このSSはこだま先輩ルートBADEND後の話です。
こだま先輩の記憶(?)はまだ戻っていません。








それは舞い散る桜のように
〜another story〜













「・・・という訳で玉ねぎは冷やしておくと涙は流れないのだ」

「ああ?冷やすだけで?それは無理があるんじゃないか?」

春先の新たな教室でとある二人の男たちが何やら雑談に投じていた。

「ふふん、冷やす事で玉ねぎ内にある涙腺を刺激する成分は身を潜め、新たな野菜へと変貌するのだ。間違ってももう水中ゴーグルなんてつけちゃいけないよ?」

「くっ・・・くそお!負けちまったあ!!」

銀色とも白ともとれる髪の色をした男――相楽山彦は大きくリアクションをとったが、すぐにいつもの表情に戻した。

「・・・って、別に悔しくもないけどな」

「まあ・・・そうだな。別段何を賭けていたのでもないし」

こうして二人の『ガチンコ!コラム対決』は集結を迎えた。時計は五時を指しているので約一時間は教室で遊んでいた事になる。

「そろそろこの対決もネタ切れだよな。まあ一年以上していたら仕方ないけど」

「バカモノ!俺はこの勝負のために日夜図書館に通っているんだぞ!ネタ切れなのは貴様の努力不足だ!」

「何でお前はそう無駄な事に体力を使うんだよ・・・」

「無駄じゃないぞ。この前なんかヤシの木の育て方を一から学んでしまったしな。まず肥料にな・・・」

「日本でヤシを育てるのかお前は」

「南国生まれの俺としては故郷のことは一植物のことまで全て知りたいと思ったんだ」

「お前の出身の雫内は北国だろう・・・」

「いや、実はハワイで生まれたんだ。見るがいい、この本場で揉まれた腰つきを」

先程から冗談言っている男――桜井舞人はゆらゆらと不恰好なフラダンスを踊り出した。それを見て山彦はあきれかえった。

「どうでもいいけど、お前部活に行かなくていいのか?新部長さん」

「ふん、あんな人をパシリ代わりにする魔女どもの巣窟に誰が行くか。あんなトコに行く位ならその辺の棒切れだけでRPGのラスボスに戦いを挑むわ」

「おいおい、今日から新入部員の勧誘が始まるんだろ。流石に部長がいないとまずいんじゃないか?」

「うちの部では部長と書いて下僕と読む新たな制度が本年度より採択されました。俺を前年度の極道眼鏡と同一化するな」

「お・・・おい・・・」

急に凍りついた山彦の表情も気にせず舞人はまくし立てる。

「大体、あの眼鏡は何処を見て俺を部長にしたんだ。眼鏡の度が180度くらい狂ってるぞ。大学行く前に眼科へ行けっつーの」

「あ、あわわ・・・」

「それに奴らも奴らだ。俺を奴隷として日々酷使しやがって。特にあの切れ目極道眼鏡ジュニアめ。
 姉妹共々いつか俺がドラム缶に詰めて桜学のプールに沈めてその横で一人ゆったりとトロピカルジュースを飲んで爽やかに一日を送ってやる!」

「その切れ目極道眼鏡ジュニアって誰の事?」

「そんなの決まっておろう。あんの短気で暴力をすぐ奮う姉とほぼ変わらない遺伝子を持ちつつも更に同級ということもあるのか姉以上に俺をいじめる
 世界で一番陰湿な文芸部一恐ろしい女、結城はるかに決まっておろう・・・」

声の質が山彦にしてはやけに高かったことを疑問に感じ、ふと前方を見ると友人の姿は既に無かった。どうやら逃げたらしい。

「あんた人の事といいお姉ちゃんの事といいそんな風に見てたんだ」

どうやらこの声の持ち主は舞人の後ろにいるらしい。しかし、彼は振り向こうとしなかった。いや、出来なかった。

「も・・・もしかして話聞こえてたとかですか?」

かたことの日本語で舞人は背後の女性に話し掛ける。この姿は決して親には見せられないくらい情けない。
舞人は恐る恐る後ろを振り向くと一人の眼鏡をかけた女生徒が笑顔で立っていた。いや、顔では笑っていたが恐ろしいくらいの負のオーラを纏っている。
彼女の名は結城はるか。先程舞人が散々罵倒した人物である。彼女は文芸部の前部長である結城ひかりの妹で舞人の同級生であり文芸部の副部長にあたる。

