桜の種
















「――よって任務は『足つき』と残されたGの破壊。説明は以上よ」

事務的とも取れる声による報告がモニターに映る女性から終わりを告げられ、室内――隊長室に静寂が戻る。

「了解しました。しかし、あの『砂漠の虎』が敗れるとはちょっと意外ですね。
 あのオッサン・・・どんなことがあっても死にそうに無さそうな感じだったんですけど」

「それだけ『足つき』が力をつけているってことよ。油断してるとアンタ達も二の舞踏む羽目になるでしょうね」

女性の言葉を受け、モニターの前で赤い軍服を着た青年は一人大きな溜息をつく。

「自分の隊なのに全然俺たちのこと信頼してないんスね・・・こだま先輩に伝えますよ?」

「安心しなさい。私が信頼してないのはアンタだけだから」

「うっわ・・・冗談きついっスよ姐さん。それなら俺じゃなくて八重樫辺りでも隊長にしろっつーんですよ・・・」

「うるさい。グダグダ言ってないでさっさと復唱!」

モニター越しに女性から激を飛ばされ、彼はビシッと背筋を伸ばして軍服に似合った行動を初めて取る。
軍服を着て、そのような『いかにも』な仕草を見せないと彼が軍人であるなどと、一体誰が分かろうか。それほどまでに彼は軍人らしくない軍人だった。

「はっ!!これより『暫定サクライ隊』は『足つき』及び最後のG、GAT−X105――ストライク破壊の任につきます!」

「結構よ。それじゃこれで通信終わるけど、あんた私達が宇宙にいるからって適当に任務こなしたら承知しないから。
 もし私達が地球に降りたときにヘマばっかやらかしてるようなら、生きて私の艦に乗れるとは思わないことね」

女性が彼を釘刺し、モニターの映像は消えた。
その瞬間先ほどまでの姿勢はドコへ言ったのやら、彼の表情はみるみる険しくなっていく。

「あ・・・あんのクソメガネアマゾネス、いつかマジで覚えてろよ・・・」

通信が終わった後も、彼は部屋の中で一人モニターに映っていた女性に対してひたすら文句をブツブツと呟き続けていた。
若き『暫定』隊長である彼――桜井舞人がこうやって通信後に隊長室で独り言を呟く姿は最早恒例となっているため、基地内の誰も気にはしないのだが。

















「おー、どうだった舞人。結城先輩からの報告なんて?」

ミーティングルームの椅子に腰をかけている青年――相良山彦が、部屋に入ってきた舞人に質問を投げかける。
だが、その問いに舞人が答える前にその前方の席に座っていた少女(に見えるが実際は舞人や山彦よりも年上だったりする)、里見こだまが口を挟んだ。

「相良君、ちゃんと結城隊長って言わないと駄目だよ。
 まず目上の人に対してちゃんと先輩とつけてるところは認めるけど、ここは軍なんだよ?
 それに相良君の使っている『先輩』という単語は目上を敬う意味での使用よりも
 親しい人への使用に重きを置かれたニュアンスが・・・」

「や、別にいいじゃないですかこだま先輩。現時点で隊長はさくっちなんだし。ざ・ん・て・い・だけど」

「でも未だに何でさくっちが隊長なのか分からないよね〜。任命されて三ヶ月は経つけど未だに板に付く感じも見えないし。
 それに隊長が一番軍規違反をする隊っていうのはありえないよね」

「いえいえ、星崎先輩。それがせんぱいの良い所なんですよ!隊長自ら軍規違反という汚名を被り、
 私達隊への仕事量を当て付けのように増やしていく仕事熱心さ!あ、ちなみに軍規違反の内容が
 書類の提出期限を守らなかったり護衛も付けずに街に行ってはカップラーメンを買い込んだりと言う様な
 軍人としては余りに情けないものだと言う事は他の隊にはシークレットでお願いします」

「駄目だよお兄ちゃん、そんなことで違反ばっかりしちゃ。
 デスクワークの人達からずっと苦情がきっぱなしでてやんでいなんだから」

こだまの一言を皮切りに、部屋にいたメンバー全員が次々に言葉を発する。
言葉の端々に自分勝手な発言をしてる辺り、舞人と同様に色んな意味で軍人離れしている。
まずこだまの次に舞人の『暫定』隊長を指摘した女性は八重樫つばさ。
そして舞人が隊長であることに疑問を投げかけた女性が星崎希望。
マシンガントークで舞人の悪行を暴露したのが雪村小町。
そして最後に舞人をピントが外れた部分で嗜めているのが森青葉。みないずれも赤服である。
彼らの所属している軍、ザフトにおいて赤服とはエリートを意味する。この赤服を着るためには大雑把に説明すると、
軍の士官学校の成績優秀者のTOP20に入らなければならない。
つまり彼らは全員がそれだけの成績を残しているエリートなのだ。だが、彼らの会話からはそんなことは微塵も感じさせられないが。

