1.プレリュードが聞こえる前に










祐巳の様子がおかしい。

由乃がそのことに気付いたのは、高等部に新入生が仲間入りして間もなく。
そう、三日か四日も経った頃だろうか。

「ふふっ、うふふ」

というか、ヤバイ。色んな意味でヤバイ。
時折思い出したようにニヤニヤしては脳内にお花畑が咲き誇ってるようで、
流石に友人として目の前の少女のことが心配になる。春だからとはいえ、流石に最近は症状が酷い気がする。
クラス替えが行われ、祐巳は志摩子とは別クラスになり、由乃と同じクラスとなった。
その事で、志摩子は激しく、それはもう、本気で、どうしようもないくらい、こっちが申し訳ないくらい落ち込んでいた。
正直、あんなに落ち込んだ志摩子を由乃は見たことが無かった。この世の終わり、そのような有様だった。
しかし、次の日には先日の落ち込みはなんだったのかと思うくらい志摩子は元気を取り戻していた。
一体何があったのだろうか、そう思った由乃だが、とある一つの答えに辿り着き、考えるのを止めた。
微笑む志摩子の傍で、祐巳の肌が思いっきり艶やかに輝いていたのは由乃の気のせいだと思いたい。

そんな訳で志摩子の凹み騒動も無事終了し、いざ新たな山百合会の船出であると
いうところに祐巳のこの様子である。正直、由乃的には余り関わりたくない。
この少女がこんな風に笑っているときは大抵変な方向に話が進むからだ。まず、一騒動が起こる。それは間違いない。
とはいえ、これでも一応目の前の少女は由乃にとって想い人であり、大事な親友なのだ。
それに、もう祐巳は今や紅薔薇の蕾という立場。しかも、なんと現薔薇様達の誰よりも信奉者の数が多いのだ。
そんな祐巳をいつまでも放置しておく訳にはいかない。決意を固めた由乃は、とうとう祐巳に声をかける。

「祐巳さん、最近ヤバ・・・じゃなくて、凄く機嫌が良いみたいだけど、どうかしたの?」

「ふふ、よくぞ聞いてくれました。
 由乃さん、私は今楽しくて楽しくて仕方がないよ」

その質問を待ってましたとばかりに祐巳は満面の笑みを浮かべて由乃へ振り返る。
・・・否、振り返るどころか由乃に擦り寄ってきてる。ここまで機嫌が良いと本気で怖い。
由乃は頬を引きつらせながらも、質問を続行する。というか、しないといけない気がした。

「そ、それは見てれば分かるんだけど・・・私が聞きたいのはその理由で」

「あはは〜!うんうん、やっぱり春は最高の季節だよね、由乃さん!
 春と言えば出会いの季節、出会いと言えば新入生!そして私達は二年生!
 ふふ、一体どんな女の子が来るのかなあ〜。私の知ってる娘かなあ・・・それとも外部受験組かなあ」

バシバシと背中を軽く叩かれ、由乃はどうやら今の祐巳に何を聞いても無駄だと理解した。
そして同時に思う。これから一年間、自分はこんな風に祐巳に振り回され続けるのだろうと。
志摩子さんなら喜んで尽くすのだろうが、自分は一年間も耐えられるのだろうか。そんなことを考えながら、
由乃は明日から鞄の中に胃薬を常備しておこうと決心した。

「あ、そうそう。由乃さん、いい?」

「へ?」

「妹を作る時は、まずは私にどんな娘か紹介しないと駄目だからね?絶対だよ?
 ふふ、由乃さんの妹に志摩子さんの妹・・・自分の妹を合わせれば三人かあ。
 山百合会の女の子はみんな最高の娘揃いだから本当に楽しみだよ・・・ああ、どんな掘り出し物がくるのかなあ。
 お姉様に令様に静様、由乃さんに志摩子さん、それに一年生が三人も!本当、山百合会って素晴らしいね」

由乃は己の考えを再考し直した。
前言撤回。明日から鞄の中に胃薬だけではなく、頭痛薬も常備しておこう、と。















 ・・・














多分、祥子は慣れてしまったのだと思う。福沢祐巳という妹の性質に。
彼女は、決して縛れない。否、縛るという表現すら似つかわしくない。何処までも自由、それが福沢祐巳なのだ。
しかし、だからといって姉として、上級生として祐巳のソレを許すわけにはいかない。
いつものことではあるのだが、祐巳のソレを咎めるのは他ならぬ、自分の役目なのだから。

