、とも感じられる。

「まったくもう・・・フィーナってば本当にフィンさんのこと好きなのね」

私は話を変える為にそんな当たり前の言葉を投げかけた。彼女があのフィンさんを嫌いである筈がないからだ。
勿論のこと、私の予想通りの答えを彼女はあっけなく弾き出した。・・・その筈だった。だけど・・・

「ええ、大好きよ」

そう笑顔で告げるフィーナは何故かとても綺麗で。私は思わず言葉を失してしまった。
同じ歳くらいの女の子なのに、こんな風に綺麗に感じるなんて思ってもみなかった。
女の子としての可愛さではなく女としての綺麗さ。この娘はこんな表情も出来たんだ・・・。

「そうだ、フィーってこの後の予定は空いてるのよね。よければ私と一緒に訓練しない?
 午後からフィン父様が稽古をつけて下さるの!
 フィーも前にお父様に槍術を習いたいって言ってたよね?お父様にそのことをお話したら歓迎するって言って下さってたわ」

「え!?ホント!?」

「ええ、私の大切な友人だって紹介したいし、お父様も是非挨拶したいっておっしゃってたわ」

呆ける私にフィーナは良いアイディアだと言わんばかりに話を持ち出してきた。
彼女の一言で先ほどまでの私の思考は綺麗に吹き飛んでしまった。
あのフィンさんが私に稽古をつけてくれる。一人の槍使いとしてそれはとても喜ばしいことだった。
以前フィーナに冗談のつもりで頼んでみたのにまさか引き受けてくれるとは思わなかった。
私はフィーなの手を強く両手で握ってブンブンと大きく振り、感謝の意を示す。
天馬騎士の友達にはフィンさんのファンもいるし、その娘に話したらきっと羨ましがられるだろうなあ。

「ありがとうフィーナ!!それじゃマーニャ、すぐに洗ってあげるからね!」

私は意気揚々とマーニャを川へと連れていった。
フィーナは自分の馬は既に洗い終えてるのか、何も言わずにこのコを洗うのを手伝ってくれた。
本当に良い娘だと思う。私の友達には勿体無いくらい。













全てを終わらせ、二人で修練場に到着するとその場には既にフィンさんが待っていた。
練習用の槍の手入れをしているフィンさんはその手を休め私達に笑顔を向けてくれた。
今日はドコの隊の修練も入っていないのか、この場所には私たちを含めて三人しかいなかった。
ある意味今日は貸切ってところかしら。

「こんにちは、フィーさん。フィーナ」

「え、あ、こ、こんにちわっ!」

突如フィンさんに名前を呼ばれて私は思わず声を上ずらせてしまった。
だってしょうがないじゃない、あのフィンさんと初めて会話するんだから。
そんな私の様子に気づいたのか、フィーナはクスクスと笑いながら私の肩に軽く手を置く。
多分落ち着けってことなのだと思う。

「こんにちは、お父様。もう、練習用の槍の手入れなら私たちが自分でしますのに」

「ああ、すまないね。ちょっと時間が空いたものだからつい、ね。それに私がした方が二人とも早く始められるだろう?」

「う〜、それはそうなんですけど・・・でもありがとうございます、お父様」

フィーナの笑顔を見て、フィンさんも温かい笑みを浮かべる。
いいなあ・・・本当に親子って感じ。本当に仲が良いんだなって思う。
あの馬鹿親父も少しくらいフィンさんを見習ったらどうなのかしら。私だって、本当は・・・

「フィーさん?どうかされましたか?」

「え?あ!い、いえ!何でもないんです!
 それより今日は私なんかのお願いをきいて下さって本当にありがとうございます!!」

「そんなに畏まることはないですよ。むしろお礼を言うのは私の方です。
 娘といつも仲良くして下さってるそうで本当にありがとうございます。
 教える側に回るにはまだまだ経験未熟な私ですが、よろしくお願いしますね。
 今日は取りあえず模擬戦でフィーさんの実力の程を先に確認させてもらおうと思っています」

