「仕方が・・・仕方がないんだ・・・。俺にはもう・・・」

小さく紡がれたその言葉に直立している青年は更に顔をしかめた。
その瞳には地面に倒れている青年に対する激しい感情が渦巻いていた。

「・・・もういい。貴様には本当に失望した。もう二度と彼女の・・・小町さんの側に近寄るな!!」

そう吐き捨てて赤い髪の青年は走り去っていった。
その後ろ姿を倒れた青年は虚ろな瞳で見つめていた。そうして今彼は全てを悟ったのだ。




「これでもう・・・本当に終わったんだな・・・」




彼の頬を伝う涙は止められそうにも無かった。












癒されぬもの












新しい春を向かえ、桜の舞う通学路を彼、桜井舞人はゆっくりと歩いていた。
今日から最上級生となるのだが彼にとってはどうでもいいことだった。
春休みが終わり、ただいつもの変わらない日常が流れるだけ。ただそれだけなのだ。
彼にとっては全てが疎ましかった。時の流れも、過ぎ行く人々も、そして自分自身も。
学校の門を通り過ぎて張り出されている新しいクラス表に目を通す。そこにはC組の所に自分の名前が表記されていた。
そしてそのクラスに友人だった人が一人としていなかったことに安堵する。
人の群れを離れ、彼は自分のクラスへそそくさと向かっていった。



新しいクラスに入ると数人の生徒が既に登校していた。そして彼のほうを見つめる。
ある者はさっと目をすぐに反らし、またある者はひそひそと何かを噂していた。
そんな様子を彼は気にするでもなく黒板に書かれている自分の席に着座した。
周りはそんな彼を冷たく見放した様子で観察していた。まるで腫れ物を扱うかのように。
そうして時間は過ぎ、チャイムと共に新しい教師が入ってきた。普通にどこにでもいるような体育会系ではあった。
バラバラと席について静かになると教師が口を開いた。

「あー、これからこのC組を受け持つことになった村山だ。色々あるとは思うがこの一年を有意義に過ごして貰いたい」

そんなセリフの後に教師は延々と三年の心得について話していたが舞人は少しも聞こうとせずに窓の外を見やっていた。
そこには一面に青空が広がり、時々吹く風は春の暖かさを感じさせてくれた。
そんな温もりを感じるたびに涙を流していた自分を思い出す。それは諦めてないから。諦められないから。
しかし、今の彼にはそんな感情は皆無だった。そのことが彼は一番悔しかった。
気付くとホームルームは終わり、ある一点に人だかりが出来ていた。

