心からの『ありがとう』















「ちょっと待て、北川」

それは授業が全て終了し、教室に残っている生徒が散り散りとなって帰宅しようとするときだった。
何の予定も無く、早々と帰る準備をしている最中だった潤を彼の親友――相沢祐一が呼び止めた。

「どうした、相沢。何か用か」

「北川・・・実はお前を親友と見込んで頼みたい事がある」

「珍しいな、お前が俺を頼るなんて。もしかしたら明日は地球が崩壊するかもな」

「茶化すなよ・・・本当に困っているんだ」

そう言って祐一は溜め息をついた。彼がここまで困っている所を見るのは確かに珍しい事だった。

「で、その頼み事って何だ?出来る範囲なら協力するぞ」

「家で飼っている生き物を預かって欲しいんだ」

「生き物?お前動物なんて飼っていたのか。似合わなさ過ぎるぞ」

「ほっとけ。それでそいつらを一週間預かって欲しい。頼めるか?」

「その動物によるな。聞くがお前は何を飼っているんだ?猫か何かか?」

「似たようなもんだ。ただちょっと人見知りの癖がある可愛い生き物だ」

可愛い生き物。その言葉を聞いて潤の心は揺れてしまった。元来、動物好きな彼にとってこの言葉はかなり致命的である。

「そ・・その動物は大きさはどのくらいだ?俺の家はマンションだからウサギや大人しい猫くらいならなんとかなるぞ」

「一匹はそれくらいだな。もう一匹はそれより少しっていうか、かなりっていうか大きくなきにしもあらずっていうか・・・」

「それは大きいのか小さいのか分からないぞ」

「まあ、とにかくお前のマンションでは問題無く飼えるから安心しろ。じゃあ、すぐお前の家に向かわせるからな」

そう言い残し、祐一は鞄を片手に大急ぎで帰っていった。

「おい相沢!・・・ったく、しかし俺の家に向かわせるって水瀬か誰かが代わりに連れてくるのかな」

まあいいか、と彼も鞄を手にして教室を後にした。
帰り道で色々と不満を抱いてはいたが、動物が楽しみだという感情が自然と苛立ちを消してくれていた。








「ただいま〜」

潤は自宅の扉を開け、中へと入っていった。彼の住んでいる一室は3LDKと学生にしてはなかなか広い住居だった。
彼は一人暮らしのため、使っている部屋はリビングと自室だけだった。つまり、彼にしてみれば1LDKとあまり大差はない。
自室で普段着に着替え、祐一が来るまで晩飯の下ごしらえをする事にした。








「しっかし、相沢が動物を飼うとは世も末だなぁ・・・」

そんなことを言いながら彼はニンジンを細かく微塵切りにしていた。まな板の上にある材料からみると今夜はハンバーグらしい。
彼は一人暮らしが長かったこともあるせいか、料理は結構上手かったりする。
そのことを友人に話すと誰もが意外そうな顔をするのだが。
彼の友人曰く、「北川君は女の子だったらいいお嫁さんになれるわ」とのことらしい。

「さて、あとはミンチと混ぜ合わせて・・・っと」

野菜を全て切り終え、次の段階へ進もうとした時、玄関からぴんぽーんと呼び鈴の音が鳴り響いた。
彼はエプロンを外し、玄関へと向かっていった。恐らくは祐一か名雪だろうという考えが彼の頭にあった。

「はいはい、今開けますよ」

ガチャリとドアを開けた彼の視線の先には彼の予想を裏切る人物が立っていた。

「こ、こんばんわ・・・」

目の前には彼と同じ金色の髪をして、頭に少し小柄な猫を乗せた何とも不思議な少女が立っていた。
しかし、そんな彼女に潤はほんの少しだが面識があった。

「君は確か・・・沢渡真琴ちゃん・・・だったよね」

潤がその名前を口にしたとき彼女は大きく首を縦に振った。彼女の名は沢渡真琴。
潤が何度か祐一の家(正確には水瀬の家だが)に遊びに行った時に何度か顔を目にした事があった。
名雪の従姉妹だと聞いてはいたが、会話をするのは今が初めてだった。

