9.手伝い
「・・・うん、こっちは無事終了、と。
令ちゃ・・・じゃなくて、お姉様、お仕事はこれで全部ですか?」
「そうだね、今日中に終わらせなきゃいけない分は今ので終わりだよ。
お疲れ様、由乃」
令の言葉に、由乃はやっと終わったとばかりに軽く背伸びをして全身を軽く解す。
その様子を見て、令や志摩子は思わず笑みを浮かべてしまう。
最近、このような素の島津由乃の姿を見られるようになったことが、彼女達は嬉しかった。
「それにしても、今日も祥子様と瞳子様はこちらに来られませんでしたね。
最近由乃様と入れ替わるようにして二人が全く来なくなってしまわれたので、少し心配なのですが」
「ちょっと乃梨子ちゃん、それじゃまるで私が来るから二人が来なくなったみたいじゃない。
折角心を入れ替えて頑張ろうっていう先輩に対して、その発言はどうなのかしら」
じと目で睨む由乃に、慌てて口を塞ぐ乃梨子。
しかし、時既に遅かったようで、慌てて謝ろうとする乃梨子の頭に由乃は容赦なくデコピンを放った。
「全く・・・志摩子さん、ちゃんと妹の躾はしないと駄目じゃないの。
最初はあんなに素直で可愛かった乃梨子ちゃんが、今や私に平気で酷いことを言うなんて由々しき事態だわ。
これじゃ、近いうちに乃梨子ちゃんは松平瞳子二世になっちゃうわよ。志摩子さんはそれでいいの?」
「それは・・・少しだけ困るわね。乃梨子は乃梨子のままでいてほしいわ」
冗談を冗談を受け取れない志摩子の台詞に、乃梨子はガーンとショックを受け、よろよろとその場にへたり込む。
それを見てしてやったりと笑う由乃に、令は軽く溜息をついて、乃梨子を支えてあげる。
「でも、確かにちょっと困った事態だね。
由乃が山百合会の仕事を本格的にやってくれるようになって凄く助かったんだけど、
肝心の祥子と瞳子ちゃんに休まれちゃどうにもならないからね。むしろ二人に休まれちゃ以前よりマイナスだよ」
「あの、令様。祥子様や瞳子さんがお休みになられている理由は・・・」
志摩子の問いに、令は軽く首を横に振って答える。
令や乃梨子の言う通り、由乃が山百合会の仕事を毎日こなすようになってから、
紅薔薇姉妹が薔薇の館に訪れなくなってしまっていた。
正確に言えば、祥子の方はそれ以前から何度か休みを入れていたのだが、
瞳子の方は、演劇部が忙しくない限り、一日も欠かすことなく真面目に参加していた。
だが、先程の二人の台詞のように、現在二人はバッタリと薔薇の館への足音を途絶えさせたのだ。
祥子に理由を尋ねた令だが、『個人的な所用で、しばらくは来れない。迷惑をかけて申し訳ない』と
いうことしか教えてもらえなかった。更に瞳子に至っては、その理由すら誰も聞いていないのだ。
「いつも私に向かって『山百合会を何だと思ってるんだ』だの『真面目に参加しろ』だの言っておいて
いざ参加してみれば姉妹揃ってサボタージュですか。本当、調子の良い薔薇様達だこと」
「由乃、そういう風に言わないの」
たしなめる令に、由乃は『令ちゃんは一体どっちの味方なのよ』と言わんばかりの不満げな視線を見せる。
しかし、令はその視線を気にするでもなく、現状に頭を痛めていた。
現在、山百合会で活動をしている生徒は令、由乃、志摩子、乃梨子のたった四人。
これは、例年の薔薇達から考えてもかなり少ない人数だ。去年の今の時期ですら六人もの人数がいたというのに。