「ねえ、何処から来たの?」

「どうしてこんな時期に?」

そんな言葉が矢継ぎ早に聞こえてくる。どうやら転校生らしかった。
しかし、舞人は関心を示さなかった。ただこんな時期に酔狂な奴もいるんだなとは感じたが。

「あれ?何処かに行くの?案内しようか?」

「いいえ、大事な用だからいいわ」

折角のクラスメイトの誘いも断り転校生は席を立った。
スタスタと歩いてきて何故か舞人の席の前に来た。

「・・・誰かは知らないが用も無いのに俺の前に立たないでくれ。邪魔だ」

顔も見ずに舞人は簡潔に言い放つ。
しかし、転校生はどこうともせずにじっと舞人の前で突っ立っていた。

「・・・聞こえないのか?俺はどけと・・・ぐがっ!!」

言葉を繋げようとした瞬間舞人の顔に強い衝撃が走った。クラスメイトは唖然としていた。
それもそうだろう。転校生が突然舞人の顔を思いっきりグーで殴ったのだから。

「久々に顔を見たと思ったら・・・随分いい感じに腑抜けたんじゃない?桜井」

舞人はゆっくりと転校生の顔を見据えた。
青髪のツインテールの女で顔立ちは整っており、人を殴るような女性は世界広しといえども彼は一人しか知らなかった。

「・・・まさか・・・七瀬か・・・?」

その言葉に彼女は少し微笑んだ。それは当たりというような意味が込められていた。

「さあ、どういうことか少し説明して貰おうかしら。あなたや小町に何が起こったのかをね」

久しぶりに見た幼馴染は昔と変わらないままだったと彼は心から喜んだ。
















「何でお前がここにいるんだよ」

学校の屋上に着き、舞人は疑問を口にした。
先ほど一時限目のチャイムが鳴り渡り、二人はサボりという形で屋上に居ることになる。

「馬鹿ね。そんなの転校したからに決まってるじゃない。私、七瀬留美は今日からここ『桜坂学園』に編入したのよ」

「はっ、雫内高校から尾根高校とかいうところに転校したと思ったら今度はここかよ。お前の人生転校だらけだな」

「まあね。私らしくはあるんじゃない?」

あはは、と七瀬は笑う。ただそれだけのことなのに舞人には何年振りの他人の笑顔だろうかと感じてしまう。

「それにしてもアンタ本当に変わったわね。何人生終わってますみたいな顔しちゃってるのよ」

「何とでも言え。この顔は生まれつきなんだよ」

「ふーん、小町は牧島くんと付き合って春真っ只中って感じなのに」

「・・・小町に会ったのか?」

小町という言葉に舞人は反応する。

「ええ。あの娘はやっぱり可愛くなったわね。私の目に狂いはなかったってとこかしら」

「ああ、そうだな。確かにあいつは可愛くなった・・・」

七瀬は少し面食らったような顔で舞人を見つめた。毒舌かつ偏屈な彼からはそのイメージは想像出来なかった。

「何だよ、その顔は。俺が小町を褒めちゃおかしいか?」

「うん、まあ・・・ちょっとだけ。昔のアンタなら『何処が可愛いんだ。眼科へ行け』くらいは言ってたわよ」

「ははっ、余程昔の俺は偏屈だったんだな・・・じゃあ、そう言い直そう」

「いいわよ、言い直さなくても。・・・アンタ小町のこと好きなんじゃない?」

舞人は一瞬考えるような素振りをして、口を開く。

「・・・だったのかもな。でも俺が幸せにしたいとかそういう願望はもうないさ。あいつには牧島がついている」

「なんだ。失恋真っ只中って訳か。ご愁傷様だね」

「ほっとけ」

明るく言う七瀬の笑顔に舞人は思わず顔を背ける。今の彼にその笑顔は正直眩しすぎた。
七瀬はゆっくりと歩き出し、フェンスへと近づいていく。

「・・・今回は憶えているんだね」

「?何か言ったか」

何も、と首を振り、七瀬は身体をこちらに向けた。

「まあ、話を戻すわね。ここに転校した理由は幾つかある訳。
 一つは馬鹿な幼馴染が二人もいるから。一つはある人に頼みごとをされたから。もう一つはまあ・・・こっちの事情よ」

「ふん・・・相変わらず突発的な思考行動だ。俺には真似出来ない」

「でしょうね。だからアンタは今でも同じことを繰り返してウジウジしてるんだ」

七瀬の言葉に苛立ちを隠せず、舞人は七瀬を睨む。しかし、それ以上に七瀬の発した言葉に囚われる。

「同じことを繰り返す・・・だと?」

舞人に言葉に七瀬はふふっと含み笑いをする。まるで全てを見透かしているかのように。

「桜井、アンタは繰り返してるのよ。小町との恋愛を」

「なっ!?」

舞人は驚愕する。当然だ、彼と小町は幼い頃からの付き合いだが、恋愛へと発展したのは前回が初めてなのだから。

「アンタの中では小町とは初めて付き合ったってことになっているんだろうけどそれは間違い。
 あなたは過去二度小町と付き合っているわ」

「ふ、ふざけるなよ七瀬。そんなの俺の記憶には・・・」

「ええ、ないでしょうね。あなた達は失恋をする度その時の記憶を失っているのだから。
 いや、記憶を失う度失恋をしているのかな」

舞人には七瀬が何を言っているのか理解できなかった。否、理解したくはなかったのだ。
身体が乾ききって全身に警鐘が鳴っている。これ以上話を聞くな、と。

「再会、恋愛、失恋。再会、恋愛、失恋。この三拍子が未来永劫続くのかとさえ私は思った」

「や・・・めろ」

急に頭痛が生じた。容赦なく七瀬の言葉は舞人を締め付ける。
マズイ、マズイ、このまま聞き続けるとまた大事な何かを失ってしまうと。

「でもね、今回あるイレギュラーが発生したの。それはアンタが未だ記憶を失っていない事。
 どうしてかは分からないけどアンタは憶えてる。小町との記憶を、思い出を、温もりを。
 それがどういうことか分かる?」

分かるわけがない。舞人は当然のようにそう思った。
そもそも以前に何度も小町と恋愛をしていたなんて有り得ない。有り得てはならないのだ。
もし、それを認めるとしたらこの桜学での彼らの思いは、生まれて消えた絆は、初恋はリメイク版。つまりただ同じ道を辿っていただけのこととなってしまう。

