4.駆け引き交じりの水曜日










祥子に連れられた場所は第二体育館だった。
訪れた祐巳に、その中にいた多くの生徒からの視線が突き刺さったが、祐巳は全く気にしなかった。
それどころか優越感すら感じる。その視線が羨望や嫉妬といった負の感情に塗れていたのだから。
体育館の様子を見渡して、祐巳は現在ダンスの練習をしているのだと把握した。
祐巳に見ているように指示した後、祥子はダンスの輪の中へと戻っていった。
どうやら彼女の相手は黄薔薇の蕾こと支倉令らしい。もっとも、祐巳は令の名前を知らなかったが。

「いらっしゃい、福沢祐巳ちゃん」

今となってはダンスに対してあまり興味が無い為、輪の中の志摩子の方ばかり眺めていた祐巳だが、
紅薔薇こと水野蓉子に手招きされていることに気付いた。

「こっちの方が、よく見えるわよ」

ああ、成る程。確かにそちらの方がより志摩子さんが見えそうだ。
そう思った祐巳は笑顔で蓉子の方へと近づいていく。そこには蓉子だけでなく、白薔薇の佐藤聖、
黄薔薇の鳥居江利子も一緒にダンスを眺めていた。

「まあまあの出来でしょう?」

蓉子の言葉に祐巳は危うく素直に『まあまあですね』などと答えそうになる自分を抑える。
一応、これでも社長令嬢である為、祐巳も幼い頃から片手暇でダンスを学んでいたという経歴がある。
しかし、それはあくまでピアノと同様に祐巳の女の子に対する武器の一つでしかなかった。
言ってしまえば、それ以上でもそれ以下でもないのだ。今となっては興味もないようなことにどうして口出し出来よう。
本音と言う名の言葉を飲み込み、祐巳は相手が望むような答えを口にする。

「いえ、とても素晴らしいと思います」

祐巳の返答に、後ろで聖が再び楽しそうにニヤついているが気にしないことにした。
恐らく祐巳の言葉が本心から来ているものではないことに気がついているのだろう。

「祥子が来るまで三十分くらいかな?志摩子と令がダンス部の生徒にステップを習って、
 今初めて合わせてみたのよ」

蓉子の説明に、祐巳は『ははぁ』と納得の表情を浮かべた。
通りで志摩子のダンスが慣れていない動きをしている訳だ。彼女はダンスなど行ったことがないのだから。
ただ、志摩子は日舞の経験から動きを覚えるまでは早いかもしれない。そんなことを祐巳は一人考えていた。
そして、蓉子からその通りの説明を祐巳は受けることになる。

「令は武道で鍛えた集中力で覚えたみたいだけど、まだ無理があるな・・・え?」

突如、蓉子が不思議そうな声を上げたので、祐巳は彼女の視線を追った。
そこには、ダンス中に祥子が令の足を踏んでしまったようで、蓉子をはじめ、令も驚いたような表情を浮かべている。

「珍しい。祥子が他人の足を踏むなんて」

「本当ね。祥子ったら一体どうしたのかしら」

どうやら祥子がダンスを失敗するのはそれくらい驚くことらしい。
よく理解出来ない祐巳に、蓉子は噛み砕いて説明する。

「祥子はね。正真正銘のお嬢様だから、社交ダンスくらい踊れて当たり前・・・の筈だったんだけど」

「ここに来るまでに、祥子の気を動転させるようなことを祐巳ちゃんがしちゃったんじゃないの?」

楽しそうに言う聖の言葉を祐巳は聞こえない振りをする。
まあ、確かに祥子が動揺している理由はそれかもしれないと祐巳は納得した。
落ち着きを取り戻したように振舞っていた祥子だが、あのような台詞を一年生に告げられたのだ。
早々に冷静さを取り戻せと言う方が酷なのかも知れない。ましてや、その言った張本人がこうして
祥子のダンスをじっと観察しているのだから。

「でも、それなら祥子様はダンスに慣れている訳ですよね。社交場でも数をこなしている筈ですし。
 ならばどうして今更男の人とダンスを踊ることをそんなに拒絶するんでしょうね」