「まあ大体はね。新入部員の説明会準備に来ていないって平塚が困っていたから探してみればつばさの言う通り教室で相楽と遊んでいるんだから」

「つばさ?八重樫か!あの釣り目め・・・覚えてろよ」

「他人のことより自分の心配した方がいいんじゃない?死ぬ?殺される?逝く?」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい。先程のことは言葉のあやといいますか、男には引けぬ時ってやつが・・・」

「分かった、分かった。続きは後でじっっっっくりと聞かせてもらうから」

「待て!そっちは図書館じゃないだろ!誰か、殺される!!」

その女性は舞人の首襟を掴んで歩き出した。彼は引きずられるように(実際に引きずられてはいるのだが)教室を後にした。




















図書館は放課後、文芸部の部室となり、今は生徒も三人しか図書館にはいなかった。
そんな中一人の少女は一つのノートに読みふけっていた。そのノートはとある物語が手書きで書かれていた。
彼女はその手書きの物語を何度も何度も読み返していた。それは今日に始まったことではない。
このノートに込められた想いを彼女は知っていた。そしてそれが決して叶わない・・・いや、叶わなかった想いだということも。

「かーな!何やってんの?」

ノートを読むのに没頭していた少女は顔を上げた。そこには見知った親友の顔があった。

「あ・・・智里」

「それ・・・こだま先輩のノートじゃない。また読んでるの?」

智里の言葉に加奈と呼ばれた少女は顔を曇らせた。その様子を見て智里は溜息をつく。

「あのねえ・・・確かにこだま先輩とさくっち先輩のことは悲劇としか言えないけどさ。加奈がいつもそんな顔することないよ」

「うん・・・分かってる。分かってるんだけど・・・どうしても・・・」

「・・・まあいいわ。それだけ加奈が先輩のことが好きってことでもあるんだからさ」

「!!な、何てこと言うの智里!わ、私は別に桜井先輩のこと・・・」

急に赤面し始めた加奈に対して智里はしてやったりと笑みを零す。

「あっれ〜?私はこだま先輩のことを言ったんだけどな〜。そうかそうか〜加奈ちゃんはさくっち先輩が〜」

「わー!わー!違う違う違うよ〜!」

大声を出して否定の意を表すが智里は受け入れようとせず、ただひたすら笑っていた。こんなことはいつものことだが。
加奈と呼ばれた女の子は平塚加奈といい、文芸部に所属する二年生である。
そして智里と呼ばれた女の子は遠野智里といい、加奈と同じく文芸部に所属する二年生である。

