Alicemagic










学校が終わり、リトルバスターズとしての活動も終わった夜、
葉留佳はノンビリとベットに横になり、お菓子を口にくわえて漫画を読みふけっていた。
それだけなら、別段おかしいことは何一つ無いのだが、
ベットに寝そべっている葉留佳の耳に度々入ってくる溜息の音が、その葉留佳の行動に違和感を与えるのだ。

「何、どしたのお姉ちゃん。
 そんな風に傍であからさまな溜息ばっかつかれるとオチオチ漫画も読めないじゃん」

「貴女ね・・・分かってると思ってるけど、ここは貴女の部屋ではないのよ。
 自分の部屋に帰ってドアを開いてみたら、妹がルームメイトのベッドを勝手に使い、
 漫画を勝手に読み耽って、あまつさえ勝手にルームメイトのお菓子を食べ散らかしているのよ。
 私じゃなくても溜息の一つや二つくらい、つきたくもなるわよ」

「え〜、いいじゃん別にお姉ちゃんが困るわけでもなし。クド公には後で許可を貰うから大丈夫大丈夫。
 それに可愛い妹がこうして会いに来てるんだから、嬉しそうな顔の一つでもしてくれてもバチは当たらないって」

「貴女が会いに来てるのは私じゃなくてクドリャフカの少女漫画でしょうに。
 そもそも貴女、ここには鍵が掛かっていた筈でしょう?どうやって扉を開けたのよ」

「ん?そりゃまあ、昼休みにクド公から鍵をちょっち拝借したっていうか、大体そんな感じ?」

「・・・貴女、本当にメチャクチャね」

溜息を零し続けた人物、葉留佳の実の姉である二木佳奈多は、既に自分の話を聞いていない妹を見て、
一体これが何度目か数えることすら億劫になった溜息を更に大きくついた。

二人の仲は、以前からは考えられないほどに良くなっていた。
そのきっかけは、偏に一人の男子生徒、直枝理樹のおかげなのだが、
何より大きかったのは、その後二人が互いを求め合ったということが大きな理由だった。
結局は、二人とも互いの存在を必要としていたのだ。姉を想う気持ちと、妹を想う気持ちが一つになった今、
二人の仲が元のように戻るまで、そう時間はかからなかった。
そして、気付けばこのように軽口を言い合えるような仲にまでなっていた。
以前のように、憎みあっていた日々が嘘のように、二人は変わっていったのだ。

「あ、何?紅茶飲むの?私の分もお願い〜」

「入れてほしかったらクドリャフカのベッドから離れなさい。
 私のベッドならいくらでも使っていいから」

「え〜何〜?もしかしてお姉ちゃん、私がクド公のベッドにいたのが気に食わないの?
 でもクド公は別に何も言わないって。むしろ喜んで貸してくれると思うけどなあ」

「・・・私が言うのよ。そんな風にスナック菓子をぽろぽろ零されちゃ、クドリャフカが可哀想でしょ。
 私のベッドなら後で掃除するのも気分的に楽なのよ。分かったらさっさとベッドを移動しなさい」

佳奈多の言葉に、葉留佳は渋々身体を姉のベッドの方へと移動する。
それを確認し、佳奈多は注文どおり、二人分の紅茶を用意し、運んでいく。
そして、二人の間に流れる静寂。葉留佳は漫画を読み、佳奈多は授業の復習の為、机に向かう。
だが、その静けさは決して以前のような息苦しい沈黙ではない。むしろ、二人にとって心地の良いものだった。
互いの存在が、近くに感じられる。それは二人が避けていたようで、その実一番求めていたものでもあった。
その静けさを、先に打ち破ったのは葉留佳だった。
『ねえ、お姉ちゃん』と呼びかける声に、佳奈多は勉強の手を止め、何、と顔を葉留佳の方へと向ける。
そして、葉留佳の口から飛び出した言葉は、佳奈多にとってとんでもない内容だった。

「お姉ちゃんってさ、好きな人っているの?」

一瞬、目の前の妹が一体何を言っているのか、よく理解できなかったが、
彼女が持つ少女漫画を見て、ようやく理解する。成る程、また単に漫画に影響されてそういうことを尋ねただけかと。
以前、直枝理樹に借りた少年漫画をこの部屋に持ち込んだ時には
『お姉ちゃん、何か格闘技の経験とか実はあったりしない?』なんて尋ねられ、溜息をついたものだ。
恐らく今回もそんなことだろうと思い、佳奈多は適当に話に答えてあげることにする。

「別にいないわよ。大体、そんなの聞かなくても分かることでしょう」

「ええ〜、うっそだあ。
 お姉ちゃん、別に隠さなくてもいいよ?ほら、私達って二人きりの姉妹じゃない?
 誰にも話さないから、愛する妹に好きな人への想いを暴露しちゃいましょうヨ」

