成り行きはとても簡単なことだった。
朝珍しく早く学校に来て、廊下を歩いていた舞人と先生に呼び出され、
廊下を走っていたこだまが思いっきり頭からぶつかった。
ただそれだけ。きっかけは本当にそれだけだったのだ。なのに・・・。






「お・・・俺?」



「わ・・・私?」




問題はとてつもなく大きかったのだ。
舞人とこだまがそっくりそのまま『入れ替わってしまった』のだから・・・。







チェンジ・チェンジ・チェンジ〜お約束は突然に〜








「えええっ!!!!な、何で私が目の前にいるの!!!???」

朝早く、人気の少ない廊下で尻餅をついたまま『舞人』は思わず声を上げる。
それを見た『こだま』は慌てて『舞人』の口を塞ぐ。

「ちょ、ちょっと叫ぶな俺!自分が気色悪い叫び声を上げているところなんか
 人に見られたら俺が学校に来れなくなるだろうが!」

慌てふためく『こだま』だが、自分のことを考えてるあたり『舞人』よりは若干余裕があるようだ。
口を押さえられた『舞人』は「んー!んー!」と声をくぐもらせている。

「えっと、落ち着け・・・落ち着けよ俺・・・。まずは何で俺が目の前にいるんだ・・・。
 まさか俺が分離機能を身体に搭載していたとは思わなかったが・・・」

「何してんの、こだま・・・って、これはちょっと珍しい光景ね・・・」

訳の分からないことを口走っている『こだま』に誰かが声をかける。
『こだま』が振り向くとそこにはクラスメートであり、親友の結城ひかりが目を点にして立っていた。

「朝っぱらから桜井の口を押さえて・・・あんた本当に何してんの?」

「ひ、ひかり姐さん!ちょうど良かった、見てくださいよ!何故か知らないけど俺が分裂しちゃって・・・あいた!!」

『こだま』が喋り終える前にひかりのチョップが彼女の頭に炸裂する。正直これはかなり痛いだろう。

「誰が姐さんだ!ったく、桜井だけならまだしもこだままでそんな呼び方をするんならあんたでも遠慮なくはたくわよ!」

「ひかり〜、もうはたいちゃってるよ〜!私を叩かないで!あうっ!!」

不平を洩らした『舞人』にもひかりは遠慮なくチョップを打った。
先ほどとは違い、加減というものが見当たらないほどの威力だ。

「気色悪い喋り方するな!!あんたら二人して私をからかってんの!?」

「ちょっと・・・あ、姐さん、話を・・・聞いて・・・」

「まだ言うか!!」

結局、ひかりが事情を理解するまで後数分このやりとりが続く事になる。










「・・・大体話は分かったわ。まだにわかには信じられないけど」

「信じられないんじゃなくて姐さんは単に信じてないだけじゃないですか!このバイオレンス眼鏡!」

未だに疑いの目が消えてないひかりに『こだま』は可愛い声とは似合わない暴言を吐き出す。

「うっさいわね。話は分かったっつってんでしょーが!
 大体『私達の身体が入れ替わった』なんて話を簡単に信じる人がいるわけないでしょ!
 理解を示しているだけでも最大の譲歩と思え!」

彼女のもっともな逆切れに『こだま』はうっ、と押し黙る。考えてみれば確かにその通りなのだ。
一体何処の誰がそんな冗談めいた現実を信じるのだろうか。
彼らの話を真面目に聞いてくれただけでもひかりは希少な人である。

「それにね。私だって完全に嘘だとは思ってないの。
 もしかしたら本当にあんたの中に『桜井』がいて、桜井の中に『こだま』がいるかもしれないって思ってるのも確かだし。
 だから少し見極める為の時間を頂戴。もし本当だって分かれば私だって元に戻れる方法を一緒に考えるから」