「そういえばさ。もう新入部生が来ててもいい時間なのに何で誰もいないの?」

「ううん・・・多分長原先輩が新入生を図書館まで案内してるからじゃないかな」

「はあ?ともちゃん先輩が案内?あの人未だに図書館まで無事に来れないじゃない。何であの人にさせてるの?」

「それは結城先輩が桜井先輩を探してくるからその時間稼ぎにって」

「ああ、確かに新入部を祝うのに部長不在じゃまずいもんね。はる先輩いつ頃出た?」

「ん〜・・・詳しくは覚えてないけど二十分くらい前かな」

「それならすぐ来るか。しかし、さくっち先輩もよくやるよね。はる先輩から逃げられるわけ無いのに」

「あはは・・・結城先輩足速いからね」

「噂をすればなんとやら。帰ってきたみたいだよ、お二人が」

智里は顎でドアを指し、加奈はそちらを向いた。ガラッと図書館の引き戸が開き、舞人とはるかがさっと入ってくる。

「こんにちわ。はる先輩、さくっち先輩・・・ってどうしたんですかその顔」

「なっ!こら、遠野。お前仮にも宇宙一の紳士と謳われてきたこのコスモ・ダンディー舞人に対して顔を侮辱するとは何事だ!」

「いえ・・・桜井先輩、顔が赤いし・・・少し腫れてますけど」

加奈の言う通り舞人の顔は赤く少々腫れており、女性のものと思しき手形がついていた。

「自業自得よ。それより朋絵はまだ来てないわね?」

「はい。ともちゃん先輩のことだから迷子になっちゃってるんじゃないですか?」

「ちょっと待て。俺の頬は無視か」

「五月蝿い。あんたは今から部活サボろうとした罰で反省文でも書いてなさい」

「さくっち先輩なら大丈夫でしょ。死んでも死にそうにないし」

「せ・・・先輩、あの、よろしければ手当てしましょうか?」

「おお、流石は加奈ちゃん。どこぞの暴力バイオレンス女や冷血おしゃべり娘とは違うね。叔父さん、嬉しくて泣きそうだよ」

「あんたねえ・・・まあいいわ。それより朋絵以外は全員いる?」

「小町が来てないですよ。後なつきはあそこで寝てます」

智里が指差した方には辞書を枕にしてうたた寝をしている女生徒が一人いた。

「雪村?あいつ今日学校来てたぞ。さてはあいつもきっとサボりだな。おい、どうする副部長」

「小町は金曜以外はサッカー部のマネージャーでしょ。正当な理由だわ。誰かと違ってね」

「ぐっ・・・!差別反対!」

「それじゃ、新入部生がくるまで各自楽にしてていいわよ。桜井以外ね」

「んな!ぷじゃけるなよ結城。俺はそれまでの間何をしてればいいんだよ!」

舞人の言葉の返答として、はるかはめんどくさそうに何も書かれてない原稿用紙を渡した。

「だから、反・省・文。今日までに私が納得のいく文を書かないとお姉ちゃんにばらすからね」







「・・・『親愛なるおふくろ様、この賢息の先立つ不幸をお許しください。
 私の墓には世界で一番ハードボイルドな漢(おとこ)と形容詞をつけて名を刻み付けてください・・・」