「あのね、例えいたとしても貴女には相談しないわよ。
 次の日には全校生徒に知れ渡るような真似を私がする訳ないでしょう」

「あれえー!?何それ、実の姉相手に私全然信用されてないデスヨ!?
 お姉ちゃんの鬼!鬼姉!鬼の化身!鬼山大将!」

ワーワーと大騒ぎする妹に、佳奈多は無意識の内に溜息をつく。今度は自然と生まれた溜息だ。
事実、佳奈多に好きな異性など存在しなかった。そのような余裕など、これまでの彼女には無かったのだ。
下らない家のしきたりに縛られ、苛まれてきた日々には、そのようなモノを求めることすら考えられなかった。
しかし、今はもうそんなモノは存在しない。直枝理樹が、そしてその友人達が、彼女達を解放してくれた。
現に、彼女達の実家は存在しない。叔父達は、数々の悪行を全て警察にリークされ、塀の向こう側だ。
最早何も畏れることは無くなり、佳奈多は苗字こそそのままだが、葉留佳の家に引き取られた。
両親・・・否、三人の親達に会う為に、週に一度は二人揃って家の方へと帰るようにしていた。
そう、彼女の本当の生活は始まったばかりなのだ。だから、好きな人は今からゆっくりと見つかるのだろう。
そんな未来を考えることの出来る今が、佳奈多にとっては何よりも幸せなことだった。

「葉留佳、そういう貴女はどうなのよ。好きな人の一人や二人、いるんでしょう」

「ふ、二人もいるかー!!!」

「へえ・・・そう。なら、一人はいるんだ。それは誰か、当ててみせましょうか?」

しまったというような表情を浮かべる妹を見て、佳奈多は楽しそうに笑みを浮かべる。
葉留佳の好きな人なんて、とうの昔に知っていた。直枝理樹。その答えに佳奈多は絶対の確信を持っていた。
妹と自分を救ってくれた男の子。一見、頼りなさそうな童顔の男の子に見え、だけど芯はしっかりしてる人。
事実、彼のおかげで二人は救われた。否、誰かが誰かを救うなんて偽善めいたことではなかった。
彼は手を握って一緒に歩いてくれたのだ。自分達を、暗い場所から明るい場所へ連れて行ってくれた。
ずっと妹のことを見続けた佳奈多にとって、葉留佳の理樹への恋慕に気付かないほうがおかしいのだ。

「まあ、別に今更名指しすることでもないけどね。
 貴女も大変ね。直枝理樹にはライバルが多いでしょう?」

「うっ・・・べ、別に私は理樹君が好きだなんて一言も・・・」

「貴女ね・・・そんなことばかり言ってて他の女の子に先を越されても知らないわよ?
 そうね、クドリャフカなんて結構ストレートだから、案外あっさりくっ付いちゃうかもしれないわ」

「や、やだな〜!クド公にそんな度胸ある訳ないっしょ!
 実の妹を脅かして笑って楽しんでるなんて性格最悪デスネ」

「あら?クドリャフカはどこかの誰かさんとは違って実際行動に移してるからね。
 私は別に直枝理樹が誰と付き合おうが構わないからどうでもいいのだけれど」

むう〜、と悔しそうに顔を膨らます妹を見て、佳奈多は勝利を確信すると共に楽しそうに笑う。
普段自由気ままな妹に振り回されてばかりいるだけに、
こういう時くらいはイニシアチブを取っても構わないだろうと佳奈多は思うことにしていた。
楽しそうに笑う佳奈多を見て、葉留佳はふと思っていたことを口にする。

「・・・お姉ちゃん、今、幸せ?」

妹の言葉に、佳奈多は思わず笑うことを止め、視線を葉留佳の顔へと移す。
本当に唐突な質問ばかりするな、と思いながら佳奈多は軽く一息ついて再び笑みを浮かべた。

「そうね・・・私は幸せよ。
 こんな風にまた葉留佳と一緒に過ごせる時間、葉留佳の笑顔、その全てが愛おしいわ。
 ずっと私が諦めていた、許されないと思っていた時間をこうして過ごすことが出来る・・・
 そのことが、私は嬉しくて仕方が無いの。だから私はこうして、貴女と笑っていられるのよ」

「お、お姉ちゃん・・・ちょっとそれ、恥ずかしいよ・・・
 地獄の風紀委員長の実体がこうだなんて、他の人が聞いたら絶対泣きますネ。」

「貴女しか聞いてないんだもの。別に気にしないわよ。
 まあ・・・後は貴女が問題を起こさなくなってくれれば、私はもっと幸せになれるんだけど」

「う・・・ひ、一言多いなあっ」

「貴女もね」

言葉を交わして、再び二人は笑いあう。
その光景は、きっと多くの人達の手によって得ることが出来た奇跡。
決して交わることの出来なかった姉妹が手にした、大切な時間。

「ねえ・・・お姉ちゃん」

「何?」

私は貴女。貴女は私。もう一度結ばれた二人の絆は今度は決して別れることは無い。
どんなことがあっても、今度は絶対にその手を離さない。何があっても離さない。
二人が一緒なら、どんな場所へも歩いていける。二人が一緒なら、いつまでも幸せでいられる。

「私もね、今凄く幸せだよ・・・」

二人が笑いあっていれば、どこまでも飛んでいける。
そう、二人が一緒なら、どんな遥か彼方へも――














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