「そうなのよ。私達もその理由が知りたくて、祥子の降板を認めなかったんだけど・・・」

「私の登場で、更に場は面白いことになったと」

「正解。私達は貴女と祥子のことを少なからず楽しみにしているのよ。
 昨日、祐巳ちゃんは祥子に物怖じするどころか、自分の考えを遠慮なく突きつけ、そして貫いてみせた。
 それはあの娘と付き合っていく上で、何よりも大切なスキルなのよ。貴女なら祥子を支えられるかもしれない」

だから期待してる、そう蓉子は微笑んで祐巳に告げた。
それを聞いて、祐巳は軽く苦笑を浮かべた。どうやら祥子の姉である彼女は自分を過大評価しているらしい。
別に自分は祥子を支えるとか、そんなことを考えている訳ではない。ただ、自分のモノにしたいだけだ。
しかし、もし祥子を手に入れたときはしっかりと心をケアしてあげるつもりではいる。結果支えることにもつながるだろう。
大切な宝石を手入れするのは他ならぬ持ち主の役目。それが祐巳の考える祥子との姉妹の在り方だった。
ただ、確かに祥子に関してその気持ちが少しずれ始めていることは確かだ。祥子はあまりに興味深(おもしろ)すぎる。
だが、それも祐巳の中では修正範囲内。志摩子以外の女の子が私の特別になりえる筈が無い。
その考えが、祐巳の心での祥子に関する誤差を放置する結果となってしまった。これが後々大きな結果を生むと知らずに。

「祐巳ちゃん、ダンスは?」

「えっと、嗜む程度には」

祐巳の返答に、聖は少し意外とばかりに驚きを見せる。
ダンスの授業は二年になってからだし、何より祐巳の雰囲気からそのようなイメージとは程遠いと思ったからだろう。

「それじゃ、祐巳ちゃんも早速ダンスに参加してみる?
 賭けの結果次第によっては祐巳ちゃんが本番に参加することもあるのだしね」

蓉子の言葉に、祐巳は一瞬嫌そうな表情を浮かべそうになった。
幼い頃から高等部に入学するまでダンスは一通り嗜んではいたが、正直このような場で踊るのは気が進まない。
自分のダンスはあくまで意中の女の子を落とす為の武器の一つであり、他人を喜ばせるものではない。
どうしようかな、と考えていた祐巳だが、未だ四苦八苦している祥子の姿を視界に捉え、
それこそ良いアイディアを思いついたとばかりに祐巳は溢れんばかりの笑顔で蓉子に口を開いた。

「それでしたら、私に祥子様のパートナーを務めさせて頂けませんか?」

「祥子の?」

「はい。私も以前かじる程度にダンスを習っていたのですが、
 このような場で祥子様のような素敵な方と踊ることが夢だったんです」

「そう。それじゃ、令と交代で入ってあげて頂戴。
 祥子なら祐巳ちゃんをリードしてあげられるでしょうしね」

蓉子の返答に『してやった』とばかりに笑みを浮かべ、祐巳は祥子の元へと賭けていく。
祥子の下へ辿り着くと、令と祥子が不思議そうな表情を浮かべて祐巳の方を見つめていた。