「さくっち先輩、それじゃ遺書じゃないですか。しかも自分で自分のことハードボイルドとか言ってるし・・・」

「事実だからな。世界広しといえど、俺に勝るナイスクールガイはいないだろう。
 まあ、言っちゃえばデカポリオもショワルドネッガーも俺の敵ではないな」

「や、ありえないですから」

「ぐっ・・・遠野、お前何処でそんな言葉を覚えたんだ。その言葉はダブルで俺の中のNGワードにランクインしているんだぞ」

「勿論八重ちゃん先輩とゾンミ先輩からの引用ですけど。大体、自分で言う自体おかしいですよ」

「そんなことはない。真実を述べる事はおかしい訳がない。なあ、加奈ちゃん」

「えっ!?わ、私は・・・そのっ・・・」

急に話を振られて加奈は大いに慌てた。その様子を見て智里はいつもの忍び笑いを浮かべる。

「加奈に聞いちゃだめだよ先輩。加奈が人の悪口なんて言えるわけないですよ。特にさくっち先輩のとかね」

「あ・・・あうう・・・」

「ううっ・・・なんていい子なんだ、加奈ちゃんは。何処かの誰かさんも見習ってもらいたいものだなあ!!」

「やかましい!!」

わざと聞こえるような声で叫んだ舞人に容赦なくはるかは辞書を投げつけた。
ゴツ!っと鈍い音と共に舞人は座っていた椅子から倒れ落ちる。

「お前・・・いくらなんでも辞書はないだろうに・・・」

「うっわ〜、さくっち先輩生きてるよ。普通死にますってば」

「結城先輩・・・流石にやりすぎじゃ・・・」

「甘いわよ平塚。こいつは一日十回は死んだほうが世のためになるわ」

「あ、それ賛成かもです」

「お、お前らなあ!」

舞人が立ち上がろうとしたときガラッと図書館のドアが開いた。

「ただいま〜。やっと到着したよ〜」

疲れた〜、と一人の女生徒がふらふらと入ってくる。

「おかえり、朋絵。アンタ滅茶苦茶遅かったけどまた迷ったとかじゃないでしょうね」

はるかの一言にあはは、と智里が笑う。

「聞いちゃ駄目ですよ、はる先輩。多分当たってますから」

「むむむ・・・はるかも智里ちゃんも酷い言い草だよ。私はいつも道に迷っている訳じゃないよ」

「でも迷ってたんだろ。今日も」

「桜井君まで・・・いいですよ、どうせ私は方向音痴ですよ〜だ」

そう言って朋絵と呼ばれた少女はぷくっと頬を膨らませた。
彼女の名は長原朋絵といい、舞人やはるかと同じ三年生である。

「それよりちゃんと一年生連れてきたの?」

「ふっふっふ・・・心配しなくてもあのドアの向こうに来てるよ。例年のノルマでもある一人!」

おおーっ!と歓喜の声が上がるなか舞人は一人不思議そうな顔をした。

「ちょ、ちょっと待て。新入部員が一人って少ないんじゃないのか?だって俺たち三年は三人だし二年も四人だぜ?」

「馬鹿ね。入学して間もなくこの部に入ったって人は少ないのよ。三年では私、二年では平塚だけだし」

「あっれえ?はる先輩、すぐに入った三年は三人じゃないんですかあ?」

「ああ、そうだったわね。どっかの誰かさんもすぐ入ってたんだっけえ?」

「と、遠野!お前余計なことを言うな!」

はるかと智里が舞人をからかっているのを見て、朋絵は口を挟む。

「ね〜ね〜、新入生もうここに入れていいでしょ。待たせちゃ悪いし」

「先輩待って下さい。その子の印象はどんな感じでした?まずは相手の情報が先ですよ」

「情報って、遠野は新入生と戦争でもするのか?」

「いえいえ、相手を自分だけの第一印象で決め付けるってことがしたくないだけですよ。だからかな」

「うーん・・・その子は女の子なんだけど、とても明るかったなあ。とてもいい子だよ、きっと。みんなすぐに仲良くなれるよ」

「・・・長原に聞いたのがお前の敗因だな。こいつが人を悪く言うものか」

「言わないで下さい・・・。私も自分でそう痛感してるところです」

「はいはい、話はそこまで。朋絵、入れてあげて」

「うん、分かった。入って来ていいよー!」

朋絵が呼びかけると向こうから再びゆっくりと図書室のドアが開かれた。

そして入ってきた女の子の姿に舞人は驚きの声をあげる。

「かっ、かぐらちゃん!?」

そこには舞人にとっての幼馴染であり、少し前に自分のいるアパートに住んでいた隣人の親友である少女が立っていた。

「舞人さん!お久しぶりです!
 えっと、何とか頑張って先輩が通学しているここ桜坂学園に私、芹沢かぐらは無事入学する事が出来ました!
 これからも色々とご迷惑をかけるかもしれませんが、どうか色々とご指導の程お願いします!」