「あ、もしかして相沢からの頼まれ事とか?」

彼女は再び首を縦に振る。彼女は余程緊張しているのか動きがとてつもなく固い。

「ゆ・・・祐一がね、これから一週間北川の家に泊れって・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

彼女の言葉の意味を理解するまで彼はかなりの時間を要した。











トゥルルルルル・・・トゥルルルルルルル・・・

「はい、相沢・・・じゃなくて水瀬ですが」

「おい相沢。お前一体どういうことだ」

「おっ、その声は北川だな。お前からの電話という事は真琴とぴろは無事到着したってことだな」

「お前が言っていた動物ってまさか真琴ちゃんじゃないよな・・・」

「いや、期待に反するようで悪いが真琴だぞ。ぴろとワンセットで可愛い限りだろう」

「確かに可愛いけどあれは人間って言うんだ!加えていうなら年頃の女の子だ!今すぐ引き取りに来い!」

「いやいや、そんなこと言っておいて実は嬉しいんだろう?素直じゃないな、お前も」

「・・・今すぐ真琴ちゃんを水瀬家へ連れて行く。お前の説教はその後だ」

「待、待て!お前の家に真琴を向かわせたのには訳があるんだ!まずそれを聞いてくれ」

「分かった、いいだろう。その代わりくだらない理由なら俺はいつでも家へ送り届けるからな」

「ああ・・・俺がお前の家へ真琴を向かわせたのはお前に頼みがあるからなんだ・・・」

「頼み・・・?」











「アイツを・・・沢渡真琴を救ってやってほしい・・・」












相沢との電話を終え、潤はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
彼の顔は蒼白で思考という人間の動作が完全にストップしている状態だった。

(彼女は・・・沢渡真琴は、本当は名雪の従姉妹なんかじゃないんだ・・・)

(それだけじゃない・・・あいつには親も居なければ戸籍も無い。事実上の存在してはならない人間なんだ・・・)

(お、おい!相沢!俺にはお前の言っている事が分からないぞ!それじゃ、彼女は・・・沢渡真琴は・・・)

(そう・・・真琴は人間じゃない)

(・・・冗談には聞こえないな。だったら真琴ちゃんは何者なんだ・・・)

(あいつが何だろうとそんな事は問題じゃないんだ!真琴は真琴だし俺の中では
 大切な存在であることに変りはない。少なくとも秋子さんや名雪、そして俺はそう思っている)

(・・・そのことを真琴ちゃんは知っているのか?)

(ああ、全てを話したのは今から三日前だ。真琴も自分がそういう『存在』だと薄々気付いていたらしい。
 それ以来めっきり口数が少なくなって飯もろくに食っていない。いつ倒れてもおかしくない状態なんだよ・・・あいつは)

(・・・分からないな。真琴ちゃんとほとんど面識のない俺が
 相沢や水瀬にできなかった事が出来ると思うか?何故俺に頼む?)

(・・・分からない)

(あのなあ・・・分からないってお前・・・)

(でもな、お前なら・・・北川潤なら真琴を救える気がしてならないんだ。
 根拠とかはないし、無茶を言ってるのも十分承知している)

(・・・相沢)

(頼む北川・・・あいつを、あいつを救ってくれ・・・あいつは)






(あいつは一人ぼっちなんだ・・・)








「・・・一人ぼっち・・・か」


潤は先程の友人の言葉が頭から離れなかった。電話を終えてから数分は経つが一向に考えがまとまらない。
友人からの突然の告白。沢渡真琴という少女の未だに不透明かつ虚事にすら思える事実。
彼女の救済。様々なワードが浮かんでは消えと反復運動を繰り返す。
正直、沢渡真琴を救うなど出来る訳が無い。しかも今日まで会話もした事も無い人間がなど。
常識的に考えて無理な事なのだ。

