10.薔薇の館










放課後、由乃は二人と中庭のベンチで待ち合わせをして、薔薇の館へ案内した。
一般生徒にとって、薔薇の館は一種の聖域扱いされていることもあり、
二人が気押されたりしないかと不安だった由乃だが、それは完全な杞憂に終わった。
薔薇の館を前にしても、二人に緊張の色は見られない。それどころか、感想を言い合う余裕さえ見せた。
物珍しそうに館を眺める笙子に、その様子を見て笑って指摘する祐巳。
それを見て、由乃は内心ホッとした思いで一杯だった。二人が無理をしてるのでは無いということが分かったからだ。

「さて、それじゃここからが本番よ。
 二人とも準備はいい?忘れ物はないわね?出来るだけのことはした?後悔はしない?」

「由乃さん、それじゃ私達は一体何処に向かってるのか分からないよ・・・」

「出来るだけのことって一体何をすればいいのでしょうか・・・」

「そんなの決まってるじゃない。何があっても自信を持って臨みなさい。
 他の誰でもない私が選んだ二人だもの、他の薔薇にも負けないくらい自分は輝いているってことを認識なさい」

ビシッと指を立てて力説する由乃に、二人は揃って苦笑する。
そして、由乃は覚悟を決めたかのように薔薇の館の扉を開く。
いざ戦場へ。敵は本能寺ならぬ薔薇の館ニ階にあり。
心が全く落ち着かない程に不思議な高揚感。由乃は、二人を早く他の人達に見せたい気持ちで一杯だった。
祐巳と笙子、二人の大切な友人を薔薇の館に、山百合会に迎え入れたい。そして、みなに自慢の二人を見せてあげたい。
それはきっと、子供が自慢の玩具を友達に自慢したい気持ちと似ているのかもしれない。

「・・・ただいま、なのかな」

「?どうしたの、祐巳さん」

後ろから聞こえてきた声に、由乃は振り返ったが、祐巳は首を振って何でもないと答えた。
祐巳の呟きの内容が上手く聞き取れなかった由乃は、あまり気にするでもなくそのまま階段を登っていく。
由乃に続く笙子の背中を眺めて、祐巳は思考を振り払うように頭を強く振り、二人の後に続いていった。
そして、薔薇達が集う部屋の前に、三人はとうとう辿り着いた。由乃は一呼吸して、二人の顔を見渡した。
笑って頷く二人に、由乃は意を決して、扉を軽くノックした。
中から『どうぞ』と令の声が響き、由乃は二人にここで待つように指示した後に、扉の向こうへ足を進めた。

「ごきげんよう、皆様」

一礼し、とびっきりの笑顔を浮かべる由乃に、部屋に居た三人、令と志摩子、乃梨子も挨拶を交わす。
そして、由乃の様子がいつもとは違うことに気付いた令は、楽しそうに由乃に声をかける。

「どうしたの、由乃。普段なら扉をノックしたりなんかしないじゃない。
 まあ、それは私達にも言えることだけどね」

「勿論、普段通りならばノックなんてしませんわ。
 本日は私一人ではありませんもの。客人の前で非礼を見せる訳にはいきません」

ワザとらしく丁寧な言葉遣いをする由乃を見て、三人は互いに顔を見合わせる。
だが、由乃の言葉には聞き逃せない言葉があった。客人の前、それに気付き、乃梨子が声をあげる。

「どなたかを連れてきたのですか?山百合会の仕事絡みでしょうか」

「なっ、どうしてそうなるのよ!!
 貴女達が私に手伝いを連れて来いっていったんでしょうが!!!」

絶叫した後に、由乃はしまったとばかりに表情を顰めた。
それを見て、令と志摩子は笑って由乃の方を見つめていた。それが由乃にはたまらなく悔しかった。

「私達に当てつける為に、そんな慣れない言葉使いなんてしなくても別にいいでしょ。
 それじゃ、早速だけど紹介してもらえるかな。私達も、由乃がどんな娘を連れてきたのか早く知りたいからね」

令の言葉に、二人も頷き由乃を促す。
由乃は分かったわよ、と渋々扉の向こうにいる二人を室内に連れてきた。
祐巳と笙子が部屋に入り、令達は目を丸くした。まさか、二人も連れてくるとは考えていなかったからだ。
入室した二人はその場で一礼し、笑顔で挨拶する。