経験未熟って・・・フィンさんが先生失格ならこの世の全ての槍騎士達がそういうことになっちゃうと思うんだけど。
話に聞いてた通り、本当に実直で誠実な人だと思う。
フィンさんは両手に持っていた練習用の槍を一本私に手渡した。
練習用の槍は刃先が木製で人が死なないようには出来てるものの、重さは本物と大して変わらない。
練習用といって甘く見ると、骨の一本や二本は軽く奪ってしまうような代物。
だからこれを模擬戦で使うとなると片方は相当な使い手でないと危険なモノ。
それを模擬とはいえ試合に使うことを許可されている時点で改めてフィンさんの実力の程が分かる。
あのレンスターの蒼騎士が今本当に私の前にいるんだ・・・

「分かりました。若輩者ではありますが、シレジアの天馬騎士の名に恥じないような戦いをお見せしたく存じます」

私は一礼をした後すぐにフィンさんと距離を取った。
――正直なところ、私の心はかつて数度あるかないかという程に燃えていた。
純粋な槍の勝負を競うのが久しぶりだったという理由もあるけれど、
何より私の目の前にはあのフィンさんが立っているのだから燃えない筈がない。
私がこの人にどこまで通用するのか知りたい。
シャナン様に稽古をお願いするラクチェもこんな気持ちだったのかな・・・もうあの娘のこと、笑えないかも。

「そうか、君はシレジアの天馬騎士だったね。それでは私も気合を入れないといけないな。フィーさん、体のほうは」

「大丈夫です。ここまで来るのに走ってきましたからもう充分暖まってます」

「分かりました。それでは私もレンスターが槍術、お見せいたしましょう。フィーナ、分かってるね」

「はい、分かってますわお父様」

そう言ってフィーナは私たち二人の元から離れる。そしてフィンさんは一礼をし、槍を構えた。
それが私にとって試合開始の合図となった。
自分の身長よりも長い槍を両手で持ち、私はフィンさんの正面へ迷うことなく爆ぜる。
相手は自分よりも何段も高みにいる存在、真っ向から自分の全てを見せるのが礼儀というもの。
私の繰り出した突きをフィンさんは軽く身体を捻って回避する。
否、回避行動を許すことを良しとしない私の槍が突きから払いへと変化してフィンさんの頭部を狙う。
槍は他の武器とは違い、長く重い。その点はある種距離を置いた戦闘に特化しているように考えられがちだが、
至近距離においては棍として使用することも出来る。
遠心力のついた鉄棒はもはや凶器と化す。私は迷うことなくその槍を払いきったが、捉えたような感触がなかった。
フィンさんは身体を捻る動きをそのままバックステップへと繋げて私の槍をかわしたのだ。
振り切った槍を身体の正面に戻し、再度フィンさんへと駆ける。
そして眉間、心の蔵、下腹部と三段の突きを速射砲のように突き出す。
剣や斧と違い、槍の極意はこの突きにある。攻めを受けるものにとって突きは線の動きではなく点の動き。
即ち軌道を読み回避することは難しい。加えて槍はリーチがあり、回避する方法も限られる。
奔る突きは出す前に読み取り回避するのが上策。
しかしフィンさんは私の三度の突きを全て出された後に冷静に右手の槍で『打ち落とした』。
何て人なの。点の動きを点の動きで捉えるなんて普通じゃまず考えられない。
こんな芸当が出来るなんて本当に人間離れしている。
打ち合って数合しか経ってないのにこんなにもレベルの差を見せ付けられるなんて思わなかった。
この人は本当にあの蒼騎士なんだ。
突き、払い、薙ぎ、打ち落とし、ありとあらゆる私の弾幕をフィンさんは槍で全て受け止める。
これだけの攻撃を全て小回りの利かない長物で防ぎきるなんて常識外れもいいとこ。
それどころか私の槍は一度たりともフィンさんの身体に触れることすら出来ていない。凄い。この人は本当に凄い人だ。
数十秒打ち合った後、私は思いっきり力強く槍を叩きつけ、その反動を利用して距離を取る。
このままじゃいつまで経っても何も出来ないままだ。