「確かに俺じゃ無理かもしれない・・・いや、無理なんだろう。けど・・・」

放ってはおけない。友人からの頼みという事もあるが、潤は何故か彼女を救ってあげたかった。
別に同情心からではないし、友人の為というだけではない。
理由は分からなかったが彼女を救う事を潤は強く望んでいた。

「・・・・似ているからかな」

潤はそっとつぶやき、真琴のいるリビングへと戻っていった。








潤が部屋に入ると真琴はソファーにちょこんと座っていた。
頭の上に相変わらず猫を乗せて視線を宙に向けていた。どうもあまり落着かないらしい。

「真琴ちゃん、晩飯なんだけどハンバーグでいいよね。と言っても、もう作っているんだけど」

潤がそう尋ねると真琴は首を縦に小さく振った。あまりに小さな動作のため見落としてしまいそうな位だった。

「後は適当にありあわせで済ませるからちょっと待っててね」

そう言って潤は再び台所についた。大体は出来上がっているので完成までそう時間はかからなかった。
ハンバーグを一つずつ皿に盛って野菜などを添えていく。何とも慣れた手つきだった。
そうして出来た料理をテーブルの上へと運んでいく。その様子を真琴はじっと眺めていた。
そうして北川家の夕食は始まった。







(気まずい・・・どうしようもないくらいに気まずい)

食事が終ってから潤は真琴と向かい合って座っていた。
先ほどの食事はもはや食事と呼べるようなものではなかった。潤の作ったハンバーグを
真琴はただじっと見ているだけで決して食べようとはしなかったのだ。
「食べないの?」と声をかけても、視線を潤の方に向けるだけで応とも否とも言わない。その繰り返しだけで食事が終わってしまったのだ。
彼女が食べないのに自分だけどんどん箸を進めるほど潤は無神経ではなかった。
食事が進まないという現実を直で見たことで、今の彼女の心がどれだけ圧迫されているか、追い詰められているかを潤は改めて思い知らされた。
せめて食事だけでも摂らせないと本当に彼女が倒れてしまうと直感した彼は、彼女と会話をすれば少しは曇った気持ちがなくなるのではと思い、現在の状態に至る。
自己紹介を改めてした後、いきなり真琴から「別に話すことなんてない」と言われてしまい潤の作戦は既にチェックメイトである。

「で、でもほら!何かお互いこうやって話すのって初めてだからさ!
 俺は真琴ちゃんのことが知りたいし、仲良くなりたいって思うし」

「私は北川が嫌いだから必要ない」

潤の考え抜いて発した言葉はいとも簡単に彼女にシャットアウトされる。
困り果てる北川を睨みつけて真琴はますます不機嫌になる。

「・・・北川だって祐一と同じよ。本当は知ってるくせに知らない振りをして私と接しようとしてる。
 さっき電話で祐一に聞いたんでしょ!!私のこと!!」

「ま・・・真琴ちゃん・・・?」

突如声を荒げた真琴に潤は驚きを隠せない。
今まで溜まっていた感情をぶつけるかのように彼女は次々と言葉を紡ぐ。

「みんなそうよ!!私のこと全部知ってるのに知らなかったのは私だけ!
 私は人間なんかじゃないから誰も教えてなんかくれない!!
 祐一も!名雪も!秋子さんも!みんなみんな私のこと知ってたのに私だけ!!
 家族だったのに・・・私の一番欲しかったモノがボロボロと壊れていったのよ!
 もう一人は嫌なのに!私が人間じゃないから・・・誰にも・・・もう誰にも会えないのよ・・・幼稚園のみんなにも、美汐にも・・・」

誰にも受け入れてもらえない――その感情を理解してしまった潤はとうとう心の中にあった疑問が氷解した。
そう、この娘は誰よりも似ているんだ。そう誰よりも――

「そうだね・・・。真琴ちゃんに黙っていた相沢や水瀬、秋子さんを責めたい気持ちは分かるよ。でもね、それは違うんだ。
 相沢達が真琴ちゃんに黙っていたのは誰でもなく、
 君を傷付けたくなかったからだと思うし、何より君に話す意味がなかったんだ」