「ごきげんよう、薔薇様方。
 一年菊組三十七番、福沢祐巳と申します」

「同じく一年菊組三十一番、内藤笙子と申します」

二人の挨拶に、固まったままの薔薇達を見て、由乃は心の中で強くガッツポーズを取った。
そう、由乃達は令達のその表情が見たかったのだ。驚き言葉を失う、その表情が。
手伝いに二人も連れてくるとは思ってなかっただろうという由乃の予想は、見事に的中していたのだ。

「お姉様?
 折角お手伝いに来てくれた二人が挨拶してるのに、
 そのようにいつまでも固まってしまっては二人が困ってしまいます」

楽しそうに指摘する由乃に、祐巳は軽く溜息をついた。
そうか、昨日あんなに二人の手伝いを欲していたのはこういうことだったのか。
祐巳と笙子は互いに顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

「あ、ああ・・・ごめんね、ちょっとびっくりしちゃったものだから。
 二人とも、薔薇の館にようこそ。祐巳ちゃんに笙子ちゃんだね、歓迎するよ」

令は立ち上がり、二人を空いている席に誘導する。
二人の座った席は、由乃の右側。すなわち、乃梨子の左側ということになる。
時計回りに見て、乃梨子、笙子、祐巳、由乃の席順となる。

「それじゃ、先に私達も自己紹介しておかないとね。
 私は黄薔薇を務めている支倉令」

「藤堂志摩子。一応、白薔薇ということになってるわ。よろしくね」

「二条乃梨子です。志摩子様の妹で、白薔薇の蕾です」

乃梨子が自己紹介したとき、隣に座っていた笙子がビクッと反応したが、誰も気付かなかった。
三人が自己紹介を終えた後、その場の三人の代表として令が話を進行させる。

「さて、二人は多分由乃から聞いてると思うけど、現在見ての通り山百合会は人手不足でね。
 二人には放課後に助っ人という形で私達、山百合会の仕事を手伝って欲しいの。
 本当は、祥子・・・ああ、紅薔薇のことなんだけど、祥子が帰ってくるまであまり物事を動かしたくなかったんだけど、
 四人しかいないんじゃ、そうも言ってられないからね。二人には本当に感謝するよ」

「二人に感謝するのはいいけど、私にも感謝して欲しいわね」

「それは後でいくらでも。それじゃ、早速だけど、仕事がどんなものか、説明するね。
 その後、二人には指導係をつけて実際に仕事に触れてもらうから。分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」

令の言葉に、二人は揃って頷いた。
なんだか自分が蚊帳の外のようで、由乃は内心少しつまらなさそうにして令の話を聞いていた。














 ・・・












内心つまらないどころの話ではない。由乃は本気でつまらなかった。
令の説明を終えた後、二人は実際に色々と仕事に触れてみることになったのだが、
それが由乃は気に食わなかった。

「どうしたの、由乃。そんな不機嫌そうにしちゃって」

由乃と向かい合うように書類を片付けていた令の言葉に、
由乃は思わず手にしていたシャープペンの芯をボキリと折ってしまう。
もし令が分かってて言ってるのだとしたら、本気でどうしてやろうかと由乃は心で呟いた。

「・・・もしかして、祐巳ちゃんと笙子ちゃんの教育係を任せなかったのが原因?」

決定。帰ったら散々枕でも何でも遠慮なく投げつけてやろうと由乃は決めた。
由乃が苛立っている原因、それは二人の指導係を任せてもらえなかったことだった。
説明を終え、いざ仕事の二人に教えようと意気込んでいた由乃だが、
想像だにしていなかった令の言葉に、思わず耳を疑った。

『二人にしばらくの間、教育係をつけるんだけど・・・
 そうだね、祐巳ちゃんには志摩子。笙子ちゃんには乃梨子ちゃんにお願いしようかな』

令の言葉にポカーンと絶句してしまった由乃。
それとは対照的に、令の言葉に頷いた白薔薇姉妹はそれぞれの担当の娘を連れて
早速指導に移った。そして、由乃が気がつけば、令と二人、白薔薇姉妹の分の書類の整理だという訳だ。

「あのさ、由乃。
 ちゃんと不満があるなら言葉にしてもらわないと、私も困るんだけど」

「・・・不満?ええ、不満よ。不満ですとも。私、凄く不満だわ。
 二人を連れてきたのは私なのに、どうして私は何も教えちゃいけないのよ。
 普通、そういう時の指導って連れてきた人間に一任するものじゃないの?」