かぐらちゃんと呼ばれた少女は深々とお辞儀をする。舞人は驚きのあまり固まったままだ。

「えっ、何?さくっち先輩の知り合い?」

智里の一言をきっかけに全員が一斉に舞人の方を向いた。

「あ、ああ。彼女は芹沢かぐらちゃんといって一言で言うと俺の友達であり幼馴染であり隣人だった人の友人であり」

「あんた一言って意味を辞書で調べ直した方がいいわよ。
 それより・・・かぐらちゃんだったかしら。文芸部で変な奴はコイツだけだから勘違いしないようにね」

ひかりの言葉に返す言葉もなく、舞人はうなだれる。
それを見てかぐらはくすっと笑みを浮かべていた。

「じゃあ改めて自己紹介をしてくれるかな」

「あ、申し遅れました。私は一年C組、芹沢かぐらといいます。どうかよろしくお願いします」

自己紹介を終えて、部員全員でぱちぱちぱちと揃って息の合った拍手をする。
拍手が鳴り止んだところで舞人が一歩前へ出る。

「それじゃ、かぐらちゃんは入部届けを顧問の先生に出しておくようにね。
 じゃあ、改めて言うことでもないけど俺は桜井舞人。かぐらちゃんの入部を心から歓迎するよ」

「さくっち先輩って香奈やかぐらちゃん相手だと優しい口調というか偽善者っぽくなるんですね。
 あ、私は二年の遠野智里。よろしくね」

「同じく二年の平塚加奈です。これから色々と一緒に頑張っていこうね」

「三年、結城はるかよ。この部の副部長をやってるから、分からない事があったりしたら私に言って」

「私も三年生の長原朋絵だよ。指導するのは下手だけど精一杯私も頑張るからね」

「あと二人いるんだが一人は今日来てないので後日紹介するよ。
 もう一人は・・・まあ、幽霊部員だと思ってくれて構わない」

「もう一人・・・って、もしかしてあそこで寝ている方ですか?」

「まあ、そういうことになる。あいつは二年の橋崎なつきと言って常に寝てるような奴だから気にしないでいいよ」

「うーん・・・。なっちゃんが起きてるときに自己紹介したほうが良かったかな」

「そんなことしてたら日が暮れるでしょうが。まあ、小町となつきは後で自己紹介させるわね」

「じゃあ、話もまとまったところで『シャルルマーニュ』で歓迎パーティーにしましょう!」




















一時間ほど前に日が落ちた町並みを一組の男女――桜井舞人と平塚加奈が歩いていた。
彼らが共に帰る理由は一つ、単に家の方角が同じだからだ。
春の夜ということもあり、以前ほどの寒さはない街道を二人は進んでいく。
賑やかだった歓迎パーティー後の帰途は余計に静かに感じられた。

「・・・しかし本当にかぐらちゃんが入学出来たとは思わなかったな。本当に今日は驚かされた」

「かぐらちゃんもきっと受験勉強をいっぱい頑張ったんですよ。簡単に入れる学校ではありませんし」

「ああ、正直かぐらちゃんの学力じゃ無理かな、なんて思ってたとは本人には死んでも言えないな」

「ふふっ、本人の前では言っちゃいけませんよ、先輩」

「分かってますとも・・・あ・・・」

急に舞人の足が化石化したように止まり、立ち止まった。
そんな舞人を不思議に思い、香奈は舞人の顔を見ると視線をある一点にのみ集中させていることに気付いた。

「先輩、どうかしましたか・・・」

言って香奈はその理由に気付いた。舞人の視線の先にはとある書店があった。
そこからバイト上がりだろうか、ちょうど店から出てきたばかりの青髪の女性が立っていた。

「こ、こだまさん・・・」

舞人の口から途切れるように言葉が吐き出された。
向こうはこちらに気付いているのかゆっくりとこちらへ歩いてきている。
そう、舞人が、香奈がその人を知らないわけが無かった。いや、忘れられるはずが無かったのだ。
だって彼女は――里見こだまは――

「こんばんわ、香奈ちゃん」

「こ、こんばんわ・・・こだま先輩」

こだまの挨拶に香奈はどもりながらも答える。
返答されたことにかこだまは嬉しそうに笑っている。

「良かった〜。私、もしかしたら人違いかもしれないって思っちゃったんだから。
 もう、先輩から目を逸らすなんて失礼だよ」

「す・・・すいません。あの、その・・・」

香奈は再びどもってしまう。
そう。彼女里見こだまは去年まで私立桜坂学園に在籍していた文芸部のOGで香奈や舞人の先輩である。
そして、彼女と舞人はある悲劇が起こるまで恋人だった間柄だったのだ。

「この時期のこんな時間まで制服ってことは文芸部新入部員歓迎『シャルルマーニュ』帰りかな。懐かしいなあ」

こだまが一言言葉を発する度に舞人は心の奥で何かが壊れていくのを感じた。
これ以上一緒にいてはいけないという警鐘が体中で鳴り響いている。これ以上一緒にいるとお前の大切なものが壊れる、と。