「!!意味がないってどういう意味よ!!いい加減なことばかり言わないで!!」

「ああ、違う違う。そうじゃない。じゃあ聞くけど君に真実を打ち明けて水瀬家は何か変わったかな?
 相沢や水瀬の君を見る目が変わったかな?君との間に壁が出来ちゃったのかな?」

「・・・・・」

押し黙った真琴に反応はない。それはNOを表しているのと同意義だった。
自分の考えが間違っていない事を確信した潤は真琴へ口調を変えずに言い続ける。

「そう、何も変わらない。君が何者でも例え人間じゃないと言っても所詮あいつらにとってはその事は『その程度』なんだ。
 相沢も水瀬も秋子さんも君を『人間』かどうか何て複雑な物差しで計ったりしない。
 あいつらはただ単純に君を『大切な人』として見ているんだよ」

「嘘だ・・・そんなの絶対嘘だ!!
 真琴は、本当の『沢渡真琴』なんかじゃないから祐一達が必要としてくれる訳なんかないわよ!
 大体何であんたにそんなことが分かるのよ!知った風な口を利かないで!」

そう、この感情は誰にも理解されるはずがない。だから私は一人ぼっちなんだ。
その意味を込めた言葉を聞き、潤はもう笑うしかないような気持ちだった。
ああ、間違いない。この少女は誰よりも――



――誰よりも『北川潤』に似ている――



「ちょっと話を聞いてもらえるかな」

潤の言葉に真琴は「言ってみなさいよ」とでも言うような反的な目で彼を見据える。
これを許可を得たと取り、彼はゆっくりと話し始めた。

「・・・昔とあるところに男の子がいました。
 そいつはとても馬鹿な奴でさ。いっつも妹引きずり回しては友達と外で遊んでたんだ。
 ある日ね。そいつ悪い子なもんだから夜遅くまで起きててリビングにまで漫画を取りに向かったんだ。
 そしたらみんな寝てるはずの部屋に明かりがついててさ。
 ちょっとした好奇心で部屋を覗いたんだよ。それはそいつにとってパンドラの箱だとも知らずに。
 そこではそいつの両親が真剣な顔して何か話し合ってたんだ。
 ここまでお約束な条件が揃ってて頭の中で酷く警鐘が鳴っているのにもかかわらずに
 そいつは耳を澄ましてしまったんだ。そして聞いてしまった。一つの真実を」

「・・・・・」

「『あの子にいつ真実を伝えるの?私達は実の両親じゃないって』だってさ。
 はは、笑っちまうよ。親だと思っていた人たちからはっきりと聞かされちゃったんだ。
 それからソイツは180度変わってしまった。家から出ようともせず、ご飯とかの時以外は
 部屋に鍵をかけてただ自分の殻に篭っちゃったんだね。深海の貝のように。
 親も妹達も拒絶した。そうだろう?『家族だと思っていた人たちから裏切られた』なんて感じちゃえば
 もうそれでお終いだ。もはや誰の声も届く状態じゃなかったよ」

「そいつ・・・その後どうしたの」

潤の話に興味を持ったのか、真琴は思った疑問を口にする。
その『男の子』と自分を重ね合わせてるのか、その疑問には悲しみの意が混じっていた。

「うん。それから数日たったある日ドアの向こうから懐かしい声がしたんだ。
 『おい!いつまでそこで泣き寝入りをしてるんだ!』ってな。
 それはそいつがまだ真実を知らなかったときに良く遊んでた親友だった。
 何日も顔を合わせてなかったから心配してくれたんだと思う。
 そいつもまたしつこい奴でさ。無視し続けると『馬鹿!早く出てこないと僕が困るんだ!』とか
 『いい加減にしないと扉壊して引きずり出すぞ!』とか物騒且つ自分勝手なことばかり
 言ってるんだ。夕方家に着ては日が暮れるまでドアの前でそんなことをし続けては帰る。もう我慢くらべの域だよ」

