1.決意







――どこまでも澄んだ青空。それが、目覚めたハクオロの見た最初の光景だった。













自分の身体が草原に横たわっていたことを知り、ハクオロゆっくりとその身体を起こす。
そして、己の身体が五体満足で未だ現世に留まっていることに驚愕し、思わず言葉を零した。

「・・・生きて、いる・・・?何故・・・」

ディーを取り込み、完全なウィツァルネミテアとなったハクオロは、皆の力によって封印と言う名の
完全な眠りについた筈だった。もう再びこの世に存在することなど出来はしない筈なのだ。

「だが・・・私は現にここにいる・・・そして・・・」

己の中にある完全な力。ハクオロはその力の存在をしっかり感じ取っていた。
以前とは違う、完全なウィツァルネミテアとしての力。ディーと一体化することにより、
ハクオロは神として謳われた力、その全てをハッキリと自分のモノとして認識出来ていたのだ。

「・・・過ぎたる力だ。今更私にこんな力を持たせ、神は一体何を求めるというのだ。
 ああ、今では私が神(ウィツァルネミテア)だったな・・・」

自虐的な笑みを浮かべ、ハクオロは顔に軽く手を当てる。
その時に感じた違和感。手に触れる肌の感触。それはハクオロにとって最大級の違和感だった。

「仮面が・・・ない・・・?」

長き時の間、己が顔に張り付いていた仮面。
それは、彼がウィツァルネミテアとして皆に封印された時に失われていたのだ。
どうして今になって外れたのかは要領を得ない。否、ハクオロが存在してること自体がそうなのだが。
些細な疑問が次々と浮かび上がってくる頭を振り払い、ハクオロは一つのことだけを考えることにする。

――自分はこれから、どうすべきなのか。

愚問だった。自分のしたいことは唯一つ。皆の顔が見たい。もう一度逢いたい。
否、皆と共に、あの騒がしくも愛おしい日々を共に過ごしたい。皆と・・・そして、エルルゥと・・・

「・・・本当なら、仙人のように隠匿した生活でも送るべきなのだろうな」

人の身体にして神の力を手にしてしまった自分自身。
そんな化物が人として生きていい訳がない。しかも、彼自身は一国の皇なのだ。
もし、己が力に酔えば、神の力に酔いしれれば。考えるだけで恐ろしくなる。
それだけではない。ハクオロの力は人外のもので、いうなれば彼に勝てる者などいないのだ。
自分を止められる者はエルルゥ達をおいていない。そんな人間が皇なのだ。これは、良いことなのか。
もし、トゥスクルが独裁を考えれば、それは簡単に実現してしまうのではないか。もし自分が力に溺れれば・・・
不安は際限なくハクオロの胸に溢れ出る。駄目だとは頭で分かっている。だが、だがそれでもだ。

「私は我侭なのかもしれんな・・・どうしても、自分の欲求が抑えられない。
 ミコト・・・ムツミ・・・私のしていることは、許されないことなのだろうな・・・」

それでも、逢いたい。皆の笑顔と共に在りたい。その欲求は抑えられない。
気付けば、ハクオロは術法の詠唱に入っていた。かつてディーが使っていた転移術、今の彼に使えない訳が無い。
その身は遠き彼方へ。彼が愛し、愛された人々の下へ。彼の全てが在る國へ。
最早一露の迷いも無い。ただ、ハクオロは以前ベナウィに言った己が言葉を思い出していた。





『――もし地獄(ディネボクシリ)というものがあるのなら、私はそこに堕ちるだろうな』





嗚呼、その時は喜んで地獄の業火に焼かれよう。
だから、今は、今だけは。己の欲望に身を任せ、愛おしい人達と共に生きていたい。
もう少しだけ、現世で夢を見続けてもいいだろう。そうハクオロは心中でミコトとムツミに問いかけていた。









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