真剣な表情で切り出すひかりを見て、『こだま』は胸の中で何かが氷解していくのを感じた。
ひかりのことをいつも暴力バイオレンスな鬼部長として見てきた舞人にとって彼女が真剣に自分たちを
心配してくれていることがとても嬉しかったのだ。
そして今までの偏見だけでひかりを見ていた過去の自分を恥じた。――なんて馬鹿。
ひかりはいつだって自分たちのことを気にかけてくれていたのに、と。

「あ、姐さん・・・!」

思わず『こだま』は彼女の胸へ飛び込む。
今にも泣き出しそうな『こだま』にひかりは仕方ないわねとでも言うように頭を撫でる。
ひかりの垣間見せる優しさ――その想いは彼女のイメージを覆す。そうそれはまるで彼女があたかも・・・

「あ、ちなみにあんたが本当に桜井だって証明されたら元に戻ったときに死刑どころじゃ済まさないからね」

あたかも・・・死刑執行人(エクゼキューター)のようだった。
『こだま』が飛び込んだのはひかりの胸の中。願わくば元に戻ったときまでに機嫌を直してくれてますようにと
舞人はただ祈るだけしか出来なかった。









「で・・・何で俺はこだま先輩の机に座って授業の準備などという無意味な事をしているのでしょうか?」

見知らぬ教室の見知らぬ朝のHRを聞き終えたあとに『こだま』はやっと口に出来た疑問をひかりに投げかけた。
『こだま』の後ろの席である現在読書中のひかりは「嘘かどうか確かめる為なんじゃない?」と
彼女の顔も見ずにきっぱりと言い放った。

「んな!!?あんたまだ信じてないのか!?
 どっからどう見ても俺はこだま先輩じゃなくて世間にその人ありと言われるダンディズム・桜井でしょうが!」

怒鳴りたてる『こだま』を尻目に一度視線を上げたひかりは呆れた顔で読んでいた本に再度目を戻す。

「だあああ!!!似合いもしない恋愛小説なんぞ読んでないで俺の話を真面目に聞いてくださいよおおお!!!」

いつもとは程遠い様子の『こだま』にクラスメート達は困惑、動揺といった感情で彼女を見つめていた。
いや、見つめていたのではなく目を合わさないように様子を伺っていたというべきだろう。
現に未だに『こだま』に話し掛けるような勇敢者はひかりをおいていない。
そんな周囲の状況に気付いたのか、ひかりは溜息を付きながら『こだま』を見据えた。

「だからどっからどう見てもあんたの容姿は『こだま』でしょうが。
 ったく・・・、実を言うとあんた達が入れ替わったってのはもう大方認めてるの。
 だけどそのままじゃどうしようもないから戻る方法が見つかるまで『こだま』として学校で過ごしなさいって言ってるわけ。
 それとも他のみんなに『私達入れ替わったんです』って言って自分の教室で授業でも受けんの?その身体で」

「それは・・・無理ですけど・・・」

「分かったら大人しくこだまとして授業を受けなさい。下手にサボってこだまの経歴に傷をつけることもないでしょ」

結局ひかりに言いくるめられる形で授業を受けることになった『こだま』は仕方なく教科書を開く。
桜坂学園の赤点大魔王の異名をとる舞人にとってこだま達の受ける授業が理解出来るはずもないのだが。











「うう〜・・・結局ひかりに押し切られてここまで来ちゃったけどどうしよう・・・」

見知らぬ舞人の教室のドアの前で『舞人』は入るか入らざるべきかを悩んでいた。
ひかりから「あんたは桜井なんだから桜井の教室いかないと不自然でしょ」と言われ、
そのときは納得したものの、いざ入室となると大変気まずいものがある。
いくら体は舞人だと言っても、この教室には知り合いが八重樫つばさしかいないし、
何より自分が『舞人』であることを演じなければならない。
彼の教室での普段の振る舞い、友人関係など全く知らない為、その時点で彼を演じる為の
重要パーツが全く足りていないのだ。

「桜井君って八重ちゃんのことは呼び捨てだったよね・・・。えっと、確かお友達に相良君って人が・・・」

「舞人君、さっきからドアの前で何してるの?」

突如後ろから声をかけられ、『舞人』は振り返るとそこには友人の桜坂プリンセスこと星崎希望が立っていた。
幸いなことに、彼女は学園中の有名人の為、名前を思い出すことは『舞人』にとって容易かった。
それに彼女は舞人が電撃的な告白劇を演じた相手であることも知っていた。