「うぐぐ・・・各々好き勝手に言いやがって・・・まあいい、そういう過ぎた話は忘れようじゃないか諸君!
 我々には過去よりも未来という大切なモノがあるじゃないか!
 後ろを見るな!前を見ろ!武士は死ぬときは前のめりに!軍人道とは未来を掴む事と見つけたり!」

「や、私達最高評議会に厄介者扱いされてる時点で未来ないから」

舞人の熱い叫びを、つばさは雑誌を片手に一蹴する。彼女の一言にその場の全員が確かに、と納得している。
彼ら『ヒカリ隊』は最高評議会に厄介者扱いされている。それはザフト軍においてはなかなか有名なことでもあった。
否、むしろ『異端』扱いされているといっても過言ではない。
隊員の全てが赤服のエリートであるにも関わらず、彼らが疎まれているのには理由がある。それは他の隊と比べて抜きん出た命令違反の多さからきている。
勿論、彼らが犯す命令違反は軍規に大きく触れるような物ではないが、決して『良い軍隊』ではあり得ない。いくら有能な者が集まってもこれでは決して『良い手駒』には成り得ないのだ。
よって彼らはエリートにも関わらず、こうして前線ではない基地へと送られている。しかし、個性豊かな軍人らしくない彼らなのでこの措置は意外と気に入っていたりするのだが。

「八重樫お前はあれだ、頼むからもう少し空気を読むという努力をしてくれ。
 隊長自ら隊員を鼓舞しようという姿を見て、後押しするどころか冷水をぶっかけるとはいかなるものか。
 そんな性格が捻じ曲がってるからお前のディンの性能も捻じ曲がったモノになってしまうんだ」

「だって普通のディンじゃ反応がイマイチ物足りないんだからしょうがないじゃん。
 まあ誰に迷惑かけてる訳でも無いからいいじゃない」

「八重ちゃんのディン凄い飛ぶの綺麗だよね〜。私もああいう風にしてくれるように整備士さんにお願いしようかな」

「希望ちゃんのディンだって十分いいよ〜。
 むしろ八重ちゃんの機体は偏りすぎて使い手選ぶから私はそのままの方がいいと思うな」

「えっと・・・君達、自分のMSをあたかも女子高生が着ている服を自慢しあってるような
 会話に使わないでくれ・・・っていうかむしろそういう話題なら俺も混ぜなさい。
 あのな、俺のシグーのカスタマイズなんだけどな・・・」

「お兄ちゃん、報告はいいの?」

「くっ・・・し、しかしだね青葉ちゃん、機体自慢と言えば桜井舞人その人ありとプラント中に響き渡っている俺としては
 ここは譲れんのだよ。青葉ちゃんももう少し大きくなればきっと分かる日が来るよ。それでだな、俺のシグーが・・・」

「舞人〜、説明ちゃんとしとかないと後で結城先輩に怒られるぞ〜」

「では今からヒカリ隊長からの報告と我が隊に下された任務説明する。諸君心して聞くように」

山彦の一言で、彼は真剣な表情へと戻る。むしろ山彦が挙げた名前の人物にびびっているだけなのだが。

「せんぱいは相変わらず結城先輩に弱いですよね〜」

「うるさいそこっ!ではまず報告だが、先日の一戦でアフリカ戦線の指揮を取っていた『砂漠の虎』、
 アンドリュー・バルトフェルドが『足つき』に敗退した。
 これによってアンディはMIA、アフリカ前線のザフト軍は後退、アフリカの戦況図は一気に塗り替えられた訳だ」

舞人の言葉に、全員に動揺が走る。彼らとしては予想だにしていなかった内容だった。

「あの『砂漠の虎』が・・・マジかよ」

「アンディさんには随分よくしてもらっただけに・・・辛いね」

「そうですね・・・私達みたいな異端ばかりの隊がこうやって地上で一つ基地を任せて貰えているのも、
 アンディさんが色々と手を尽くして下さったからですからね・・・」

「・・・それだけ『足つき』がザフトの脅威になったってことだよね。
 ストライクに加えて『エンデュミオンの鷹』もいるんだから本当にどうにかしないと・・・」

その場にいる全員が口々に言葉を零す。
彼らにとって『砂漠の虎』、アンドリュー・バルトフェルドの敗退にはそれだけの意味があった。
彼らが地上に降りてきたとき、色々と世話をしてくれて、基地の提供まで支援してくれたのは
実はこのアンディに他ならない。ザフト内において異端である彼らを彼は気に入ってくれた。
それに、彼らはアンディの軍人としてのレベルの高さ、バルトフェルド隊の強さを知っていた。
それらの事情で彼らにとって、この報告は衝撃だったのだ。