馬鹿だよな〜、と潤は笑いながら付け加える。
だが、真琴の目が真剣そのものだったのを見て咳払いをして話を続ける。

「でさ。結局それが数日続いてさ。ある日とうとうその友人が来なかったんだ。
 そのときそいつは我慢比べに勝った嬉しさよりも一つの感情が心の中で溢れちゃった。
 『ああ、僕は本当に一人ぼっちになったんだ』ってね。
 本当はその友人が心配してくれたことが嬉しかったんだ。でも馬鹿だからその感情に気付けない。
 嬉しいのにとても悲しい。そんな気持ちのまま次の日の夕方になって部屋の隅っこで
 じっとしてたら事態は大きく急変したんだ」

ふう、と一呼吸おいて潤は話を戻す。

「いきなり窓の方からガシャンって大きな音が響いてさ。何事かと思って見てみると
 そこに懐かしい友達がガラスを叩き割って部屋に入ってきてたんだ。その部屋二階だったのに。
 もう何がなんだか分からなくなって混乱している男の子に友人はたった一言だけ言い放ったんだ。何ていったと思う?」

分からないのは分かっていながらも敢えて真琴に質問を投げかける。
さあ、とでもいうように首を捻る真琴に潤は満足したのか穏やかな笑みを浮かべて話し出す。

「『お前は世界で二番目の大馬鹿者だ』ってそいつ言ったんだ。でさ、そいつ何故か右腕にギブスをはめてたんだ。
 他に言葉が見つからなかったもんだから『右腕どうしたの?』って聞いたら
 『将来この借しを倍返しで払ってもらうんだ』とか訳の分かんないことを言い返してきて。
 結局無言のまま外に連れ出されてみんなとよく遊んでた公園のベンチで延々二時間説教されたよ。
 もうそのとき一生分の『馬鹿』を聞かされた。『お前が来ない間どれだけお前の妹に八つ当たりされたと思うんだ馬鹿!』とか
 『もうすこし頭を使ってどうなるかを考えろ馬鹿!』とかね。
 その後説教が終わった後にさ。最後に顔を逸らしてこう言ったんだ。
 『お前が何であっても僕はお前を馬鹿だって言い続けてやるからな』って。
 そのとき男の子はやっと分かったんだ。『ああ、どうして気付かなかったんだろう。
 僕が何であるかなんてどうでもよかったんだ。ここに僕のことを大切に思ってくれてる奴がいるんだ』って。
 そして今まで塞き止めていた感情が爆発してとうとう男の子は泣き出した。友人が驚くのも構わずに
 大声でわんわん泣いた。やっと泣く事が出来る嬉しさを見つけたんだ。
 家に帰った後、家族みんなに謝った。そしたらみんな笑顔で『やっと帰ってきたね』って言ってくれるんだ。
 妹達も泣きながら喜んでくれた。
 それ以来家族とは元通りになることが出来た。いや・・・違うな、以前以上に大切なものとなったんだ」

話を終えた後に潤はああ、と苦笑しながら真琴の方を再び見つめる。

「これは後日談なんだけどさ。そいつの右腕にギブスをはめてた理由は
 どうやら男の子の部屋に繋がってる屋根から落ちて折れちゃったらしいんだ。
 本人は未だに否定しているけど家族に聞いたから間違いない。折れた日は病院に行ってたから
 事実そいつは全部の日に訪れた事になる。
 それを知った時に男の子はこう思ったんだ。『僕は世界で一番の大馬鹿が友達で本当に良かった』ってね。
 そしてその借りはいつまでも返せないってね」

全てを話し終えたとき、真琴は視線を下に向けたままで潤の方を見てはいなかった。
いや、真琴はただ純粋に先ほどの話の中の『少年』と『自分』を重ねて答えを追い求めているだけなのかもしれない。