「え、えっと!お、おはようございます・・・星崎さん」

『舞人』の違和感に満ち溢れまくった挨拶に希望は思わず頭に疑問符を浮かべる。
そして少し間を空けた後にああ、と納得してじと目で返す。

「そんな風に丁寧に挨拶しても昨日の恨みは忘れないんだからね。
 あの後八重ちゃん本当に怒ってたんだよ〜。あ、勿論私もだけど」

「え、昨日の恨み・・・?」

言ってる事が全く出来ていない(当然と言えば当然だが)『舞人』を他所に、彼女は「そうだよ〜」と言葉を続ける。

「いつもの事だけど舞人君また掃除当番サボったでしょ。しかもその後の学級委員会も行かないし。
 掃除当番の件は反省の言葉とクレープで手を打ってあげちゃうけど委員会サボりは
 ちゃんと八重ちゃんに直接謝罪しなきゃね」

知り合って間もない有名人からの数々の真実の告白に思わず『舞人』は立ちくらみを覚えた。
昨日部室に舞人が一番早く来ていた理由が今ようやく明らかになった訳なのだが。

「うう・・・ご、ごめんね星崎さん。でもね、多分桜井君も
 そんなに悪気があった訳じゃないと思うんだ・・・といいなあって言うか・・・」

しどろもどろに後輩の罪を謝る『舞人』。この光景は色々な意味で不自然であり自然でもあった。
そんな彼を見て、希望は再び首を斜めに傾ける。

「???舞人君ってば、さっきから喋り方が変だよ?また何か良からぬことでも企んでるとか?」

「そ、そうかな。そんなことないと思うよ」

希望の核心を突くような一言を『舞人』はあははと笑ってごまかす。
こういうときの希望は何かと勘が良かったりするのだが『舞人』がそんなこと知っている訳が無い。
疑問譜を未だに頭に浮かべ続ける希望を前に『舞人』は逃げるように教室に入っていく。

「桜・井・君、おっはよう!昨日は放課後楽しかった〜?」

・・・失敬、教室に入ろうとしたところを後ろから誰かに頭を掴まれ、行動を阻まれる。
無論彼の後ろに曇り一つ無い笑顔で八重ちゃんこと八重樫つばさが立っていたことは言うまでも無い。













「ねえ・・・こだま、こだま!」

授業中、やることも無くぼんやりと窓の外を眺めていた『こだま』を横に座っていた女子生徒が呼びかける。

「何ですか、朝のHRには出席せずに授業が始まる一分前に悠々と教室に入ってきた佐竹せん・・・じゃなくてえっと・・・」

「ほら、つぎ当たるの私みたいだからさ。ここの英文の訳教えて」

佐竹から渡されたプリントに目を通してみたものの当然『こだま』が分かるはずも無かった。何せ習っていないのだから。

「あ〜、こりゃ全く駄目だから後ろのバイオレンス・・・いや、やっぱり任せて」

とてつもなく何か邪悪さに満ち足りた子悪魔的な笑みを浮かべ、『こだま』は渡されたプリントをすらすらと解いていく。
問題の箇所を書き終えたプリントを佐竹に返し、彼女の番がくるまで『こだま』は息を潜めて笑っていた。

「じゃあ次。この英文を訳してもらおうか。・・・佐竹」

「はい。え〜と・・・『私はあまりにテストの結果が悪かったので呼び出しをくらった。
 それだけでなく補講も受けさせられた』・・・はあ!?」

「こらこら、別に誰もお前の成績なんぞ聞いて無いぞ佐竹。しかしそれは三年生の一教師としてあまり感心出来んなあ」

教師の一言が引き金となり、クラス中にどっと笑いが響き渡った。
大きく溜息をつくひかりを他所に、『こだま』は腹を抱えて佐竹の事を大笑いし続けていた。











「何かどっかのクラスから笑い声が聞こえてきやがんな・・・ったく」

保健室の番人――谷河浩輝はぶつくさと文句を呟いた。
保健室にもかかわらずいつもならロックミュージックをバリバリ流している彼が人のことを言える訳でもないのだが。

「全く・・・最近の教師どもは揃いも揃っていい子ちゃんすぎんだよ。
 俺が勉学教えてる最中にジャリどもが騒ぎ出したら一発で黙らせる自信があるのによ。そう思うだろ、桜井」