「・・・で、今日は何処に行ってたの。掃除が済んだら薔薇の館に来るように言っておいたでしょう?」

「新入生の娘達とホールの方で色々とお話をさせて頂いてました。
 まだこの学園に不慣れな女の子達の不安を少しでも取り除いてあげるのが、
 私達の役目でもあると考えていますので、少しでも彼女達の力になれればと思いまして」

「そう、それは素敵な理由ね。・・・それで、本当の理由は?」

「勿論、新入生の女の子達のチェックを。いやあ、やっぱり下級生は可愛いですね。
 あの何とも無垢な瞳を見てると可愛くて可愛くて思わず手を出したくなっちゃいますよね。
 私、頑張って自重したんですよ?もう本当に欲望を抑えるのは大変でした。褒めてください、お姉様」

「そう、それならちゃんとご褒美をあげないといけないわね。
 ・・・由乃ちゃん、今日の貴女の分の仕事は全部祐巳に任せていいから」

「えええ!?お、お姉様の意地悪っ!ちょっとしたジョークじゃないですか〜」

悪びれることなく言ってのける祐巳に、祥子は軽く溜息をつく。
彼女を妹にしてもうすぐ半年が経とうとしているが、こういう掛け合いは一向に変わらずに続いていた。
まあ、実際祐巳に仕事を増やしたところで意味はないのだが。少し集中すれば、祐巳は難なく簡単に終わらせるからだ。
祥子の妹になってから、祐巳は『普通』であることを止めた為、彼女の能力は様々な面において本領を発揮していた。
今までワザと手を抜いていたテストの点数だって、一気に学年トップまで駆け上がったし、
祐巳の昔を知る女の子達を抑えることも止めた為、今では学年問わず一番人気の薔薇となっている。
だからこそ、祥子は溜息をつかずにはいられないのだ。はっきり言って祐巳は華がある。
自分の姉である蓉子も言っていたが、彼女は誰にも真似出来ない程の華とカリスマがある。
それなのに、祐巳は山百合会を引っ張っていこうとは少しも考えていないのだ。
楽しければそれで良し。可愛い女の子と一緒ならばなお良し。何と勿体無いことか。
だからこそ、祥子は決意を固めたのだ。自分が卒業するまでに、祐巳に少しでも真っ直ぐに育ってもらおうと。
・・・まあ、それは未だに少しも効果が現れていない上に、祐巳に身も心も奪われてしまっている祥子には
少々難しいことなのだろうが。

「静様、どうしてお姉様はこんなに怒ってるんですか?
 私、お姉様のお心が分かりません・・・これでは妹失格です」

「ふふ、それでは私の妹になってみる?祐巳ちゃんならいつでも大歓迎よ?」

「静っ!!人の妹に勝手に手を出さないで!!」

その光景を見てクスクスと笑っていた静にワザとらしくヨヨヨとしなだりかかる祐巳だが、
祥子の反応を見て満足そうな笑みを浮かべる。そして、静も楽しそうに肩をすくめる。
その様子を見て、祥子は二人が自分の反応を見て楽しんでいることに気付き、悔しそうな表情を浮かべる。
――蟹名静。以前はロサ・カニーナと言われていたこともある、新しい白薔薇である。
彼女と祐巳が組むと祥子にとって碌な事が無い。彼女も祐巳と同じで、人の心をいつも見透かすからだ。
聖がいなくなったと思って安心していたら、次期白薔薇として彼女が立候補した。
祥子は志摩子が立候補するものだと思っていたが、志摩子はあっさりと辞退した。
その理由がまた頭の痛いもので、どうも自分の妹である祐巳にあるらしいのだ。
当の祐巳に問いただしても

『志摩子さんが白薔薇になるより、静様がなった方が人数が増え、私達メンバーの負担が少なくなる筈です。
 それに、静様と実際に話してみましたが、彼女は間違いなく私達に必要な人間だと私は思います』

とまあ、見事な正論を返すだけだった。だが、どう考えても祐巳が静を傍に置きたかっただけだと祥子は思った。
というか、自分達に必要なのではなく、祐巳が欲しかっただけではないのかと祥子は思った。ちなみに由乃も思った。
だが、実際問題で静が山百合会に入ってくれて、仕事の面で大きな力となっているのは事実。
だから別段何も言うつもりは無い。無いが、時々こうやって静は面白がって
祐巳と手を組んで祥子をからかうから手に負えないのだ。聖といい、白薔薇はみなこうなってしまうものなのだろうか。