「おや、確か福沢祐巳ちゃん・・・だったよね。どうしたの?」

「はい。先程、紅薔薇にお願いしまして令様とダンスを交代するよう仰せつかりました。
 私、一度で良いから祥子様とこのような場で踊ることが夢だったんです」

「そっか、祐巳ちゃんは祥子の大ファンだったもんね」

笑う令を他所に、祥子は怪訝そうな表情を浮かべて祐巳の方を見つめていた。
『それじゃ』と祐巳と交代し、令が遠ざかるのを確認して、祐巳は小悪魔的な微笑を浮かべる。

「そういう訳で祥子様、私では役者不足かもしれませんが、ダンスをお相手をさせて下さいませ」

「・・・貴女、一体何を考えてるの?あんな見え透いた嘘までついて」

嘘の対象である祥子だからこそ分かる祐巳の見え見えの嘘に、彼女は少し苛立ちを表す。
そんな祥子に祐巳は『やだなあ』と困ったような微笑を浮かべる。

「さっき言ったばかりじゃないですか。私は祥子様が大好きですって。
 大好きな人とダンスを踊りたいと思うことってそんなに変ですか?」

「・・・分かったわ。そういうことにしておいてあげる。納得はしていないけれど。
 それより貴女、ダンスは踊れて?」

「全然踊れません。私、そういうことに無縁な人生でしたから」

「・・・本当に変な娘ね、祐巳は。踊れないのに私にダンスの誘いをしたの?
 役者不足どころか役者にすらなれていないじゃない」

「大事なのは気持ちだと私は思うんです。言わないで後悔するより言って後悔したいですし。
 それに、その誘いを受けることも断ることも最終的に決定するのは他ならぬ祥子様ですから」

あっけらかんと言い放つ祐巳に、祥子は軽く溜息をついた。
そして、先程までの堅かった表情を緩め、祐巳に優しく微笑んだ。『仕方のない娘』、と。

「それじゃ、私が教えてあげるから頑張りなさい。
 貴女は私の妹になるのだから、ダンスくらいは踊れないと駄目よ」

「はあい。それでは祥子様、よろしくお願いします」

曲が始まり、祥子と祐巳は互いに話しながら舞い始めた。
その光景を聖と蓉子は二人で一部始終を見つめていた。

「上手いね。祐巳ちゃんは祥子に合うかもとは思っていたけど、まさかこれ程とはね。
 祥子の性格を上手く利用して、一気に自分のペースに持ち込んだよ」

「そうね・・・そして今の祥子のダンス、さっきまでとは比べ物にならないわ。
 一見、祥子が下手な後輩を指導しつつリードしてあげてるように見えるけれど・・・」

「実のところ、祥子を上手くリードしているのは祐巳ちゃん、か。
 ダンス踊れないなんて大嘘ついて、祥子の教育欲求に魂をつけるところがまた堪らないね。
 それに祐巳ちゃんは嗜む程度なんて言ってるけど、あれはそんなレベルじゃないよ」

「・・・本当に不思議な娘ね、祐巳ちゃんは。底が見えないもの」

「底が見えないんじゃなくて、見せてないのさ。
 本当、祥子は面白い娘を拾ってきたもんだ」

曲が終わり、祥子に一礼をして祐巳は待機していた令と交代する。
そして、祐巳は休憩中だった志摩子を見つけ、彼女の方へと走っていく。
微笑みながら、志摩子のパートナーの娘と何か会話をしているところをみると、どうやら交代を頼んでいるらしい。

「そういえば祐巳ちゃんと志摩子は同級生なのよね」

「らしいね。それだけとは私は思えないけど」

「それはどういう意味?」

「さあて、ね。ほら、祐巳ちゃんがまた踊るみたいだよ。
 今度は祐巳ちゃんが志摩子をリードしてあげるみたいだし、祐巳ちゃんの本当の腕前が見れるんじゃない?」

志摩子と談笑している祐巳だが、音楽が再開されると共に、志摩子の手を引いて踊り始める。
ワルツのリズムに乗って、祐巳と志摩子が舞う。互いに笑顔、それは二人だけの世界。
先程までぎこちなかった志摩子のダンスだが、祐巳のリードでそれこそ見違うような動きを見せる。
彼女の舞いは見る者全てを惹きつける。それは祥子のような美しさと孤高さを兼ね備える類のものではない。
それはまるで太陽の光のように。祐巳の持つ柔らかな雰囲気が、全ての人々の心を捉えて離さないのだ。