谷河の視線の先にはベットに座っている『舞人』が元気なく「はあ・・・」と空返事をしていた。
彼が何故保健室にいるのかというとクラスメート達から半強制的に送られたことに理由がある。
普段とは違う『舞人』を見てクラスメートは全員一致で「桜井は死ぬほど重い風邪」という判断を下したのだ。
中身がこだまなのだから変なのは当然といえば当然なのだが。
ただ、『舞人』は少なからず落ち込んではいた。自分は彼を演じる事が出来なかったということで
彼の授業欠席を決められたのだから。

「ああん?何しけたツラしてやがんだ。
 お前さっきは風邪だとかデタラメふかしやがったくせに心はここにあらずみてえな顔しやがって」

「そ・・・そんなことないです。別に落ち込んでるって訳じゃ・・・ひゃう!?」

『舞人』が言葉を最後まで言い終えることは出来なかった。何故なら谷河の手が彼の肩に既に回されていたからだ。
状況を掴めていない『舞人』を他所に、学校一危険な教師と有名な彼の魔の手が『舞人』に迫る。

「くっくっく・・・。桜井ィ・・・お前、今日は何かいつもと違った雰囲気じゃねえか。
 これじゃあ流石の俺も我慢できなくなるぜ・・・。
 青い果実は生るまでとっておくのが俺のポリシーだったんだがなあ・・・」

耳元に息を吹きかけられ、『舞人』は益々動転する。それもその筈だ。何故なら彼女は舞人ではなくこだまなのだから。
谷河がそっちの気があることを友人達から冗談半分では聞いたことがあるにはあるのだが、
実際に男子生徒に迫る彼を見て焦りを隠せない。
『舞人』はあわわと慌てふためきながらベットの奥へと逃げる。いや、追いやられている。

「あ!あの!もう私・・・じゃなくて俺元気になりました!!だからもう教室に戻らないと!」

「おいおい、遠慮なんかすんじゃねえよ。
 その辺のオンナ・・・いや、お前のオンナのあの星崎を食うよりも遥かにキモチイイコト教えてやっからよ・・・」

「け、結構です!!し、失礼しました!!」

顔を真っ赤にして『舞人』は保健室から脱兎の勢いで逃げ出した。
後に残された谷河はただ一言、「楽しみだぜ・・・」とだけ呟いていた。











つつがなく(とは全くもって言えないのだが)午前中の授業を終え、
『こだま』はひかりと一緒に『舞人』の教室へと向かっていた。『舞人』の近況を知るためである。
ひかりは放課後まで放っておいてもいいだろう、と楽観的かつ『舞人』を信じきった発言をしたのだが、
肉体の持ち主の『こだま』としてはそうはいかない。
自分の身体で『舞人』が何かをしでかしたりしてないかという不安もあった(現に今まで自分がしでかしてきた)が、
何より舞人は純粋にこだまのことが心配だったのだ。
自分にはこの異常な事態の理解者――結城ひかりがいるが、彼女の今いるクラス、『舞人』のいるクラスで
舞人とこだまの変異現象をしっているのは『舞人』自身だけなのだ。
一人で知りもしないクラスにいる孤独感や疎外感を彼女を圧迫させてないか。それだけが彼の唯一の心配事だった。
見慣れた教室のドアの前に立ち、ゆっくりと『舞人』の存在を確かめるかのようにドアの向こうを覗き込む。
そこには彼の危惧していたこととは全く異なる光景が広がっていた。