「・・・志摩子、貴女だけは真っ直ぐに生きるのよ」

「え?あ、えっと、はい」

突然の祥子からの言葉に、志摩子は全く理解できなかったが、とりあえず頷いておいた。
いつも通り過ぎる光景に軽く溜息をつく由乃だったが、不意に不可思議な笑い声が聞こえてきた。
その声に気付いたのか、祐巳もまた視線をある一点に送った。そこには、見慣れない少女が声を殺して笑っていた。

「瞳子ちゃん」

「だって、祥子お姉様。おっかしいんだもの、その方」

ゆっくりと祐巳達の方を振り返った少女。それは、気の強そうな、少女だった。
――誰。否、そうじゃない。どうして祥子様のことをお姉様とこの少女は呼ぶのか。
由乃は次々に疑問が頭に沸きあがった。それとは対照的に、祐巳は瞳子から視線を少しも外そうとしない。
どうやら祐巳は瞳子と呼ばれた少女をじっくりと観察しているようだ。

「瞳子ちゃん、その呼び方もやめなさい」

「だってー。ずーっとそう呼んでいたのに、急に変えろと言われても瞳子困るぅ」

「せめて学園内だけでも、『祥子様』もしくは『紅薔薇様』とお呼びなさい。
 公私混同はよくないわ」

二人の会話に益々由乃は頭に疑問符が増える。どういうことだ。
いや、それ以上に由乃は一つの恐ろしいことに気がついた。この少女は先ほどから祐巳を挑発している。
それは間違いない。だからこそ、由乃は自分の血の気が軽く引いてしまったのだ。
――なんて命知らずな。由乃は心の底から思う。他の誰でもない、この少女だけは。
福沢祐巳だけは敵に回してはいけない。それは数ヶ月前に遡る自分の体験談からくるモノ。
本当、祥子様はなんという恐ろしい爆弾を連れてきたのだ。

「紹介するわ、祐巳。こちらは松平瞳子ちゃん。新入生よ。
 薔薇の館を見たいって尋ねてきたの」

祥子の言葉にも祐巳は少しも反応しない。ただ黙って瞳子の方を観察している。
そして、由乃はまた一つ恐ろしいことに気がついた。自分の隣に座っている少女――藤堂志摩子さんから
猛烈に怒気が発せられていることに。表情こそ笑顔だが、一年の付き合いだ。だからこそ分かる。彼女は怒っていると。
その対象は間違いなくずっと祐巳の事を挑発し続ける瞳子。当然だ、他ならぬ志摩子が
祐巳を馬鹿にされて怒らない道理が無い。彼女は祐巳が全てであり、誰よりも愛している人なのだから。
右は無表情の祐巳、左は怒気を孕んだ志摩子。そして目の前には空気の読めない紅薔薇と
無知蛮勇にして命知らずの一年生。由乃は本気で帰りたいと思った。正直、帰って寝てしまいたいとさえ思った。

「あら。親戚の、って付け加えて頂けないの?」

「ああ、そうね。実は、瞳子ちゃんは父方の親戚にあたるの」

祥子が付け加えると、瞳子は勝ち誇ったように祐巳を見つめた。
拙い。拙い拙い拙い拙い。志摩子さんが限界点を突破しそうだ。これは本気で拙い。
助けを求める視線を静に向ける由乃だが、その期待は見事に裏切られる。――静様、メチャクチャ楽しんでる。
この光景を楽しそうに笑って見つめている静は役に立たないと判断し、由乃は二人の間に割り込むように口を開いた。

「し、親戚ってどのくらいの距離なのかしら!?」

「祥子お姉様の、お父様のお姉様の旦那様の妹の娘が私ですわ」

「つまり、お二人に血の繋がりはないんじゃない」

「でも、親戚にはかわりないでしょ」

「ええ、それも遠縁と言う名のね」

瞳子の少し苛立ったような反応を受け、由乃は心の中でガッツポーズをとった。
このまま彼女の視線の対象を自分にしてしまい、祐巳から遠ざける。我ながらナイスアイディアではないか。
あとはこのまま会議を始めてもらえれば何の問題も無い。由乃は急かすように祥子に尋ねる。