ダンダンと机を叩いて不満をぶつける由乃に、令は溜息をついて応える。
その様子が、全てを見透かされてるようで由乃にはまた堪らなく悔しかった。

「あのね、由乃。私は別に由乃が嫌いでこういうことをやってるんじゃないの。
 少し落ち着いて考えてよ。由乃は二人と友達なんでしょ?だったら二人の事をよく分かってるよね」

「そうよ!だから私が指導するのが当然じゃない」

「うん、由乃は祐巳ちゃんと笙子ちゃんのことをよく分かってる。二人も由乃のことをよく分かってる。
 ・・・それじゃ、志摩子と乃梨子ちゃんは?二人は祐巳ちゃんと笙子ちゃんのことを分かってるのかな?」

「そんな訳無いでしょ。二人とは今日初めて会ったばかりでしょうし」

「そうだね、由乃の言う通りだ。
 それじゃ、祐巳ちゃんと笙子ちゃんは志摩子と乃梨子ちゃんのことを理解してる?」

「だーかーらー!!同じ事言わせないでよ!
 二人とは今日会ったばかりだから分かる訳ないってば!!」

「そうだよね。初めて会ったばかりなんだから、分かる筈もないよね。
 ・・・互いが互いのことを全く知らないんだ。だったらどうするべきなのかな。
 これから先、二人は山百合会の手伝いとして薔薇の館に通うことになる。
 そうすれば、志摩子とも乃梨子ちゃんとも触れ合うことは避けられないでしょう?
 それなら、私達はどうするべきかな。二人の為に、指導の時に私達は一体何をしてやれるのかな」

令の台詞に、由乃はようやく令の意図していたことに気がついた。
令は、この指導という形をもって二人と薔薇達との距離を詰めさせようとしていたのだ。
二人は薔薇の館に今日初めて訪れた。そして、由乃以外の薔薇達と接点を持つのも初めての筈だ。
薔薇と一般生徒の距離は意外に遠い。確かな壁が存在している。それは由乃が身をもって体験した事。
祐巳や笙子と由乃が特別なだけで、二人が他の薔薇相手にそうなれるという保障も無いのだ。
ならば、他の薔薇とどうやって距離を縮めるか。それが、現時点で令が考えるべき行動だったのだ。
薔薇達も人間、他の生徒と何ら変わらないということ。それを二人に、肌で早く感じ取ってもらいたい。
そう願う故の、今回における令の指示だった。

「・・・令ちゃん、意地が悪い。令ちゃんは卑怯だ」

「そう言わないでよ。私、あんまり心が強くないんだから、由乃に言われると傷つくよ。
 まあ・・・由乃と友達になるような娘達なんだ。こんなことしなくても、すぐに打ち解けてくれるとは思ってるんだけどね。
 一応、手を打たないよりはいいでしょ」

「まあ、ね・・・はあ、それにしても退屈。
 理屈は分かってるけど、二人の指導が出来るって思い込んでただけに、反動が大きいわよ」

「退屈なら色々と話を聞かせて欲しいね。二人との出会いとか、その他色々ね」

「出会いなんて学園中で噂になったでしょ。新聞の内容そのまんまよ。
 笙子ちゃんとは、祐巳さんを新聞部から救出する時に知り合ったのよ。入学時からの祐巳さんの友達だった訳」

「ふぅん・・・でも、由乃の連れてきた二人、凄く興味があるよ。
 祐巳ちゃんは元々噂で知っていたけど・・・私は笙子ちゃんが気になるね」

令の意外な言葉に、由乃は不思議そうな顔をして令に視線を向け直す。
由乃の考えでは、令は笙子よりも祐巳に興味を示すと思っていたからだ。

「笙子ちゃんが?黄薔薇として興味があるのは祐巳さんじゃないの?
 祐巳さんって色々オプションパーツついてるから、薔薇として見るなら最高の素材だもの。
 笙子ちゃんは凄く良い娘だし可愛いし機転は利くしからかい甲斐があるけれど、一年生から注目なんて浴びてないわよ」

「まあ、そうだろうね。私も薔薇として言うなら同意見。
 だけど笙子ちゃんも話題性だけを見るのなら決して悪くないわ。
 むしろ黄薔薇の蕾の妹候補と考えるなら、下手をすると祐巳ちゃんよりもニ、三年生は盛り上がるかもしれない」

「益々訳が分からないわよ。令ちゃん、頼むからちゃんと説明して」

「・・・彼女、内藤様の妹でしょ?今年の春にご卒業された。
 笙子ちゃんが知られていないのは、一年生が内藤様とは入れ違いでの入学だから多分噂になってないだけじゃないかな。
 まあ、本人が周囲に隠しているという理由も考えられるけれど」