加えて、最近の令は剣道部の活動が忙しくなってきている。数少ない有段者の令は新入生の指導に追われる毎日だった。
だから、毎日活動出来る人員は現在、実質三人。祥子と瞳子の不在は、山百合会にとってかなり厳しい状態なのだ。
「人手不足は深刻、か・・・このままじゃ流石に由乃や志摩子、乃梨子ちゃんの負担が馬鹿にならないね。
何とかしないといけないんだけど」
「あの、令様。去年の私の時のように、どなたかに山百合会のお手伝いを頼むというのはどうでしょうか」
志摩子の提案に、令は軽く考えるような仕草をみせ、ふと視線を由乃に向ける。
だが、由乃はその視線に気付く様子も無く、他人事のように『懐かしいわね』と志摩子に相槌を返していた。
「手伝い、か。うん、志摩子の言う通り、それが一番いいのかもしれない。
ただ、私個人の意見としては、一時の手伝いだけで終わることなく志摩子の時のような展開になって欲しいんだけど・・・」
その言葉に、志摩子は令の意図に気付いたのか、笑って由乃の方へ視線を向ける。
姉に続き、乃梨子もまた由乃の方へ視線を向けたところで、由乃は初めて
皆が自分の方に注目していることに気がついた。
「・・・どうして、私の方を見るのかしら。何、何なのよその楽しそうな目は」
「だって、私には既に妹がいるしなあ」
「ごめんなさい、私にはもう乃梨子がいるから・・・」
「一年生にも妹を作ることが出来るという話は聞いた事が無いので」
不満そうな由乃の言葉を皮切りに、三人は矢継ぎ早に由乃に言葉を投げかける。
そう、令の言うように志摩子の時と同じ流れ・・・山百合会のメンバーを増やす為には誰かの妹を作る他無い。
そして、この場で妹を持たず、妹を作る資格がある人間は由乃をおいて他にいなかった。
「そんな訳で由乃、出来ることなら明日までに心当たりのある一年生に当たってもらえないかな。
判断基準は由乃に任せるから。出来るなら帰宅部で、放課後に時間が取れる一年生」
「ちょ、ちょっと待ってよ令ちゃん!!どうして私だけに任せるのよ!?
反対反対大反対!!そういうのはみんなで分担してするべきだと私は思うわ!」
「でも、私は剣道部以外に一年生なんて知らないし、
忙しい部活の娘を連れてきてもしょうがないでしょう。私が抜けるときにその娘も抜けることになるんだから」
「ごめんなさい・・・私も乃梨子以外の一年生は分からないの。
恥ずかしい話なのだけど、一年生は乃梨子だけしか見えてなかったから」
「志摩子さん・・・」
「ちょっと何良い雰囲気になってんのよ貴女達は!?
そんなの私だって同じじゃない!私だって一年生なんか数える程しか知らないわよ!」
「数えられるだけの娘は知ってるんだ。じゃ、その娘達の中から探してきてよ。
由乃が連れてくるのがどんな娘なのか、ちょっと興味があるね」
「ぐ・・・、て、手伝いを探すだけなら同じ一年生の乃梨子ちゃんに頼めばいいじゃない!
乃梨子ちゃんだって心当たりの一人や二人いるでしょう!?」
「・・・無理ですね。同級生に急に呼ばれて山百合会の雰囲気に耐えられるような一年生なんて、そうはいません。
私だって、志摩子さんの件がなければ、きっとこの輪に入れと急に言われても無理だったでしょうから。
・・・一人、心当たりが無いとはいえないことも無いのですが、きっと彼女は断りますね」
ことごとく意見をバッサリ切られた由乃は納得いかないとばかりに令を睨みつける。
その由乃の視線も、令は受け流すばかりで相手にしようともしない。