「あの!祥子様、本日の会議は・・・」

「ああ、それ。中止になったわ。令がいないもの」

――あのヘタ令。今度また思いっきりロザリオを投げつけてやろうか。
そんな物騒なコトを由乃は本気で考えてしまった。どうしていつもいつもあの姉は大事なところでこうなのだろう。
もし、自分がストレスで胃に穴が開いたりしたら医療費は全部令ちゃんに持ってもらおう。そう由乃は決めた。

「それにしても、この館居心地が良いですよねー。瞳子気に入っちゃった。
 また、遊びに来・・・ひっ!?」

由乃が溜息をつく為に視線を一度逸らした瞬間だった。
祐巳が瞳子の方へ無表情のまま近づき、ガシリと両手で瞳子の顔を押さえつけたのだ。
何が起こったのかサッパリ理解できず、思わず小さく悲鳴をあげる瞳子。今も表情を変えず瞳子を見つめる祐巳。
――終わった。さようなら、恐れを知らない戦士のように振舞う一年生。
由乃が瞳を閉じて彼女に対する追悼の祈りの一つでも捧げようと考えていたその時だった。

「――うん、合格」

「・・・へ?きゃああ!?」

祐巳は思いっきり微笑み、嬉しそうに思いっきり瞳子を抱きしめた。
何が起こったのか全く理解出来ない瞳子や由乃達を他所に、祐巳は表情を崩したままで瞳子に頬ずりする。
一体どういうことだ。一体何が起こってるのか。現状に全くついていけない由乃だが、
とりあえず祐巳がこれっぽっちも機嫌を損ねていないということだけは理解した。

「お姉様っ!」

「何かしら」

「私、お姉様の妹になることが出来て本当に嬉しく思います。
 だって、お姉様は私の為にこんな可愛い女の子を連れてきて下さったんですよね?
 これはつまり、私がお持ち帰りしても良いってことですよね?」

「・・・祐巳、貴女、大変な誤解をしていてよ。貴女私の話を全然聞いてなかったでしょう」

祐巳のぶっ飛んだ言葉に、祥子が思いっきり頭を押さえながら答える。
――何のことはない。祐巳は先ほどから瞳子の挑発など少しも気にしていなかったのだ。
彼女の頭の中にあることは一つ。祥子がこの娘を連れてきた女の子、すなわち将来の山百合会メンバー、
すなわち自分が食べてしまってもいい女の子という方程式だった。

「成る程成る程・・・身体の方はこれからってところかなあ。
 うんうん、でもまあ由乃さんに比べたら将来性がありそうだし、これはこれで」

「ななな、何なんですか!?ちょ、ちょっと!?どこ触ってるんですか!?
 祥子お姉様っ、助けてっ!!」

「祐巳、瞳子ちゃんを放しなさい」

「お姉様っ!私より瞳子ちゃんの方を選ぶんですね!」

「・・・呆れるわよ」

祐巳の腕の中から、瞳子を引っ張り出し、祥子は大きな溜息をついて祐巳に告げる。
その光景を見ながら由乃は思う。何だこのコントは。私のさっきまでの気苦労は一体何だったのだろうかと。
ふと静の方に視線を送ると、相変わらず優雅に笑ってらっしゃる。きっと静はこの結果を分かっていたに違いない。
志摩子に至っては、祐巳の暴走振りを嬉しそうに眺めているだけである。さっきまでの怒りは一体何処に消えたのだろう。
それとさっき、祐巳さんは何気に私に対して酷いことを言わなかっただろうか。しかも自分の事は棚に上げて。

「呆れるわよ・・・だって。人のモノ、勝手に持っていかないでよ。
 私の大切なモノ、盗らないでよ」

「いや、瞳子ちゃんは祐巳さんのモノじゃないから。
 というか今さっき出会ったばかりだから」

ぶつぶつと文句を言う祐巳に、とりあえず突っ込みを入れる由乃。
このメンバーでは突込みが出来るのが自分しかいないのが悲しい。せめて自分達の妹となる新しい一年生に
突っ込み要員がいることを由乃は心から願った。
そんな祐巳に、我を取り戻した瞳子はガーッと食って掛かる。

「何なんですか貴女は!!いきなり抱きついて、しかもあんなことをするなんて失礼ですわ!!」

「へ?あんなことってどんなこと?」

「それは瞳子のむ、む・・・を触ったり・・・」

「む?む?あはは〜、私馬鹿だからしっかり言ってくれないと分からないよ?
 ほらほら、大きな声でもう一度っ」

鬼だ。鬼がいる。祐巳は完全に瞳子で遊んでいる。
祐巳の瞳は完全に面白い玩具を見つけた子供のように嬉々として輝いている。
他人には全然興味を示さない祐巳だが、こうなると性質が悪いことを由乃は身を持って知っている。
だからこそ思った。――ああ、どちらにしてもこの一年生のこれからの学園生活は色んな意味で終わったな、と。