「さて、これで話はお終い。
 本当に遠回りな言い方だったかもしれないけど真琴ちゃんが『誰か』なんて本当にどうでもいいんだよ。
 真琴ちゃんはみんなにとって大切な真琴ちゃんなんだから周りが変わる訳がなかったんだ。
 そう・・・唯一変わってしまったのは『真琴ちゃん自身』なんだよ」

「そ・・・・そんなの・・・わ・・・・私は・・・・」

そう。彼女はもう答えを知ってしまっている。自分がどうするべきか。壁を作ってしまったのは果たして誰か。
彼女に必要なものは自分の背中を押してくれる人だったのだから。本当は誰も変わってないんだと
諭してくれるだれか。その答え。
それは今こうして目の前の自分より少し年上の男の子が与えてくれようとしているんだ。

「だからもう自分を追い込むのは止めにしようよ。相沢も水瀬も秋子さんもみんな真琴ちゃんが『好き』なんだ。
 その気持ちだけあればもう何も必要なんかない。あとは真琴ちゃんの第一歩、
 『みんなが好き』って想いさえあればいいんだ。
 もう大丈夫なんだ。君は『一人ぼっち』なんかじゃないんだから・・・」

彼が言い終えた瞬間、真琴の塞き止めていた感情が溢れだし、気付けば潤の胸の中で泣いていた。
誰に遠慮するでもなく大声で。
彼女にとっての答えは本当に簡単なものだったのだ。
だが、彼女にとっては決して届かないとさえ思えるほど難しい答えだったのも事実。
この答えは自分と同じ境遇で手を差し伸べられた人にしか答えが出せないものなのだろう。
だから彼は難なく答えを拾い上げる事が出来たのだと彼女は思う。
だから、この瞬間だけは自分の小さなプライドなんか捨て去って心から彼に伝えたい。そう・・・『ありがとう』とだけ・・・。
















「もう行くの?こんな朝早くから」

翌日の朝、潤と真琴は彼の部屋の玄関前に出ていた。潤にとっては彼女が家に帰るための見送りである。

「うん。早く真琴もみんなに逢いたくなっちゃったし。その・・・・ほ、本当に世話になったわよぅ・・・」

顔を赤らめながら、どうしても『ありがとう』が出ない真琴を潤は温かい気持ちで見つめていた。

「どういたしまして。大したことは出来なかったけど真琴ちゃんが元気になって何よりだ」

「じゃ、じゃあ行ってくるけど多分夕方には帰ってくるからご飯の準備しててよね!」

「・・・・・・・・は?」

彼女の口から出た予想外の言葉に潤は思わずクエスチョンマークを頭に浮かべる。
彼の様子に気付いたのか、真琴は慌てて言葉を繋ぐ。

「だ、だから!夕方にはおなかが空いてると思うからご飯作っててって言ったの!!」

「え、え?だって、確かに約束は一週間だったけど今から水瀬家に帰るんでしょ?
 それから相沢達と元通りになってそれから・・・」

「あ〜も〜!いいの!とにかく帰ってくるからね!!じゃあ行って来るから!!」

え〜と・・・と考え出す潤を尻目に真琴は顔を真っ赤にして階段へと走り出す。
そして階段を降りようとした瞬間、立ち止まって彼の方を振り返った。

「そうそう!ちょっとお願いがあるんだけどご飯の時に『友人』の人も呼んでて!
 真琴もその人に逢ってみたいから!それじゃね!」

嵐のように過ぎ去っていった彼女に昨日のような暗い影はもはや見えなくなっていた。
その様子を見て、嬉しい反面『彼』の親友である一人の『友人』の姿を思い浮かべてしまい、
頭痛がせずにはいられなかった。

「は・・・はははは・・・・ごめんな、久瀬」

わが道を行く親友と人を振り回すお転婆新同居人が今夜自分の部屋で相見えるのだと考えると、
もの凄く悪展開しか想像できないところが彼らしい。
ただ、彼なら問題なく彼女の存在を受け入れてくれるだろう。
どう考えても異性と暮らすという時点で説教二時間コース確定なのだが。
季節は春。彼と彼女の物語はまだ始まったばかりだ。













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