いつもならこの状態になると必ず折れていた令だが、今は少しも気に留めない。
以前までの令なら考えられなかったことだ。
「令ちゃんって、もしかして私が今まで好き勝手してたこと、意外と根に持ってる・・・?」
「まさか。私はいつだって由乃の味方だよ。
だからこそ、手伝いの娘は大好きな由乃に連れてきて欲しいと思ってるんじゃないか。
・・・そうね、少し本音を言うなら祥子より先に孫の顔が見たいと思ってるのも事実かな」
実がそれが本音なんだろ、とばかりに由乃はわなわなと身体を震えさせる。
そして、去年、自分が令の妹として薔薇の館に訪れたばかりの頃の祥子の姿を思い出す。
ああ、成る程。あの時、祥子様は蓉子様に色々と妹を作れと言われていたが、こういう気分だったのかと。
「でも、私も由乃様が適任だと思います。
由乃様は、私達一年生に人気がありますし、何より由乃様は一年生の教室に足しげく通ってますから。
恐らく一年・・・特に菊組の生徒ならば、断る人などいないのではないでしょうか。」
「っ!?な、何でそんなこと知ってるのよ!?」
「・・・あの、一応私も一年生ですし、友達からの噂や学内新聞の内容だって耳に届きます。
ですので、頑張って下さい。私のような瞳子様二世よりも、由乃様は一年生の交友範囲が広いと思いますので」
フッと笑う乃梨子に、由乃は悔しそうにダンと力強く机を叩き、その場から立ち上がる。
顔を真っ赤にした由乃は、机の上に置いた鞄を片手で引き寄せ、扉の方へズカズカと歩いていく。
「由乃、何処行くの?」
「仕事も終わったので帰るんです!!ごきげんよう!!」
「帰るのはいいけど、お手伝いの娘の件よろしくね。
明日、楽しみにしてるから。・・・まあ、私は祥子じゃないから無理にとは言わないけどね」
「っっっっ!!!ええ、連れてきますとも!私が連れてくればいいんでしょ!!
見てなさい、絶対後で後悔してもしらないから!!吠え面かかせてやるんだから!!」
捨て台詞を残し、由乃は音を立てて扉を閉め、薔薇の館を後にした。
そして、それを確認して、令達は軽く息をついた。
「・・・ま、こんなものかな。お疲れ様、志摩子、乃梨子ちゃん。
それに悪かったわね。二人にこんなことさせちゃって」
苦笑する令に、二人は『気にしないで下さい』と伝える仕草を見せて応える。
令はカップを手に取り、冷めかけた紅茶を軽く喉に通し、言葉を再度紡ぐ。
「祥子と瞳子ちゃんには悪いけど、私にとってこれはいい機会だからね。
由乃が妹を持つ折角のチャンスなんだ。だから、出来るだけ利用させてもらわないと」
「でも、令様のおっしゃることは分かるのですが、本当にこれで良かったんでしょうか・・・
何も、こんな性急に由乃さんに妹を作ることを急かすような真似をしなくとも」
「そうだね。私も正直そういうつもりは無かったんだけど・・・このままじゃ由乃はずっと妹を作らないって分かったから。
由乃はニ、三年生に対して未だ心に負い目を持ってるからね。自分は嫌われても仕方ないって思ってる。
だから、妹を作ろうとしないんだよ。由乃の妹になるということは、その娘も上級生に嫌われるってことだと思い込んでるから」
「そんな・・・由乃さんが思うほど、上級生は嫌ってなんか」
「・・・ない、とは言えないよ。事実、由乃を悪く言う人がいない訳じゃないんだ。
ただ、由乃の考えが間違ってることも確かなんだ。だからといって、妹を作らないなんてそんなのおかしいでしょ?