「桜井くん!私のお弁当食べて〜!」

「駄目だって!それより委員長、私と一緒に屋上で食べようよ!」

「ああ〜!!抜け駆けはずる〜い!!桜井君は私と一緒に学食に行くんだから〜!!」

それはもはや彼にとっては理解不能の域を越えた世界だった。
『舞人』の周りをクラス中の女子が取り囲んでキャーキャーと騒いでいるのだから。
しかもどうやら聞き取れる範疇だと、女の子達は『舞人』を食事に誘おうとしているらしい。
つまるところ、あの集団は『舞人』のハーレム集団ということなのだ。
少し遠くて『舞人』の様子はよく見えないが、明らかに『彼』は困惑していた。
しかし、言いたい事が上手くいえないのか、彼女達を上手くあしらえないでいるようなそんな表情。

「な・・・何事?」

「あれ?こだま先輩じゃないですか。どうしたんですか?」

ふと横から聞きなれた声がして、その方向を見ると八重樫つばさが不思議そうな顔をして立っていた。

「八重が・・・じゃなくて八重ちゃ・・・ちゃん、あの、桜井君どうしたの?」

何とかこだまを演じようと彼女のことを『八重ちゃん』と呼び、質問をする『こだま』につばさは疲れきった顔を浮かべた。

「あれですか・・・まあ、さくっち今日はなんか様子がおかしかったから
 心配してたんですが結果案の定だったといいますか・・・」

「一体何がどうしたのよ?何で桜井があんなにモテモテな訳?」

歯切れに悪いつばさに『こだま』の後ろからひかりが彼女に尋ねる。
つばさはひかりをちらりと見た後で、歯切れが悪そうに話し出す。

「そうですね・・・さっきもいいましたけど、さくっち朝から変だったんですよ。
 なんか、文字通り人が変わったっていうのか・・・。
 で、さっきの休み時間だったかな?クラスの女の子の一人がプリントを配るのをあのさくっちが手伝ったんですよ。
 やる気なし甲斐性なし知恵なしのさくっちが」

「んだと!?黙って聞いてりゃ・・・むぐう!!」

「それで?話の続きを」

思わずつばさに反論しようとする『こだま』の口を押さえつけてひかりは続きを促す。

「はあ、それでプリント配り終えた後であのさくっちが笑顔見せて
 その女の子に『困った時はお互い様だよ』なんて言うんですよ。もうきっつい冗談かと思いましたよ。
 それでクラス中の女子がその瞬間を見ていたもんだから一気に熱に浮かされちゃって。ほら、よくあるじゃないですか。
 怖い人が優しい一面を見せたら普通の人の何倍の優しく見える、みたいな現象が。
 さくっちの場合も正にそれで結果今の現状があるって訳ですね。
 まあ確かにさくっちって性格が破綻してるから中々気付かれないけど、顔の方は良い線いってますから
 そうなっても仕方ないと言えば仕方ないんですが・・・」

でも問題は・・・、とつばさはどうするべきかと言ったような表情で親指を一人の女性徒を指差す。
そこには自分の席に座って舞人の方を顔を真っ赤にして今にも爆発しそうな表情で
眺めている学園のプリンセス――星崎希望がいた。

「あの娘って・・・星崎希望じゃない。確か桜井の彼女の・・・って、ははあ・・・なるほどね」

「そうなんですよ・・・。ゾンミってばただでさえ焼きもち焼きなのに
 目の前で自分の恋人があんな状態になっちゃってたらねえ・・・。
 大体うちのクラスの女子も仮にあんなのでもプリンセスの彼氏に手を出そうとするなんて
 勇敢と言うか何と言えばいいか・・・」

まさしくありえないですよね、と苦笑するつばさを他所に『こだま』は心から動揺していた。
いや、我が身の終わりすら感じていたほどだ。
何故そのような状態になったのかはもう今では何の問題でもなかった。
今大事なのはただ一つ。いかにしてこの状況を打破するか、である。
このままではもし元の身体に戻れたとしてもきっと希望は怒り心頭で数日間は口すら聞いてもらえないだろう。それだけは避けねばならない。
どうすればよいのか頭を悩ませる『こだま』を後ろから見ていたひかりはしょうがないわね、といった表情で口を開く。

