Epilogue.マリア様も見捨てそう










山百合会。それはかつて、リリアンの生徒達にとって何よりも憧れで、近寄りがたい場所だった。
だが、それも今では大分緩和されつつあると蓉子は思う。実際、この場所に一般生徒が訪れることが
数ヶ月前に比べて格段に多くなった。それも全ては――

「お姉様っ、貴女の大切な妹が今物凄く無性にキスしたい衝動に駆られてます!!助けてあげないと!」

・・・この山百合会のメンバー全員が揃ってる部屋で、大声でとんでもないことを叫ぶ少女のおかげなのだろう。
毎度の事なので、最近は大分慣れてきた祐巳の言動に、蓉子は軽く苦笑する。本当、困った孫である。
まあ、そんなところが可愛くて仕方ないのだが、実際の姉で教育係である祥子は
大変だろうなと蓉子は人事のように思っていた。
祐巳の言葉に、祥子は大きな溜息をついて、祐巳に言葉を送りつける。

「・・・祐巳、今すぐ外で冷たい風にでも当たってさっさと目を覚ましてきなさい。
 今は二月だから、寒さ的にも丁度良い目覚ましになる筈よ」

「ええ〜・・・志摩子さ〜ん、お姉様がアラスカの流氷よりも冷たいよお・・・」

「そうね・・・可哀想な祐巳さん」

「・・・ちょっと志摩子、どうしてそこで私を睨むのよ。
 悪いのは仕事中に適当な理由をつけてサボろうとする祐巳でしょう」

「お言葉ですが、祥子様が祐巳さんにキスをすれば祐巳さんだって仕事を真面目にすると思います」

「・・・絶対しないよね、祐巳ちゃんは」

「・・・しないわね。気分が乗らない時の祐巳さんは絶対しない。賭けてもいい」

志摩子の言葉に、令と由乃は小声でひそひそと本音を漏らす。
それが聞こえていたのか、祐巳は目を光らせて二人の方へ視線を送る。
いち早くそれに気付いた令が視線をさっと逸らす。一方由乃は少し反応が遅れ、祐巳と目が合ってしまう。

「よ・し・の・さ〜ん?」

「あ、あはは・・・今のは見逃してくれない?」

「だ・め」

断罪執行。祐巳は由乃の元へ近づき、思いっきり由乃に抱きついた。
最早抵抗が無駄だと悟っている由乃は、祐巳にされるがままに身を任せた。
たった数ヶ月の付き合いで、ここまで由乃の身体に刻み込む辺り、祐巳の調教の成果が垣間見える。

「ちょ、ちょっと祐巳さん!?そこは駄目っ!!」

「え〜、よいではないか〜よいではないか〜」

「祐巳!!!」

由乃に対して思いっきりセクハラをする祐巳に、祥子の雷が落ちる。
普通の生徒なら、ここで怯えたりするのだろうが、祐巳には全く効果がない。気にすることなくセクハラを続行する。
その光景に我慢ならなかったのか、祥子は拳を机に叩きつけてその場に立ち上がる。そして、

「いい加減にしなさい!!
 祐巳、セクハラするのなら由乃ちゃんではなく私にしなさい!」

思いっきりネジが三本くらい吹っ飛んだ発言をしたりした。
嫉妬が限界点を突破した為なのかはよく分からないが、とりあえず祥子の発言に
令と由乃は思わず突っ込みを入れそうになってしまった。

「わあ!本当ですか!だからお姉様大好きっ!!」

「ふふ、本当に仕方のない娘ね。
 そういう訳でお姉様、少しの間席を外させて頂きます」

そう蓉子に告げ、祥子は祐巳をつれて部屋から出て行った。
おそらく二人で温室にでも行ったのだろう。蓉子は思いっきり大きな溜息をついた。
その蓉子を見て、聖と江利子が楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