「じゃあお兄ちゃん、次の任務は・・・」

全員の視線を受けて、舞人は軽く首を縦に振って肯定の意を示す。

「ああ、そうだよ。俺達に下された任務は『足つき』の破壊だ。
 俺達のほかにモラシム隊、エシディス隊、それともう一隊がその任を正式に受けている。
 クルーゼ隊が仕留めきれず、『砂漠の虎』を撃破したという戦績により最高評議会も
 『足つき』の危険性を完全に認めたんだろうな」

「それじゃせんぱい、すぐにでも『足つき』を追っかけるんですか?」

「さて、どうするか。何でも、三日後に補給艦がこの基地に来て、その際に戦力も補強してくれるそうだ。
 その補強の中には何でもあの噂のクルーゼ隊の中の2つのGが含まれているらしいぞ?
 補給を待つかそのまま打って出るか」

「パス。補強なんて要らない。私クルーゼ隊嫌いだし」

「や、八重ちゃん・・・」

気に入らない、といった表情を浮かべてつばさは舞人の言葉を一太刀にする。
普段冷静な彼女から見れば、このように一瞬で気分を曲げるような様子は珍しい。
隣に座っていたこだまも多少困惑している。

「珍しく気が合うじゃないか釣り目。俺も同感だ」

「せ、せんぱいまで〜」

「嫌いなもんは嫌いなんだよ。それにあいつ等は宇宙から降りてきたばかりだろ?
 そんな奴らが地上戦を上手く戦えるとは思わないしな。敵の高性能MSを乗り回してイイ気になってる
 邪魔な荷物を預かるほどウチの隊は優しくないんでね」

悪態をつく舞人を見て、つばさ以外の全員が肩を竦める。
それもその筈、実は彼ら『ヒカリ隊』と『クルーゼ隊』は犬猿の仲とも言えるくらい仲が悪い。
とは言っても隊員全員が互いの隊を毛嫌いしてる訳ではない。隊長の結城ひかり、ラウ・ル・クルーゼは
互いに実際の面識は無い。問題なのは隊員の方で、しかも一部なのだ。
ヒカリ隊の舞人、つばさ。クルーゼ隊のイザーク、ディアッカ。彼らの仲の悪さは本当に根が深い。遠く過去を遡れば
士官学校の頃にまで至るほどに。なお、舞人達とイザーク達は仕官学校では先輩後輩の関係に当たる。

「ともかく、俺としては『足つき』及びストライクの戦力評価の意味も兼ねて一戦先に仕掛けておきたい。
 しかし、だからと言って全員で行ってこの基地を空にする訳にもいかん。
 現在『足つき』は海上を突っ切っている。この意味が分かるな?」

「海上戦なら私はお留守番だね」

「ということは俺もか」

青葉、山彦の返答に大きく頷く舞人。海上戦において彼らの機体TFA−2、『ザウート』は相性が悪い為だ。
ザウートは砲撃型の重MSである為、グゥルに乗せて使用しても戦略に幅が出ないのだ。
彼らは自分の機体とその役割の全てを完全に熟知している。

「私は参戦ってことですね!」

二人の声に続いて大声を上げる小町に、舞人は心の中で・・・いや、声に出して『はあ?』と疑問符を投げかけた。

「ちょっとお待ちなさい雪ん子。お前の耳か脳は腐ってるのか?
 海上戦になると言うのにどこの馬鹿が地上専用のバクゥで戦うんだ。お前も留守番に決まってるだろーが」

舞人の言う通り、彼女――雪村小町の使用する機体であるTMF/A-802『バクゥ』もまた地上戦用MS。
地上戦では驚異的な性能を誇るが、海上となると相性が悪い。
しかし彼女は笑顔のままで『大丈夫ですよ〜!』と舞人に返す。