「祥子お姉様っ!この方は変です!おかしいです!
 どうしてこんな人が祥子お姉様の妹なんですか!?瞳子は納得いきませんっ!!」

「ちょっと瞳子ちゃん、いくらなんでも言い過ぎだよ。
 いくら新入生で右も左も分からないとはいえ、それ以上お姉様を馬鹿にすると流石の私も怒っちゃうよ?」

「してません!!!私がしているのは貴女だけですわっ!!」

「・・・二人とも、その辺にして頂戴。
 これ以上続けられると私が頭痛で本当にどうにかなってしまいそうだから」

これ以上は自分の体調的にも無理だと判断した祥子は、瞳子を送る為に薔薇の館の外へと出て行った。
瞳子に手を振る祐巳だが、瞳子は祐巳を完全に敵と認識したのか、フンとつんけんとした態度を取る。
そして、二人が部屋を出て行った後で、耐えられなかったのか、静が声を出して笑っていた。

「静様、本当に楽しんでましたね」

「ええ、面白いわよ由乃ちゃん。
 私、山百合会に入ることが出来て本当に良かったと今、心から実感しているところ」

由乃は大きく溜息をついて、祐巳の方へと向き直る。
肝心の祐巳はというと志摩子に対して妹が出来たら紹介してくれと由乃に言ったことと同じ事を伝えていた。

「・・・あのね、祐巳さん。一応言っておくけど、瞳子ちゃんに気をつけ・・・る必要なんてないわよね」

「気をつける?どうして?あ、確かにあんな可愛い娘を誰かに取られちゃ大変だもんね!
 しっかりチェック入れておかないと。うん、なかなか良い逸材だよね。凄く躾のし甲斐がありそうだもん。
 あの手の娘はモノにすると早いからね〜。ふふふ、楽しみ楽しみ。ツンツン少女は松平瞳子ちゃん、と。
 まあ、例え誰かに取られてたとしても奪えば良い訳だし」

相変わらず天使のような笑顔でとんでもないことを言ってのける親友に、由乃は頭が痛くなる。
取る側は瞳子ちゃんで、取られるのは祐巳さんなんじゃないか、などと言えるわけも無い。
冷静に考えて不可能なのだ。あのような一年生に、この少女を出し抜くことなど。他の誰でもない福沢祐巳は。
それでも一応、言っておくのが友人であり、好きな人に対する行動なのだろうと、由乃は言葉を続けることにした。

「ほら、気付いたと思うけれど、瞳子ちゃんって祐巳さんをずっと挑発してたでしょ?
 それに祥子様に対する態度・・・多分、瞳子ちゃんは祐巳さんから祥子様を奪うつもりなんじゃないかって」

「いいんじゃないかな。お姉様に憧れる娘は沢山いるのは知ってるし、一年生はそれくらい元気がある方が可愛いよ。
 瞳子ちゃんがそうしたいなら、好きなようにすると良いと私は思うし。それに――」

祐巳は微笑みながら、そっと由乃を自分の傍まで引き寄せる。そして、そっと耳打ちした。

「――由乃さんは私が瞳子ちゃんに負けると思う?私が瞳子ちゃんに祥子様を奪われると」

耳元にかかる甘い吐息に、由乃は顔を上げて祐巳を見上げる。
そして、祐巳に首を軽く振ってみせた。――何を馬鹿な。この少女が一体誰に何を奪われるというのか。
彼女は常に略奪する側であり、常に慈愛を与える者。手に入れたモノは決して誰にも渡さない。
福沢祐巳が見せる艶かしい微笑み。それはリスのような愛くるしい小動物の皮を被った猛禽類。獲物を狙う狩人の瞳。
普段はとぼけたり、周囲を面白おかしくかき回したりしている祐巳だが、これこそが本来の彼女。妖艶に笑う彼女こそ。
その瞳に、その在り方に、その強さに、その全てに自分は魅せられたのだ。だからこそ、彼女を愛してしまったのだ。
だからこそ、由乃は思う。――あの一年生、本当に最悪な相手にケンカを売ったものだと。














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