「それはアンタがこの悲しみしか生まない『メビウスの輪』を破壊出来たかもしれないという証なんだと私は思う。
 強い意志を持ち、彼女を信じ、願い続ければあるいは」

「やめろ!!」

七瀬に静止の言葉を吐き出し、舞人は思わずコンクリートにうずくまる。
七瀬は感情のない目で舞人を見下ろしていた。

「もういい、もういいだろ!何だよ・・・じゃあ俺が、俺が小町を諦めたから・・・挫折しちまったからいけなかったのかよ・・・」

「そうは言っていないわ。アンタがどれ位辛かったのかは過去二回を見てきたから理解しているつもり。
 ただ、アンタはいつまでそこにいるつもりなの?どうして簡単に小町を諦めるわけ?」

「・・・どうしようもないんだよ。小町は・・・小町は俺じゃだめなんだよ・・・」

「いい加減にしなさいよ、アンタ!!」

七瀬は舞人の胸倉を掴み、全力で引き上げた。
七瀬の目は本当に怒りを露にしており、いつ彼に襲い掛かってもおかしくは無いほどだ。

「いつまで悲劇のヒーローぶってんのよ!自分だけが不幸だと思って他の人を避けて!あまつさえどうしようもない?
 はっ、思い違いもいいところだわ。いい、アンタは確かに辛いかもしれないけど立ち上がらないと、
 頑張らないと何も変わりはしないんだよ!
 小町とのことを何で一人で抱え込もうとするのよ!アンタは一人じゃないでしょ!?
 この学校でも友達がいたんでしょう!?それに舞子さんや、私だっているのに、
 何でアンタは!自分が一人じゃないってことが分からないのよおっ!!」

七瀬の頬から涙が流れた。その涙は誰の為のモノだろうか。
七瀬の叫びはもはや独白に近いものがあった。それは自分一人が傷付く事で誰とも関わろうと、
頼ろうとしなかった舞人への言葉。
他人を考えたからこそ舞人は小町から、級友から、そして人から離れていった。
もう二度とあんな想いはしたくも、させたくもなかったから。
でも、本当は気付いていたのかもしれない。七瀬に言われるまでも無くそれが『逃げ』だと。
再び別れを経験するのが怖かったのだけなのだと。
分かっていた、分かっていた、本当は分かっていたんだ。本当に彼女を『想う』なら。前に進まなきゃいけないんだって。







「!」





気付けば舞人は七瀬を抱きしめていた。それは恋愛など関係なく、本当に純粋な感情のみで表された行動だった。
ただ、長いトンネルに閉じ込められていた『僕』に優しく手を差し伸べてくれた『君』への『ありがとう』。

「ごめん・・・ごめんな、七瀬。やっと分かった。前に進まなきゃ何も始まらないんだ。
 それで駄目だったとしても俺にはお前が、みんながいるんだってことが。
 俺は一人じゃないんだ」

「桜井・・・うぅ・・・」

涙が止まらない七瀬を舞人は力強く抱きしめた。自分のことでこんなにも泣いてくれる少女がいる。
そんな親友に心から感謝したい。これでもう立ち止まることはもうないのだから・・・。


























どれくらいそうしていただろうか。気がつけば昼前になり、下校する生徒が出始めていた。
今日は始業式なので学校が昼までなのだ。

「さて、んじゃちょっくら行ってくる」

コンクリートに座り込んでいた舞人が立ち上がり、それにつられて七瀬も立ち上がる。

「行くって何処に?帰宅?」

七瀬の質問に舞人は笑って答える。

「けじめを付けてくるよ。結果がどんな風になったとしても前を見て歩きだしたいんだ」

けじめを付ける。それは彼が三度も想い続けた人に対するきっと最後の想いを告げること。
きっとその想いは伝わる事はない。けれどそれは彼の新たなスタートに変わる。

「そう。再失恋パーティーは何処で開く予定?」

そう、例えそれが辛い事でも。

「おいおい、早くもそれかよ。縁起が悪い事この上ないな」

それが悲しいことでも。

「楽しみにしてるわよ。帰ってくるまでここで待ってるからちゃんと来なさいよ」

きっと彼なら乗り越えていける。

「・・・七瀬、ありがとな」

きっと彼女なら支えていける。

「礼なんかいらないわよ。だって私たち・・・」

だって彼らは・・・










一人じゃないから・・・


「親友でしょ!」











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