「・・・楽しそうね、白薔薇様、黄薔薇様」

「そりゃ楽しいさ。祐巳ちゃんがここに来てからは一向に飽きる気配がないよ。
 それにしても今日は祥子の日だったか。いいなあ、祥子」

「周期的には聖が今日の相手かと思ったんだけどね。本当、祐巳ちゃんは気まぐれねえ。
 まあ、そんなところも大好きなのだけれど」

「・・・本当、貴女達楽しんでるわね」

蓉子は再び大きな溜息をついた。
祐巳がこの山百合会に入り、彼女の貢献はそれこそ凄まじいモノだった。
まず、彼女はこの山百合会をより生徒との距離を近しいモノに変えてしまった。
後から聞かされた話なのだが、祐巳は中等部時代に付き合っていた女の子達の多くが、
このリリアンで有力なポストについていたのだ。運動部の部長から、役員の長までそれこそ幅広く。
そして、その娘達は今もなお祐巳の信奉者だと言うのだから恐れ入る。祐巳が山百合会に入り、
祐巳はその娘達の縛りを解き放ち、祐巳への協力を惜しませなかった。
各部活や委員会、全てが山百合会に歩み寄っていき、生徒達も山百合会を身近なモノへと変えていった。
――福沢祐巳のカリスマ性。それは蓉子の予想以上のモノだったのだ。

だが、その反面、祐巳には大きな問題があった。
それは『普通』を止めた事で、この山百合会の女の子全てを狙いに行ったことだ。
文化祭が終わってからたった三ヶ月余り。その三ヶ月余りでこの山百合会に
祐巳に『食べられ』なかった女の子は誰一人存在しなかった。ぶっちゃけ、皆祐巳に抱かれたのだ。
その手の早さも驚くべきところだが、何よりも誰もが祐巳に心を許していることが驚きだった。
この一癖も二癖もある人間揃いの山百合会のメンバーの心を、祐巳は一人残らず奪ってみせたのだ。
だからこそ、蓉子は溜息をつかずにいられなかった。
自分も祐巳に惹かれ、抱かれた手前大きなことは言えないのだが、この現状は果たしてどうなのだろうか、と。
そんな蓉子に聖は笑ってみせる。

「いいじゃないの。祐巳ちゃんを中心に私達が身も心も一つにまとまってると考えればさ。
 それに蓉子だって楽しんでたじゃない。私と江利子と蓉子と祐巳ちゃんとで四人で・・・」

「せ、聖!!そういうことは大きな声で言わないで!!」

「そうね。結局あの時一番楽しんでたのは蓉子だったわね」

江利子にまで突っ込まれ、蓉子は顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
迂闊だった。本当、どうしてあの時四人ですることを拒まなかったのだろう。
そうすれば二人に弱みを握られることはなかったのに。そう思わずにはいられなかった。

「でも、本当にこれからが楽しみだね。祐巳ちゃんが一体どんな風にこの学園を引っ張っていくのか。
 学園の事に興味のない私でも、心惹かれるよ」

「・・・そうね。きっと、祐巳ちゃんなら私たちでは想像もつかないような世界を見せてくれる筈よ」

「それは悪い意味でかも知れないわよ?」

江利子の言葉に、蓉子は笑って首を振って否定する。
それは無いと断言できる。この三ヶ月で私達も変わったが、祐巳も変わった。
それは傍で見ていたこの場の全員が断言できること。何だかんだで祐巳もまた、山百合会を好きだと言う事を。
それにあの時の笑顔。三ヶ月前に祐巳が彼女の胸の中で眠っている祥子に見せた優しい笑み。
魔性でもあると同時に聖母でもある福沢祐巳。どちらに見えるかは、きっと人それぞれなのだろう。
少なくとも、蓉子達にとって祐巳の笑顔は輝く太陽そのものだ。この場所で見せる、祐巳の笑顔は輝いている。
だから大丈夫。きっと、彼女は祥子と一緒にこれからもこの場所を大切にしてくれるだろう。

「祐巳ちゃんの作り出す世界・・・か。確かにもう少し傍で見てみたかったわね」

「だったらいっそのこと皆で一緒に留年してみる?」

「ふふ、三薔薇揃って留年なんて笑えないわよ」

――全くだ。蓉子は微笑みながら窓の外へ眼を向ける。
そこには祐巳が祥子の手を引っ張りながら温室へと向かっている姿があった。
きっと、祥子は笑っているのだろう。そして、その笑顔をくれるのは福沢祐巳。

蓉子は目を閉じ、心の中で小さく祈った。
私の大切な妹と、その妹のこれからの道に、沢山の幸せが待っていますように。
二人が、いつまでも手をつないで一緒に笑っていますように。


そして――あまりに破天荒な孫が、マリア様に呆れられて見捨てられたりしませんように、と。












 END











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あとがき





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