だから、今はお手伝いとしての形で一年生と一緒に居て欲しいんだ。今の由乃なら、これが最大限の譲歩だよ」
ちょっと煽り過ぎちゃったかもしれないけどね、と令は笑って志摩子に答えた。
確かにそうなのかもしれない、そう志摩子は思った。今の由乃に必要なのは、妹という心の支え。
あのとき自分が聖を欲したように、由乃もまた、山百合会の仲間だけじゃない、スールという支えが必要なのかもしれない。
「一つ、思ったんですが・・・もしかして、令様は由乃様が誰を連れてくるのかご存知なのでは」
「う〜ん・・・分かってるというより、願望かな。
あの娘だったらいいなっていう感じの、ね。多分、二人も名前だけなら知ってる娘だと思うけど。結構噂になってるし」
令の言葉に、二人は互いに一人の少女の名前を呟いた。
学園中で噂になっていた、とある一人の一年生。『福沢祐巳』――その少女の名前を。
・・・
「・・・という訳なのよ。どう思う?酷いと思わない?横暴だと思わない?」
次の日の昼休み、由乃はいつものように一年菊組の教室に訪れ、
祐巳と笙子を中庭へと連れ出して不満そうに愚痴を零していた。それを二人は苦笑しながら聞いている。
今日に限って中庭で昼食を取っているのはその為だ。
流石に薔薇の一人が、一年生の教室で他の薔薇達の愚痴を堂々と零すわけにはいかない。
「でも、そうなると由乃さんは今から手伝いの娘を探さなきゃいけないんだね。
う〜ん・・・帰宅部で放課後に時間がある娘、かあ・・・それだと結構限られてくるね」
「そうだね・・・それと、加えて言うなら由乃様とも知り合いの方がいいんじゃないかしら。
山百合会に誰も知ってる人がいないなんて状況でお手伝いをするのは、少し厳しいと思うし・・・」
「・・・貴女達と知り合ってから分かったんだけど、天然って本当に怖いわよね。
時々ワザとなんじゃないかって疑いたくなるもの・・・」
頭に疑問符を浮かべる二人に、由乃は頭を抑えて蹲る。
えーい、と由乃は頭を軽く振り払って立ち上がり、人差し指を立てて力説する。
「いい?帰宅部で、放課後に時間があって、私と仲の良い娘よ?
その条件をよーく考えて答えを出しなさい。すぐ見つかる筈よ。っていうか気付かないほうがおかしいわよ」
考え込む二人を見て、由乃は更に酷くなる頭痛を感じた。
そんな由乃を他所に、二人は『あっ!』と同時に何か思いついたような素振りを見せた。
そして、二人して声を発した。
「笙子ちゃん!!」
「祐巳さん!!」
互いの名前を言い合って、噛み合わない答えに二人は再び『あれ?』と疑問符を頭に浮かべた。
その様子に、とうとう我慢出来なかったのか、由乃はうがーと叫び二人を指差した。
「どうしてそこで自分の名前を真っ先に挙げないのよ貴女達は!!
何、そこまでして手伝いをしたくない訳!?自分を候補から外したい訳!?私と一緒に居たくない訳!?」
絶叫する由乃を、祐巳と笙子はなんとか必死で宥める。
二人とも本当に天然でやっているのだから余計始末が悪い。由乃は心の中で何度も平常心という言葉を繰り返した。
「そういう訳で、二人には悪いんだけど、今日から薔薇の館に来てもらえないかしら。
勿論、仕事内容は私が教えるし、他の人達に虐められたら私が逆襲してあげるから」
「ほ、他の薔薇様達は虐めるのですか・・・?」
「虐めるわ。笙子ちゃんなんかもうターゲット中のターゲットね。
きっと現在ヒエラルキーの最下層に位置する乃梨子ちゃん辺りは喜んで辛辣な言葉を投げかけるわね。
『遅いです、本当に愚図ですね笙子さんは』『しっかりして下さい。私も同じ一年生なんですよ』
『はっきり言わせてもらいますが、貴女はお姉様と雰囲気が被ってるんです。明日までに何とかして下さい』って感じで」
「由乃さん、そんな真顔で平然と嘘つくの止めようよ・・・」
あわわと怯える笙子をからかう由乃に、祐巳は軽く溜息をついた。
そして、祐巳は考える素振りを見せた後で、由乃に尋ねる。
「期間はどのくらいなの?流石にずっとという訳ではないんでしょ?」
「そうね・・・最短で一学期間といったところかしら。
祥子様や瞳子次第だけど、そう考えて間違いないと思うわ。何とか頼めないかしら?