「失礼ですが、フィーさん。貴女は誰に槍術を習いましたか?」

距離を置く私に、フィンさんは唐突な質問を投げかけてきた。どうしたんだろう。

「母です。母もまた私と同じ天馬騎士でした」

「・・・そうですか、では貴女は・・・いえ、今はよしましょう。それでは今度はこちらから行きますよ」

私の言葉を聞いたフィンさんは少し懐かしそうな表情を浮かべ、そして再度私の方を見据えた。先ほどまでとは違う、騎士の瞳で。
――なんて威圧感。肉食動物に睨まれた草食動物はこんな気持ちなんだろうか。
あり得ない。こんな感覚はあり得ない。体中が電気が走ったように硬くなっている。
正直な話、私は今まで純粋な槍使いというものと出会った事がなかった。
天馬騎士団の人達からも、今まで戦った槍使い達からもこんな威圧感を感じられなかった。
同種だからこそ、獲物が同じだからこそ分かるこの感覚。
ハッキリと感じ取れるレベルの差。喉が渇ききったような感覚、槍を握る力が自然と強くなる。
これがあの蒼騎士なの。ゲイボルグの継承者、キュアン王子と並ぶ程の腕前を持つと言われたあの。
私は腰を落として迎え撃つ体制を取った。恐らく私の身体じゃフィンさんの一撃を全て吸収しきることは出来ない。
だから少しでもダメージを外に逃がすしかない。
フィンさんとの距離は槍四つ分程度。槍の長さから見て避けることは難しいけど止めることなら出来る筈。
私は衝撃を受ける覚悟で槍を身体の前に掲げた。
瞬間、フィンさんは『私の前にいた』。比喩でもなんでもない。本当に私の前に現れた。
油断してた訳じゃない。迎え撃つ体制もしっかり作っていたつもりだった。
私が後ろに逃げようとしたときにはもう遅い。私の構える槍に全重心を叩きつけるかのように
フィンさんは槍を両手で薙ぎ払う。金属と金属のぶつかり合う音が場内に響き渡る。
――冗談。何て桁違いな打撃の重さだろうか。衝撃を吸収しきれずに私は後方へと弾き飛ばされ体勢を大きく崩した。
そんな私を見逃す筈も無く、私の左脇へと再度槍を叩きつける。
私はもつれるように後ろに下がって懸命に回避することだけに集中する。
あの一撃は拙い。あれを直でくらうと細身の私では一撃で間違いなく動きを止められる。
そんな私の考えを把握しているのか、フィンさんは休む間もなく槍を上下左右に振り回す。
何て丁寧な、それでいて正確な攻撃なんだろう。
普通の人ならば波状攻撃を仕掛けるときには必ずどこかに雑になる部分が見える筈なのに、この人にはそんな隙が決して見えない。
ここまで辿り着くまでにどれ程まで基本の型を繰り返し練習したのだろう。
何千何万何十万何百万何千万。何度槍を振ればここまでの境地に辿り着けるのか。
マズイ。この人相手に後手に回って守りを固めていては何も出来ないままに終わってしまう。
攻めに転じないと私はこれ以上この攻撃を防ぐ自信がない。

「せやああああ!!」

私は思いっきりフィンさんの槍を払い、大きく跳躍して頭上めがけて槍を振り下ろした。フィンさんと私は体格が基本から違う。
マーニャに乗っていない私が体格差から生じる力の差を埋めるには攻撃に勢いをつけるしかない。
フィンさんは私の槍を両手で構えて受け止めた。しかし、体勢が若干崩れている。
私は迷うことなく槍を乱れ振るう。勝てなくてもいい。とにかく一太刀でいい。
一太刀でいいからフィンさんに当てたかった。母様と戦いを共にした蒼騎士に私を認めさせたかった。
フィンさんが体勢を崩したままで私の槍を受け続けている。もしかしたら、届くかもしれない。
私の一撃が。私は槍を大きく横から全力で薙いだ。彼が槍を構えていない、その死角へと。
当てた。フィンさんの身体に私の槍が届いた。あの軌道は分かっていても止められるなんて出来っこない。
私はこの一撃に完全な自信を持っていた。――その筈だった。