「内藤様・・・?誰だっけ」

「内藤克美様。知らない?よくお姉様をライバル視していたって噂になってたりしてたけど。
 物凄く勉強家で、山百合会が開くイベント事を余り良くは思っていなかったらしいよ」

「『噂』とか『らしい』とか全部微妙な表現ね。まるで全部他人から聞いたことみたい」

「実際そうなんだから仕方ないじゃない。
 張本人のお姉様がああいう人だから噂は必然的に私に流れてくるのよ。
 妹が入学したって話は聞いていたけど、まさか由乃が連れてくるとは思わなかった。
 元黄薔薇のライバルの妹を、黄薔薇の蕾が妹候補に連れてくる・・・それだけで周囲は話の種に困らないわ」

「へえ・・・笙子ちゃんがねえ。まあ、私には笙子ちゃんが誰の妹だろうと関係ないけど。
 笙子ちゃんが笙子ちゃんならそれでいいのよ。あの娘はそれでいいの」

「随分可愛がってるんだね。表情が緩んでるよ」

「うっさい。令ちゃんだって笙子ちゃんと接すれば分かるわよ。
 あの娘はね、話せば話すほど可愛過ぎて色々意地悪をしたくなっちゃうの」

「由乃、なんか聖様みたい」

「一緒にしないで。私はあくまで笙子ちゃんへの愛による行動であって、
 そこに聖様のようなエロオヤジ要素は一切含まれないもの」

元白薔薇様に対してエロオヤジと断言する妹に、令はただただ苦笑するしかなかった。
そういえば、由乃は聖にだけは少し心を開いていたな、と令はふと思い出した。

「まあ、笙子ちゃんは飲み込み早いと思うわよ。
 あの娘、何に対しても一生懸命だし、何より本当に頭がいいもの。
 勉強面の頭の良さじゃなくて、何ていうのかしら・・・こう、機転が利いて会話が上手いっていうか」

「成る程、由乃は笙子ちゃんをそれだけ買ってる訳だ。
 それじゃ、薔薇様候補筆頭の福沢祐巳ちゃんはどう?由乃的に見て」

令の言葉に、由乃は一瞬押し黙る。
昼、祐巳から出された条件を思い出したからだ。紅薔薇様が戻るまでが、手伝いの期間。
それは、自分は山百合会を続けるつもりは無いという意思表示。
そして、由乃の妹になることは無いと取ってもなんら問題の無い発言だった。
薔薇的に考えると、恐らく福沢祐巳の右に出る素材はいないだろう。過去の薔薇と比較しても、何ら遜色無い。
だが、祐巳には決定的に本人の意思が欠けているのだ。薔薇としてやっていくという、その意思が。

「・・・客観的に見ても私的に見ても変わらないわ。祐巳さんは祐巳さんよ。
 私の親友で、私の大切な人。それだけよ」

「・・・そっか。まあ、私としては是非とも山百合会に居て欲しいんだけどね。
 それを考えるのはまだまだ先の事か。祥子や瞳子ちゃんにも二人に会ってもらわないといけないしね」

その頃には祐巳さんはいない――由乃はそれを令に言うことが出来なかった。
口にしてしまうと、その時が早く訪れてしまいそうだから。何故か由乃はそんな気がした。
二人の雑談が途切れると同時に、志摩子が奥の部屋から一人現れる。
それに気付いた令は、志摩子に話しかける。

「祐巳ちゃんの様子はどう?分からないこととかで困ったりしてない?」

令の言葉に、志摩子は返答するのを躊躇っていた。
その様子に、不思議そうに顔を合わせる令と由乃。何故、志摩子はすぐに返事をしないのか。
そして、意を決して口を開いた志摩子から聞かされた言葉は、二人にとって信じられない言葉だった。

「祐巳さんは・・・仕事を完璧にこなしました。
 私が要点だけ説明して、最初は私のサポートに回ってもらってたんですが・・・その・・・」

「どうしたの?サポートを完璧にこなしたんでしょ?だったら良い事じゃない」

「ち、違うんです!祐巳さん、まだ私が教えてもいないのに、私の分の仕事まで終わらせたんです・・・
 内容もチェックしましたが、完璧で・・・私、未だに信じられないんです」

「あのね、志摩子さん・・・落ち着いて聞いて?どうして何も教えてない人が仕事を完璧に出来る訳?
 いくらところどころ現世離れしてる祐巳さんでも、それは無理よ。野球をしたこと無い人がプロ野球選手にはなれないの。
 多分、志摩子さんが書いてるところを見て、同じように真似しただけじゃないかしら」