「桜井。今からこだまと星崎を連れてくるからあんたは屋上に先に行ってなさい。彼女に事情、説明したいんでしょう?」

「ええ、そりゃまあ・・・出来ればというか、俺の未来の為にも絶対に希望の誤解を解きたいんですけど・・・でも、姐さん」

ひかりの提案に『こだま』は多少、いや・・・大いに戸惑った。
彼女の言っている事は先ほどの彼女の考えとは大きく異なるものだったからだ。
ひかりはこの『入れ替わり現象』のことを当初は誰も信じてくれないだろうと持ち前のリアリストらしく舞人の考えを切って捨てた。それだけに彼女の言葉は意外だったのだ。

「ふん・・・別に良いわよ。身体が元に戻ったら後で山ほどこき使ってやるから覚悟だけはしときなさいよ」

それじゃあさっさと屋上に行ってなさい、と言い残しひかりは教室内へとずかずかと入っていった。
屋上へ向かい始めた『こだま』の背後から何故かクラスの女子達の大声が聞こえたのだが、あえて『こだま』は聞こえない振りをした。












昼休みも終わりを迎えようとしている時間に、ひかりは『舞人』と希望を連れて屋上へとやってきた。
走ってきたのか、三人とも息を切らしていて『こだま』は一瞬話し掛けるのを躊躇する。

「はあ・・・はあ・・・ひ、ひかり〜・・・やることが滅茶苦茶だよお〜・・・」

「う・・うっさいわねえ・・・あの状況から抜け出すには仕方なかったでしょうが!」

「で・・・でも・・・」

「ああもう!とにかく!私はちゃんと二人を連れてきたんだから!桜井、後はあんたがやりたいようにしなさい!」

『こだま』の方を向いて桜井、と呼ぶひかりを見て希望はクエスチョンマークを頭中に浮かべる。
そして『こだま』は意を決して口を開く。

「希望・・・落ち着いて聞いて欲しい。そこにいる俺は実は俺じゃないんだ」

「え?えっと・・・あの、里見・・・先輩ですよね。それってどういう・・・」

「いや、実は今こんなロリロリで一部の危ない方には大好評を受けそうな顔つきと身長をしてはいるが、
 俺は正真正銘あの世界一格好いいと噂の桜井舞人なんだ。
 こんなこと突然言っても信じられないって思う。でも、本当のことなんだ」

「ちょ、ちょっと桜井君!!それどういう意味よ!」

「あ〜・・・ちょっと訂正。こんなにも大人の香りで溢れた女性だが俺は正真正銘桜井舞人なんだよ」

「心がこもってない〜・・・うう〜・・・」

ぎゃあぎゃあと言い合う二人を希望はただ呆然とだけ見つめていた。
そんなどうしようもない様子を悟ったのか、呆れた顔でひかりが二人の頭を手で押さえつける。

「はいはい、あんたら星崎が困ってるっつーの。とにかくそういうことなのよ。
 桜井の身体にこだまが、こだまの身体に桜井が存在している。星崎はこんなこと信じられる?」

ひかりの言葉を受け、希望は少し考え込んで、首をゆっくりと縦に振った。
その彼女の余りの理解力の速さに『こだま』はええ!?っと思わず声を上げた。

「おい!希望お前本当に信じてくれるのか!?
 いや、俺としては信じてもらわないとどうしようもないっていうか、困るんだが!
 だってこんな現実離れしたことに疑いとか思わないのか!?」

「・・・うん。だって、本当のことなんでしょ?私は里見せんぱ・・・ううん、舞人君の言う事を信じるよ。
 それに信じなかったら今日の一日の舞人君が本物ってことになっちゃうから・・・そんなの嫌だよ・・・」