「実は私のバクゥはよく躾けてありますから海だって犬掻きで泳げちゃうんです!」

「泳げるか!!お前はどうしても俺に『海上戦なのにバクゥを使った馬鹿隊長』というレッテルを貼り付けたいのか!!」

「ひ、ひゅいまひぇんひゅいまひぇん・・・」

「こーらー!女の子にそんなことしないのー!」

思いっきり冗談を言い放つ小町の頬をつねる舞人に、こだまが声を荒げる。
この光景はもはやこの基地では日常の一つである。

「違いますよ先輩。これは大切な部下を危険な戦場に出したくはないという隊長による愛の鞭です。
 むしろ感謝されてもおかしくないところです」

「雪村さんも連れて行ってやれよ舞人。
 もしかしたら地上戦にまで縺れ込むかもしれないし、その場合ディンとシグーだけじゃ困るだろ?
 こっちは俺と青葉ちゃんで上手くやるつもりだし、クルーゼ隊もこっちに来るみたいだから何とでもなる」

出鱈目なこじ付け論を展開する舞人を見てやれやれと山彦は肩を竦め、意見を述べる。
こういう時の彼の存在は実はこの隊において大変貴重な存在であった。

「私も賛成だよ。さくっちは小町ちゃんに対してちょっと意地悪過ぎる」

「ゾンミ、あれだよ。小さい男の子って好きな女の子に意地悪したくなるってヤツ。さくっちも子供だねえ」

「おーまーえーらー!!」

口々に勝手なことを言う隊員に向かって咆哮する彼を見て、こだまは大きな溜息をついた。
数ヶ月前に宇宙に行ったこの隊の本当の隊長の少しでも早い帰還を心の中で願いながら。









「あの・・・ちょっと悪いんだけど、この基地本当に大丈夫なのか?」

ミーティングルームの入り口に警備の為に立っていた緑服の兵士の一人が、反対側にいる兵士に話しかける。
話しかけられた兵士は、一瞬疑問符を頭に浮かべたが、その質問の意図を理解してククッと笑みを零す。

「お前そういや最近この基地に配属されたばかりだったっけ。まあ・・・アレを見れば不安になるのも仕方ないよな。
 けど心配するなって。あの人たちはやるときはきっちりやるから。
 お前もアレグラディア宙域戦でのあの人達の活躍を耳にしてない訳でもないだろ?」

アレグラディア宙域戦。それは地球連合の大艦隊とザフトの少数部隊により行われた、血のヴァレンタインの悲劇の数ヵ月後に起きた戦闘である。当時ザフトは月基地のプトレマイオスを落とす為に大半の戦力をそちら投入し、アレグラディア宙域に殆ど戦力を回すことが出来なかった。
一方で連合は月に戦力を送り込むために、大艦隊をアレグラディア宙域経由で進行させた。
そう、ザフトにとってアレグラディア宙域戦の目的は連合艦隊の足止め、時間稼ぎだった。
しかし、誰もが連合があっけなく蹴散らすだろうと思われたその戦闘は予想外の結末を迎えることとなった。
ザフトが何と連合の艦隊を一個小隊のみで退けてしまったのだ。
戦力差は圧倒的だった。けれど、勝てなかった。当時の連合の士官は口を揃えてそう語るしかないほどに、
その戦闘は見事なまでのザフトの勝利に終わったのである。

「そりゃまあ・・・ザフトの前線兵士の中ではあの攻防戦は知らない奴はいないさ。
 ナチュラルの大艦隊を数機のジンのみで退けた彼等、『舞散桜』の話はな。
 けど何ていうか・・・俺の持ってたイメージと全然違うんだよなあ・・・」

「『舞散桜』ね・・・舞い散りゆく桜のようにナチュラルのMAを次々と屠ったことから付いた異名、か。
 考えた奴はなかなかどうしてロマンチストさ。
 現実の彼等はハッキリ言って英雄とは程遠い存在なんだからなあ」

兵士の含み笑いは未だ止まることはない。
自分の基地のリーダーをそのように笑う辺り、彼もなかなか舞人達に毒されてしまっているようだ。
一方、話しかけた方の兵士の疑問は未だ氷解することはなかった。軍人である彼にとって、
目の前で歳相応に雑談をしている彼らの光景はまさに異端以外の何者でもなかったから。

「ところで『舞散桜』は桜井隊長の異名なのか?」

彼の質問に、兵士は笑うのを止め、『知らないのか?』と言いたげな表情を浮かべる。
この隊に英雄はいない。けれど彼らは英雄である。それはこの隊の部下達ならば、誰もが心に刻んでいるコト。

「『舞散桜』は一人だけの異名じゃないよ。ザフト軍のユウキ隊――彼等全員揃っての『舞散桜』なのさ」

彼の言葉の意味を兵士は未だ納得出来ず、ただただ頭を捻るしかなかった。
彼ら全員揃って初めて英雄となる――このことを彼が目の当たりにするのは、まだまだ当分先のことだった。











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