「それまでですっ!」

フィーナの制止の声が響き渡り、私はようやく自分の現状に気付いた。
私の薙いだ槍の先にはフィンさんの姿は無く、私の首元には練習用の切っ先が。
ああ、何て簡単なことなのか。先ほどの私の感覚は全て偽りで、
フィンさんが私が大振りになるのを待っていただけのことで。――私、一撃も当てられずに負けたんだ。

「フィー凄いわ!お父様を槍であそこまで追い詰める人なんて私初めて見たわ!」

フィーナの声を聞いて、私は思わずその場に腰を落とした。・・・というか、体中の力が抜けたと言った方が正しいかもしれない。
そんな私を見て、フィンさんは笑顔で手を差し伸べてくれた。握った手は凄く暖かくて、何だかお父さんってイメージだった。

「ああ、フィーナの言うとおりフィーさんは素晴らしく筋がいいですね。攻めの手合い、まさしく見事の一言でした。
 もし実戦でフィーさんが天馬に乗られていたら私も分かりませんでしたよ。
 ただ、攻めに転じる際に少々防御面が手薄になっていたのが気になりましたが、それも経験ですぐに直ると思います。
 恐らくあと一年もすれば私なんか簡単に追い抜くことが出来るでしょう。」

「あ、ありがとうございました!!で、でも私なんてまだまだですからこれからもご指導のほどお願いいたします!」

私が頭を下げるとフィンさんはこちらこそ、と礼をして下さった。
何ていうか、フィーナがあんなにフィンさんのことを好きになる理由も分かる気がした。
こんなに優しくて礼儀正しくて強くて娘想いな父親だったら誰だってああなると思う。
私だってこんなお父さんが欲しかったもん。

「それでは今度はフィーナが入りなさい。フィーさんはその間休憩してて下さいね。
 もうすぐジャンヌが差し入れを持ってきてくれると思いますから」

「はい!それではお父様、手合わせの程お願いいたします!」

私はフィンさんの言うとおり、先ほどまでフィーナが座っていた場所に腰を下ろした。
そういえばフィーナが戦うところって初めて見ることに気がついた。
フィンさんの娘だからとはいえ、私にはあのフィーナが槍をフィンさんのように力強く扱う姿など想像できなかった。
とりあえず私は先ほどの模擬戦の疲れを取り除く為にゆっくり休むことにした。
そんなことをぼんやりと考えているとき、二人の槍が重なり合う音が場内に響き渡った。











――私は夢でも見ているのかもしれない。先ほど試合が始まってからまだ数分と経っていないだろうが、
その間私はずっと二人から視線を外せずにいた。
フィンさんとフィーナの戦闘はまさに一方的。フィンさんの槍が只管フィーナを狙って迸る。
先ほどの私との戦闘でのフィンさんと同じ、一撃一撃が必殺のモノでどれも実戦ならば確実に死に至る代物だ。
先ほど直接フィンさんから槍を受けた私だからこそ分かる。
あの一撃一撃は全てが重く、手に響くものだと。いつ槍が弾かれてもおかしくないようなそんな衝撃がある攻撃な筈。
例えるならば嵐。間髪休む暇もなく荒れ狂う暴風のようにフィンさんは槍を繰り出している。
あの一度で一体何人の人間を葬り去れるのだろうかというくらい。
だからこそ私はフィンさん相手に只管に自分から攻めることを選択した。あのような攻撃に付き合っていては
それこそ自殺行為なのだから。フィンさんと渡り合う為には、フィンさんに振らせてはいけない。