「今日の一日の俺って・・・こ、こだま先輩っ!?あんたは一体人の身体で何をやらかしてきたんですか!?
 まさかクラスでおもむろに全裸になったりとかですか!?」

「なっ、何もやってないよお!普通に桜井君を演じてたよ!」

「ち、違うの!こんなこと言うの自分でも凄く駄目だって思うけど、
 今日みたいにみんなに舞人君が優しくすると、凄く嫌なの・・・不安になっちゃうの。
 それに今日舞人君私にどこか余所余所しかったから・・・それで・・・」

「の、希望・・・馬鹿!俺にはお前だけだ!俺はお前だけが好きなんだから安心してろ!!」

「ま・・・舞人君・・・」

泣き出しそうな顔をした希望を『こだま』が強く抱きしめる。
本来ならばそれは映画のワンシーンのような光景になり得たのかもしれない。そう、本来ならば・・・

「あの・・・凄く美しい愛を感じるんだけど・・・」

「身体がこだまだからねえ・・・正直桜井が抱きしめられてるみたいよ・・・」

「それに・・・あ、あはは・・・何だかねえ・・・」

「・・・そうね・・・言いたくはないけど・・・」

二人の何とも言えない視線にいたたまれなくなり、『こだま』は希望から離れる。
少し気まずい雰囲気が屋上を支配している中、そんな空気を払いのけるかのように『こだま』は疑問を口にした。

「と、とにかく希望の誤解は解けたのはいいんですがマジでこれからどうすればいいんだ?
 俺一生この身体だと凄く困るんだけど・・・」

「わ、私だってそうだよ!何とか戻らないと私一生男の子だよ!」

「まあお約束としてはまた思いっきり頭をぶつければ元通り、ってところなんだろうけど。
 現実はそんなに甘いものかしらねえ」

「やる前から絶望の淵に叩き落すようなこと平然と言わないで下さいよ!!
 せめて『やってみるだけの価値はあるわね』とか『少なくとも可能性はあるわね』とか
 『実は私ずっと前から桜井君のことが好きだったの』くらいは言って下さいよ!!」

「あんたねえ・・・自分の寿命を縮めるような冗談言わない方がいいわよ。今はこだまの身体だから免じてあげるけど」

「とにかく!やっぱり可能性としては思いっきり頭をぶつけて元通りってのが一番高いはずです!
 俺としてはこのある意味いい趣味を持ったお兄様方に言い寄られてきそうな
 グレートボディとはおさらばして元の超美形ハードボイルドフェイスに戻りたいんですよ!」

「色々と何かひっかかるけど・・・うん。私もやってみる価値があると思うよひかり。
 何もしないよりは少しでもやれることをやってみないと」

「まあ、確かにそうね。じゃあせーのでいってみましょうか。はい、じゃあせーの・・・」

おもむろにひかりは『こだま』頭を鷲掴みにして『舞人』の方へ狙いをつける。その様子はさながら狙撃手とでもいうのか。
何が起こったのかさっぱり理解できない『こだま』を尻目にひかりの手にかける力は全く緩める気配を見せない。そして――

「わあっ!!ひかり早過ぎ!!」

「それ!!!」

文字通り、『こだま』を舞人に投げつけた――

















こうしてこだまは元の身体に戻ることが出来た。


こうしてこだまは元の身体に戻ることが出来た。


こうしてこだまは・・・



「世の中ってままならないものねえ・・・」

「「遠い目をして他人事のように言うなあああああ!!!!!!!!!」」



気絶してる『舞人』を他所に『こだま』は屋上一帯に響き渡るほどの咆哮を上げていた。
そう、こだまは元の身体へ戻ることが出来たのだ。こだま『だけ』は。
問題なのはこだまの体内に未だ舞人がいるということなのだ。つ
まり今『こだま』の中に舞人とこだまの二人が存在しているということになるのだ。
ちなみに彼らが元の身体に戻るまでに丸一日費やし、二人が散々な目にあったというのはまた別のお話。


「「もう嫌あああああああああ!!!!!!!!!!!!」」















もしSSを楽しんで頂けたなら、押して頂けると嬉しいです。









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