「じゃあ、香奈ちゃん・・・俺、先に帰るから」

「あっ、先輩!?」

香奈の返答を待たずして舞人は歩き出した。再び彼女からあの言葉を投げつけられるのが怖かったのだ。
舞人が見えなくなるとこだまは困った顔をして呟いた。

「もしかして私、迷惑だったかな・・・それに」

そこから先は聞きたくなかった。自分の大切な人から放たれる禁忌の言葉。
香奈はひたすら拳を強く握り締めていた。彼女から発せられる言葉に怒りを覚えないように。








「それに今の人、香奈ちゃんの知ってる人?」















桜の咲き乱れた夜の丘はとても妖しい色彩を放っていた。
月明かりが花弁を照らし、風が草木を撫で、あたかも人間の踏み入れてはならない領域を作り出したかのようだ。
数多くの桜が生えている丘に舞人は寝転んでいた。旧友の訪れを待つように。

「やあ、今日はまた一段と傷付いたみたいじゃないか」

懐かしい声が発せられ舞人はその方角を向く。そこには中性的な顔立ちをした男が立っていた。

「いい加減彼女が思い出すかもしれないなんて淡い幻想を持つのは止めなよ。僕もあんまり楽しくないしね」

その男の言葉に舞人は答えることが出来なかった。本当はもう分かっているのだ。
彼女の『記憶』も関係も元には戻らないことくらい。

「君ももう少し利口なら苦しまないで済んだのに。あ〜あ、これからまた楽しい事が始まる訳だ」

「楽しい事?」

男の言葉を舞人は繰り返す。男は笑いながら答える。

「今はまだ言えないさ。だが、これだけは聞いてくれ。もうすぐ舞台の幕が開く。今回は役者も一新されている」

「幕・・・?役者・・・?」

「まだ分からないのかい?劇が再び始まるのさ。悲しみと絶望しか生まない、ね」

男はふう、と溜息をついて舞人の横に立ち並んだ。
下から見上げたその男の姿は何かの幻のように薄らいでいた。

「ちっ・・・やはり僕も永くは無いかな。じゃあ僕は帰るけど今度は僕を失望させないでくれよ、人の子」

男は身をかえして後ろへ歩き出した。数歩歩いたところで一度立ち止まる。

「そうそう、今回は桜香にも道化を演じてもらうから期待してなよ。もっとも・・・」

男は背筋の凍るような笑みを浮かべ、淡々と述べた。

「彼女はもう何処にもいないけどね」

そう言ったが否や、その男は風に融けたかのように消えてしまい、丘には舞人一人だけとなった。
舞人は背中を桜の木に預け直して口笛を吹き始める。この『悪夢』から覚める事を願って。







それはいつか聞いた旋律。


それはいつか聞いたメロディー。


時は春。


それは桜の舞い散る季節に奏でられる協奏曲。


第二幕は間もなく開演される。


さあ始めよう。





今度はトラジディなんかではなく・・・幸せな結末を。












登場キャラクター紹介






・桜井舞人(さくらい まいと)


言わずと知れた『それは舞い散る桜のように』の主人公。そしてこのSSの主役。
本作から一年後の現在、私立桜坂学園三年生A組として学園生活を送っている。
二年の時、部活動の先輩だった里見こだまと付き合っており、悲劇とも言えるような分かれ方(こだまBadEnd)をしてしまう。
一時期本当に精神的にも肉体的にも追い込まれていたが、周りの友人達、自分の意志によって何とか復帰。しかし、時折未だにその辛さに耐えられなくなることも。
前部長の結城ひかりと他の文芸部員の意思により現在文芸部の部長を務めている。


「忘れることが救いになることなんて何もないんだ・・・少なくとも俺はそう思いたい」






・平塚加奈(ひらつか かな)


文芸部に所属している舞人の後輩。私立桜坂学園二年B組。
初見で誰からも大人しい印象を受けそうな女の子。思いやりがあり、誰に対しても優しい反面どこか抜けているところがある。
同部活の遠野智里とは小学校の頃からの親友。小さい頃から身体があまり強くはなく激しい運動は出来ない。
舞人に入学当初から好意を寄せていたがこだまと付き合っていることを知り、一度はその想いを諦める。
しかし、舞人とこだまが悲劇ともいえる別れ方をしたためか、今は再熱した自分の想いを殺そうとしている。