だけど、おかしい。

その槍は今もなお休むことなく振り続いている。ということは『その攻撃を受け止める側』が存在することになる。
そんなことが在り得るのか。
そう。私を驚かせているのは他の誰でもない、フィーナだった。あの娘は槍一本で美しいまでにあの暴風を受け止めている。
時に流し、時に払い、時にかわし、槍のありとあらゆる部分を使ってあの娘は全ての攻撃を防いでいる。
それこそ冗談。あんなのを正面から受け止められる人なんて軍で何人いるのか。
まるで演武のように槍で交わる二人の何て美しいことか。これがあの大陸に名を馳せる槍騎士の親子なのだと
私は今この瞬間に初めて認識した。まるで私とフィーナが違う世界の人間みたいで・・・

「フィーナって意外とやるでしょ?」

突如声をかけられ、私は驚きながら声のした方向に目をやるとピンクのバンダナをした女性が私の横に立っていた。
この人は確か・・・

「ジャンヌ、さん?」

「ええ、名前を知っていてくれて嬉しいわ。貴女は確かフィーさんよね?少し隣、いいかしら?」

「あ、はい・・・」

勿論知っている。だってこの人はフィーナのお姉さんだもん。
直接話したことはないけれど、何度か見たことあるし、フィーナからよく話題に出たりしたもの。
ジャンヌさんは笑顔でお礼を言って私の横に腰をかける。
どちらかと言うと、フィンさんに似ているのはジャンヌさんの方かもしれない。えっと、笑顔のイメージとかだけ何だけど・・・

「あの娘って外見があんな感じだからランスナイトって言っても誰も信じてくれないのよね。
 実はあんなに槍捌き上手いのにね。
 フィーナの腕を知らない兵士たちからはいっつも『フィン様の娘だから特別にランスナイトになれたんだろう』って
 陰口言われてるし。ムカつくよね」

まあそういう奴らはいつも私が二度と口を聞けない様にしてあげてるけどね、と
ジャンヌさんは恐ろしいことを笑顔で言っちゃってる。
でも、その意見には確かに同意する。あれほどの腕があるのにフィーナ自身が認められてないだなんておかしいにも程があるわ。

「フィーナはとっても強いですよ!フィンさんとあれだけ対等に渡り合えるなんてこの軍の槍騎士で他にいるかどうか・・・
 フィンさんの娘だから、そりゃ才能はあったのかもしれないけど努力したのはフィーナ自身じゃないですか!」

私の言葉を聞いて、ジャンヌさんは少し暗い表情を浮かべた。今私何かマズイこと言っちゃったのかな・・・

「お父様の娘だから才能があった、か・・・。
 フィーさん、あの娘は槍の才能なんて一欠けらも持ち合わせていないわ。いいえ、むしろマイナスですらあるわ。
 詳しい事情は言えないんだけど、あの娘の天性は槍なんかじゃなくて剣なの。それが未だにあの娘の足枷になってる」

「天性は剣って・・・そんな筈ないですよ。だって今、充分フィンさんと互角に渡り合って・・・」

「・・・渡り合えていないのよ。槍の腕ならフィーさん、貴女の方が数ランク上の位置にいるわ。
 よく見て、フィーナを。どこか違和感を感じない?」

ジャンヌさんに促されるままに私は二人の戦闘を見る。先ほどとは何も変わらない、見事な槍舞が未だ続けられている。
フィンさんが攻め、フィーナが受け、フィンさんが攻め、フィーナが受け、フィンさんが攻め、フィーナが・・・

「フィーナが攻撃・・・していない・・・?」

ジャンヌさんは何も言わずに首を縦に振る。それは即ち肯定の意だ。

「正確に言うとしていないんじゃなくて出来ないの。
 あの娘は今フィン父様の攻撃を防ぐことだけに全てを費やしているわ。けれど、それだけ。
 あの娘はトコトン槍に関しては不器用だから守りから攻めへと転じるなんて芸当は出来はしないわ。
 出来るのはただ守って凌ぐ事だけ。勿論それだけでも十分凄いんだけど・・・」