「そうなのかしら・・・私の考えすぎなのかしら。
 ・・・私、祐巳さんに過敏になり過ぎているのかもしれないわね・・・」

首を捻りながら、志摩子は再び扉の向こうへ消えていった。
珍しく動揺していた志摩子の様子に、由乃と令はただただ首を傾げるばかりだった。

「さっきの祐巳さんの事、令ちゃんはどう思う?」

「そこで私に振らないでよ。そもそも祐巳ちゃんとは由乃の方が何倍も付き合い長いんだから。
 由乃が分かってないことが、私に分かる訳ないでしょう。
 ・・・ただ、志摩子の言ってたことは気になるね。あの娘はこんなことで嘘をつく娘じゃないから」

「だからって、志摩子さんの言うことを鵜呑みする訳にもいかないでしょ?
 さっき志摩子さんが言ってたことは、『祐巳さんが教えられる前に山百合会の仕事を終わらせた』ってことでしょ。
 それがどれだけ在り得ない事か令ちゃんだって分かるでしょう」

「まあ、そうなんだけどね。
 ただ、祐巳ちゃんなら本当にやってのけそうだって考えてる自分が怖いよ。
 あの娘なら、本当にやりかねないって」

「馬鹿ね、祐巳さんは神様でも何でもないのよ。令ちゃんもちょっと疲れてるんじゃない?」

笑う由乃に、そうかもねと答え、令は仕事の続きに取り掛かった。
由乃も、紅茶を一度口に含んで、再度仕事へと取り掛かる。
二人を包む静かな時間。響くのは書類に走らせる筆の音だけ。
こういう時間も悪くない。そう考えていた由乃だが、その静寂は一瞬にして撃ち破かれることになる。

「由乃様っ!!!由乃様はいますかっ!!!!!」

扉の向こうから、大声を上げて現れた人物に由乃と令は目を丸くする。
そこには、怒りを見事に爆発させた乃梨子と、乃梨子を引き止めるように抱きついて
今にも泣きそうな顔をしている笙子が部屋の扉の前に立っていた。

「何、どうしたのよ乃梨子ちゃん。そんな怖い顔して。
 ああもう、ほら、笙子ちゃんが怯えて泣きそうじゃない。普段のクールな乃梨子ちゃんは何処に行ったのよ」

「っっっ!!!だ、誰のせいですか!!
 笙子に仕事を教えてる時、ずっと笙子が怖がって私と視線を合わせようとしないから理由を問い詰めてみれば・・・
 誰が虐めるんですか!!誰がヒエラルキーの最下層ですか!!誰が一生根に持つ人間ですか!!」

うがー、と激昂する乃梨子に、成る程と納得した由乃は楽しそうに笑みを浮かべる。
静かな時間も悪くないが、やはり自分にはこういう空気が合っているらしい。
そのことをいつも確認させてくれる乃梨子ちゃんや瞳子には少しだけ感謝してもいいかもしれない。
由乃は心の中でそう呟くことにした。

「あら?私が何か間違ったこと言ったかしら?昨日私が瞳子二世と言ったことを未だ根に持っている二条乃梨子ちゃん?
 私は笙子ちゃんまで貴女のように瞳子の毒牙にかかって欲しくないから忠告しただけなのよ。
 そうね、いわば優しさ。新しく山百合会を担っていく一年生達への愛のエールなのよ」

「何処の世界に後輩の悪口を有ること無いこと言いふらすエールが存在するんですか!!
 もう今日という今日は絶対に許しません!!そこに直って下さい!!」

「や、止めて乃梨子っ・・・悪いのは私なのっ、由乃様は悪くないから、だから・・・ううぅ」

「あ〜あ・・・笙子ちゃん泣いちゃった。だから言ったのに、乃梨子ちゃんには気をつけろって。
 ・・・さて、私の大切な笙子ちゃんを泣かせてタダで済むとは思ってないわよね、乃梨子ちゃん?」

「これは貴女が泣かせたんでしょうがーーーー!!!!!!」

室内で突如発生した嵐に、令は一人ひどく頭を抱え込んでいた。
今の状態でさえこれなのに、これから先大丈夫なのだろうかと。
そして、一体この状況をどうやって祥子に説明しよう・・・令は今日の帰りに薬局で胃薬でも買おうかと本気で悩んでいた。


繋がり











戻る

inserted by FC2 system