「私の願いは決して叶っちゃいけなかったんです・・・。こんなにも悲しくて残酷な幸せを生むくらいなら・・・」






・遠野智里(とおの ちさと)


桜坂学園二年B組。文芸部所属で明るくあっけらかんとした女の子。舞人の後輩にあたる。
常に楽しい事を求め、時に周囲を振り回すこともしばしば。ただ、本人に悪気はないため誰も怒れない。
平塚香奈とは小学校来の親友で、全く反対の性格をしている。だからこそ親友なのかもしれない。
表裏がなく、誰とでも付き合える性格だが、一度敵と見なした相手には容赦なく叩き潰すという恐ろしい信条の持ち主。
一時期香奈とこだまのどちらを応援するか死ぬほど迷ったことがある。


「相手が誰であっても止まれませんよ。だってその気持ちが恋してるって証拠でしょ?」










・結城はるか(ゆうき はるか)


文芸部副部長を務める桜坂学園三年生、クラスは舞人と同じA組。舞人があまり真面目に仕事をしないため、役割的には部長と言っても良い。
前部長である結城ひかりを姉に持ち、敬愛しつつも何か別の感情も抱いてる。
口調や性格はきついが面倒見が良く、同年代や後輩から自然と慕われている。
舞人とは三年になって初めて同じクラスになったのだが、二年のときの舞人再(?)入部時からの知り合い。
冷静そうに見られがちだが意外と激情家でもある。同じ部の長原朋絵とは長い付き合いである。


「人に理解されてるって思い込みこそが欺瞞よ。それじゃ誰も前に進めない・・・あんたも・・・そして私も」






・長原朋絵(ながはら ともえ)


舞人やはるかと同じく文芸部で桜坂学園三年生。クラスはC組。普段からすごくのんびりとしていてそのことをよく部員達に指摘されている。
もの忘れが激しく、方向音痴かつ、それをあまり自覚していないといういわば歩くトラブルメーカー。
本来ならば部活に入るつもりは全くなかったのだが、二年の時のある出来事がきっかけで文芸部に入ることに。
結城はるかとは昔からの知り合いで、よく遊んでいたようだ。割と噂話好きでもある(ただし人を卑下したようなものは嫌う)。


「いつまでも今日という日が続いて、明日のことを夢見れたならどんなに幸せなのかな?」






・橋崎なつき(はしざき なつき)


香奈や智里と同じく桜坂学園文芸部二年。クラスはD組。一日のほとんどを睡眠時間として使っている女の子。
あまり人ごみが好きではなく、一人でいることを好む。かなりのマイペース人間。
ただ、目を覚ましている時は優等生だといえる。そのせいもあってか成績も中の上程度。
人生の中で図書室で寝る事が何よりの楽しみだと感じている。


「本当はもう気付いている筈・・・あなたの記憶の錯綜はもう終わっているのだから」






・芹沢かぐら(せりさわ かぐら)


舞人が昔桜坂市に住んでいた頃に知り合った少女。数年の月日を経て舞人と再会を果たした。
今年桜坂学園に入学、そして彼を追うように文芸部に入部する事に。クラスは一年C組。
真っ直ぐかつ純粋な性格で人に好かれやすいが、時々その真っ直ぐさが仇になって暴走することも。
舞人に対し、淡い恋心を抱いているが、ある事情のため言い出せないでいる。
胸が小さい事を気にしているのは現在進行形。


「知ってます?王子様と人魚姫は絶対に結ばれないんですよ。それが人魚姫の・・・誰にも譲れない『誓い』だったから」






・雪村小町(ゆきむら  こまち)


舞人を追って雫内から上京し、桜坂学園に入学した幼馴染の少女。舞人のことをせんぱいと慕っている。
舞人に幼い頃から恋心を抱いているが、言い出せないというより彼に上手く伝えきれないでいる。
以前はバイトをしていたのだが、二年に上がる前に何故かサッカー部と文芸部に入部。
なお、二年生となった現在彼女のクラスは二年A組。かみそりマックスこと牧島麦兵衛と同じクラスである。


「決して届かない想いでもいいんです・・・その気持ちから逃げ出す事の方が私にはきっと辛いに決まってますから・・・」













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