「じゃ、じゃあフィーナって攻撃に関してはからっきしってことですか?」

「そうね、『槍』を使うなら、ね。
 あの娘がもし剣を使うのならば、きっとさっきのフィーさんくらいお父様といい勝負が出来ると思うわよ?」

「それならどうして剣を使わないんですか?剣なら軽いし、小回りも利くから剣に才能のあるフィーナなら・・・」

そうだ。フィーナがもし剣の方が才があるのならば迷わずそうすべきだと私は思う。
女性が槍を使うこと自体天馬騎士以外稀なのだから恥ずべきことではないし。
だけど、私の言葉をジャンヌさんはただ首を振るだけだった。

「フィーさん・・・あの娘はね、槍じゃないと駄目なのよ。それがあの娘のお父様との絆の一つなのだから。
 あの娘は死ぬまできっと槍騎士で在り続けるわ」

「絆って・・・」

「・・・ごめんなさい。少し話しすぎたわね。ともかくフィーナはね、貴女が思ってる程強くはないわ。
 むしろ貴女の方が強いの。私が言いたかったのはこれだけ」

何故だろう。どうしてジャンヌさんは私にそんなことを言うのだろう。
私の言いたいことを視線で汲み取ったのか、ジャンヌさんは苦笑した。

「だって貴女、さっき凄い別の世界の生物でも見るような目でフィーナの方を見てたもの。
 きっとそんな目で親友から見られたら、あの娘落ち込んじゃうわ」

ジャンヌさんの言葉に私は動悸を早くさせた。確かに、そうだ。私はさっきフィーナをどんな目で眺めていたのか。
私はフィンさんとフィーナの模擬戦を見てまるで別世界の人間のように感じてしまった。それと同時に畏怖すら覚えた。
もしそんな感情を抱いたままでフィーナに接したらあの娘はどんなに傷つくのだろう。私は浅はかな自分自身を思わず悔いた。

「ジャンヌさん、その・・・ごめんなさい・・・私・・・」

「いいのいいの。私は自分の為に言っただけなんだから、ね?
 でも貴女みたいな優しい人が友達になってくれて嬉しいわ。
 あの娘って少し内向的な性格してるから姉としてちょっと心配だったからね」

「そんな!私こそフィーナが私の友達になってくれて凄く嬉しいです!
 私には勿体無いくらい良い娘だし、凄く女の子らしいし・・・」

「ふふ、ありがとね。丁度試合の方も終わったみたいだし、行きましょうか。
 これからもフィーナのことよろしく頼むわね!」

そう言い残し、ジャンヌさんはフィーナとフィンさんの下へと走って行ってしまった。
試合を終えた二人の元へ駆けつけ、フィンさんに抱きつくジャンヌさん。
フィンさんは苦笑しながらも、先ほどまで試合をしていたフィーナの頭を撫でてあげている。
そんなフィンさんを見るフィーナの笑顔はとても綺麗で。あの川の近くでフィンさんのことを
大好きだと言った時の彼女と同じ表情で。
もし私のお父さんがフィンさんのようなお父さんだったらあんな風に綺麗に笑えるのかなあ。
そんな風に嫉妬してしまうくらい、フィーナの笑顔はとても魅力的だった。
とりあえず何となく悔しかったので私もフィンさんに抱きついちゃうことにした。
今日くらいこの家族の中に私が入っても問題ないよね。うん、問題なし。自己正当化完了。
私が抱きつくと、フィンさんはさっきまでのフィンさんからは考えられないくらい凄く慌てながらも
私を受け入れてくれた。フィーナやジャンヌさんも慌てるフィンさんを見て笑っている。
こういう暖かさって、凄く懐かしいな・・・。
お兄ちゃん、この人は本当のお父さんじゃないけれど、今は少しくらい甘えても構わないよね・・・















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