「こりゃどうやら賭けの方は随分と祥子の旗色が悪そうだなあ。
 しかし、いいね紅薔薇は。これから先、本当に退屈せずに済みそうじゃない」

「本当、嬉しい悲鳴だこと」

聖の言葉を、蓉子は視線を祐巳に向けたままで聞いていた。
音楽が止まるまで、その場の誰もが二人の円舞に目を奪われ続けていた。無論、その場にいた祥子も含めて。


















 ・・・













次の日、祐巳は祥子に渡された台本を眺めながら一人薔薇の館へ向かっていた。
その台本は無論、シンデレラの台本である。祐巳が賭けに勝とうが負けようが、本番では
シンデレラか姉Bを演じなければならないのだ。祐巳は面倒だなあと思いながらも、ページをぱらぱらとめくる。
しかし、祥子を手に入れることを考えれば、これは等価どころか充分にお釣りが来る効率の良い労働である。
ワザワザ台本に蛍光ペンで祐巳の台詞部分に線を引いてくれた祥子を思い出し、祐巳は微笑む。
唯のお嬢様かと思っていた祥子を知れば知るほど、祐巳の中で祥子に対する興味は深まっていく。
これほどまでに面白く、そして価値のある宝石は今までになかった。
絶対に何が何でも自分のモノにしてみせる、そんな想いが祐巳の中でまた一段と強くなっていった。
薔薇の館の二階にあがり、部屋の扉を開くと、そこには聖が一人出窓に座っていた。

「感心だね。お迎え無しで来られたの?」

この部屋に聖しかいないことに確認し、祐巳は笑う。祐巳は一度、聖としっかり話をつけておこうと思っていたのだ。
それも全ては聖が自分と同族だから。今まで自分と同じ『生き物』に会ったことがなかったからだ。

「愛するお姉様に少しでも早く会いたくて・・・そう言えば信じてもらえますか?」

「うんにゃ。その対象が志摩子だったら信じてあげてもいいね。
 あとついでにその制服の下に着込んでる余計なモノも脱いでくれると嬉しいかな。あ、勿論下着じゃないよ?」

軽いジャブのつもりで放った言葉を、聖は笑って軽く受け流した。
成る程。やはり向こうも自分が『普通』を着飾っていることを見抜いているらしい。
ならば遠慮することもないだろう。そう考え、祐巳は先程までの『普通の少女』の微笑を本当の微笑で塗り替える。

「やだなあ、私これでも結構演技派のつもりなんですけどね。
 どこにでもいるような普通の女の子、そんな風に見えませんでした?」

「ま、相手が悪かっただけだよ。祐巳ちゃんも分かるでしょ?同属なら匂いで分かるモノだって。
 現に私以外のみんなは気付いてないしねえ。みんなの前では今のままでいいんじゃない?」

「残念。本当は志摩子さん以外には普通でいるつもりだったのになあ」

台本と鞄を机に置き、祐巳は聖に向き直した。
聖も祐巳とじっくり話をするつもりなのか、立ち上がり、祐巳の元へと歩み寄る。

「志摩子を変えたのは祐巳ちゃん、君かな?
 ある日から突然志摩子の心の枷が外れちゃった感じで、ずっと不思議に思ってたんだよね」

「好きな人の心の悩みを消してあげるのは恋人の役目ですからね。
 志摩子さんの為なら私なんだってしますよ」

「あらら、お熱いことで。もしかしなくてもやっぱりそんな関係なんだ」

聖の言葉に祐巳は軽く唇を舐めて肯定の意を示した。
その答えも分かっていたかのように、聖は楽しそうに首をすくめるような仕草を見せるだけだった。

「それで、志摩子の良い人の筈なのに祐巳ちゃんは祥子に手を出そうとしてる訳だ」

「志摩子さんに許可貰いましたし、それを他人にどうこう言われる筋合いはないと思いますけど。
 それに私、祥子様をどうこうするつもりなんて一切ありませんよ?
 祥子様が綺麗だから、自分の手元に置いておきたい。祥子様は大切な宝石。ただそれだけです」

「祥子が宝石か。ははっ、それはそれは大きなダイヤモンドに目をつけたもんだね。
 それで首尾の方はどう?怪盗祐巳ちゃんはその宝石を盗めそうかい?」

「盗めるか盗めないかじゃありません。絶対に盗むんです。
 祥子様は絶対に私のモノにする。こう見えても私、狙った獲物は逃したことはないですから」

「それはとんだ困った狩人だね。それじゃあさ」

聖は楽しそうに笑って祐巳の元へと近づいていく。
そして、聖は背を屈め、顔の位置を祐巳と同じ高さに合わせた。

「祥子のついでに私の心を盗んでみない?百戦錬磨の福沢祐巳ちゃん」

楽しそうに笑って告げる聖の様子に、祐巳は聖の意図を見抜いた。
彼女は祐巳を挑発している。そして、祐巳の反応を見て楽しんでいるのだ。
成る程。確かに自分と彼女は同じ生き物だ。その点を目の前の聖も理解はしているだろう。
だが、聖の心には油断がある。それは祐巳が一年生だということ。
祐巳が一年だからこそ、三年である聖はアドバンテージは自分にあると勘違いしているのだ。
――舐めないで欲しいな。祐巳は心の中で楽しそうに嗤った。
確かに今の自分は悪癖を抑えていた。だが、以前の私がどれほどの女の子を手中に収めたか目の前の聖は知らない。
ならば教えてやる。自分がただの背伸びをした一年生などではないことを。