みんなの前で大見得きった手前、貴女達二人に来てもらわないと私は凄く困るのよ」
それは自業自得なのでは・・・そう祐巳は思ったが決して口にはしない。
きっと由乃のことだ、決して認めようとはしないだろう。
「それにしても、ちょっと意外。以前の由乃さんなら、絶対私達に山百合会を手伝わせようとしなかったのにね」
笑う祐巳に、由乃は気まずそうにフンと視線を逸らす。
確かに、以前の由乃ならば、自身を捕らえていた檻とみていた薔薇の館に二人を招待しよう等とは
決して思わなかっただろう。
「・・・気が変わったのよ。今は、その、あまり悪くない場所だって思ってるもの。
それに、最近放課後真面目に参加するようになったから、二人と会う時間が減っちゃったでしょう。
だから・・・その、山百合会を手伝ってもらえれば、その分二人と一緒にいれるなって・・・」
どんどん声が小さくなっていく由乃を見て、二人は嬉しそうに笑みを浮かべた。
由乃の気持ちが痛いほどに伝わってきたから。由乃の本音が、そこにあると分かったから。
「あの・・・本当に私なんかで良ければ。
その・・・由乃様の力になれるなら、頑張りたいですし・・・」
「ホント!?なれるなれる!流石笙子ちゃん、話が早いわね!
さあ祐巳さん、貴女も早く腹を括って頂戴。私達三人、地獄へ落ちる時は一緒よ」
「じ、地獄なんですか!?やっぱり虐められるんですか!?」
「うん、間違いなく虐められるわね。
怖いわよ、間違っても乃梨子ちゃんに逆らっちゃ駄目だからね。あの娘、一生根に持つタイプだから」
二人の様子に、苦笑しながらも祐巳は心を薔薇の館に馳せた。
皮肉なものだ。入学以来、紅薔薇の二人と顔を合わせたくないが為に山百合会と接点を持とうとしなかったのに、
今やその二人をカバーする為に大切な親友の手伝いをしようとしている自分がいる。
もう二度と、訪れることになるとは思っていなかった、あの場所に。
「・・・一つだけ、条件をつけてもらえるなら、いいよ」
「条件?別に構わないけれど・・・教えてくれる?」
祐巳の言葉に、不思議そうな表情を浮かべた由乃は祐巳に内容を話すように促した。
しかし、由乃はその後、祐巳の言葉に更に理解出来ないといった表情を浮かべることになる。
「条件の内容は、私の手伝いの期間を紅薔薇様が復帰するまでにして欲しいんだ。
紅薔薇様が山百合会に戻ってきたら、私はもう薔薇の館には来ないようにさせて欲しい」
「紅薔薇様・・・祥子様?それは構わないけれど・・・理由を聞いてもいいのかしら」
「・・・ごめん、言えない」
祐巳の様子に由乃と笙子は顔を見合わせてよく分からないといった表情を浮かべる。
由乃の知っている限りでは、祐巳と祥子の関係など全く検討がつかなかった。それ程に、意外な条件だった。
ただ、彼女が紅薔薇に関して口にするとき、何度か表情を翳らせたことがあった。
もしかして、過去に何かあったのだろうか。そう考えるが、由乃は祐巳を問いただすことはしなかった。
それもその筈で、由乃と祐巳の友情の間に、紅薔薇など何ら関係が無いのだから。
祐巳の条件は手伝いとして考えるなら問題は無い為、由乃は分かったと祐巳に伝えた。
「ありがとう、由乃さん・・・それじゃ、今日の放課後からだったね。
色々と迷惑をかけると思うけれど、笙子ちゃん共々よろしくね」
笑みを浮かべ、礼をする二人にこちらこそと伝えながらも、由乃の思考は先程の祐巳の言葉から離れなかった。
祐巳が紅薔薇と口にした時の表情。普段の祐巳とあまり変わらないように表面上は見えたが、確かに何かが違った。
そして、彼女の出した条件に由乃は何故か自分の胸が痛くなるのを感じた。
『紅薔薇様が復帰するまで』
その日が来れば、彼女は山百合会の手伝いを辞めてしまうのだ。
先程の発言が、何故か由乃には『私は絶対に由乃の妹になることは無い』という祐巳からの意思表示に感じられ、
由乃の胸は何故だか痛んでしまうのだ。
別に祐巳に妹になって欲しいと思っていた訳ではない。したいと願ったこともない。
だが、自分の心とは正反対に何故か由乃の胸は痛むのだ。その小さな棘の正体を、由乃が知るのはまだ先のこと。