「えへへっ、聖様っ!!」

「へっ!?」

突如、思いっきり懐に飛びつかれた聖は、反応出来ずにそのまま祐巳と縺れるようにその場に倒れてしまった。
視界が反転し、自分が床に倒れてしまったのだと認識した聖は身体を起こそうとするが、上手く動かないことに気付く。
そして、ゆっくりと取り戻した視界に、その理由を見つけた。祐巳が聖の上に馬乗りになっているのだ。

「えっと、祐巳ちゃん?」

「同族だから自分は狙われないって思ってました?年下相手だから油断してました?
 残念ですが、私って昔は結構見境なしだったんですよね。それこそ年上から年下まで
 好みの女の子はみんな自分のモノにしないと気が済まなかったんですよ」

「・・・あれ?もしかして今、私押し倒されてるの?」

「ふふっ、聖様がいけないんですよ?私で遊ぼうとするから。
 それにしても聖様って凄く綺麗ですよね。いいなあ・・・なんだか聖様も欲しくなっちゃったなあ・・・」

「いや、口説いてくれるのは凄く嬉しいんだけど、落ち着こう?
 ほら、こんな場面他の人に見られると流石に祐巳ちゃん拙いんじゃないかな」

流石に予想外の展開だったのか、渇いた笑みを浮かべる聖。
だが、そんな聖の言葉を祐巳は聞こえていないのか聞くつもりが無いのか、一切取り合おうとはしなかった。

「そうだ。さっき聖様言いましたよね、『私の心を盗んでみない?』って。
 それってつまり合意ってことですよね。私が何しても良いってことですよね」

「いやー、それは話が飛躍しすぎているというか・・・
 え、何?ここで私が駄目って言ったら祐巳ちゃんは解放してくれるのかなあ?」

「嫌です。自分で言った言葉の責任くらいちゃんと持ってください」

気持ち良いくらいに微笑む祐巳に、聖は苦笑を浮かべた。
祐巳の様子から、どうやら自分は藪を突き過ぎてしまったのだと確信した。

「・・・ま、祐巳ちゃんならいっか。文句無しに可愛いし。
 出来るだけ優しくしてね。ただ・・・」

「ただ?」

「私を襲うのは、そこの怖い顔してるお姉さんに事情を説明してからでも遅くはないんじゃないかな?」

楽しそうに笑いながら祐巳の真後ろを指差す聖につられ、祐巳は首を自分の真後ろへと振り返る。
するとそこには、丁度今しがた着たばかりなのか、祥子がもつれ合う二人を見て身体をワナワナと震わせていた。

「・・・ちぇっ。上手く逃げましたね」

「ま、次は誰も来ないところで襲ってよ。祐巳ちゃん相手だったら私は年中無休でオールオッケーだからさ」

互いに腹を決め、二人はそっと自分の両耳を掌で塞いだ。
そしてそれより少し遅れて、薔薇の館に祥子の怒号が響き渡った。それはまさしく怒りの咆哮と言うに相応しい声だった。

「貴女達は一体何をやっているのよーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

成る程、佐藤聖の本当の狙いは『これ』だったのか。完全にしてやられた。
祐巳は自分の下で笑っている白薔薇の対して認識を改めた。訂正しよう。
この女性は自分を舐めてもいなければ、侮ってもいない。ただ、本当に自分で遊びたいだけなのだと。
――本当、面白い。どうしてこう山百合会には祐巳の心を刺激する宝石がゴロゴロと手付かずで転がっているのか。
祐巳はこの後、志摩子に聖を落とす許可を求めに行こうかと祥子に怒られてる間に本気で悩んでいた。














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