8.騎士団隊長





敵の防衛ラインを破り、NAGASAKIの大聖堂近くまで攻め込んだ狼牙軍団だったが、
大聖堂を前に陣取ったホーリーフレイム軍を前にして、進軍は停滞していた。
ホーリーフレイムの主要軍である第1、第2、第3騎士団の戻りが早く、丁度大聖堂前でぶつかってしまったのだ。

「拙いですね・・・ホーリーフレイムの一部がNAGASAKIに後退していたみたいです。
 これでは大聖堂に突入する前に、私達の軍がスタミナ切れを起こしかねません」

「チッ!!あと少しだってのによ!何とかならねえか!?」

「・・・仕方ありません、狼牙、ここは私が食い止めますから貴方達は先に・・・っ、敵の援軍!?」

美潮の声に驚き、狼牙は視線を彼女が向けている方向へと移した。
だが、彼等の不安はすぐに打ち消されることになる。
後方の騎士団兵達が悲鳴をあげながら次々と斃れていく姿を視界に捕らえたからだ。
そして、その彼等を屠った集団の先頭で銃口を次々と敵に向ける女性、その姿に見覚えがあったからだ。

「何や狼牙、随分とシケた顔しとるやんか。
 まだまだパーティーは始まったばかりやで?主賓がそないつまらん顔してたら場が盛り下がるわ」

「五十嵐紅美、いいタイミングだぜっ!!」

「真打っちゅうのは遅れて現れるもんや。
 さあ、さっさとホーリーフレイムの幹部連中に会いにいこうやないか。
 柴崎!!おのれはここでこいつらと遊んでやっとき!まさか勝てませんっちゅうんやないやろうな?」

「まさか。姐さんが勝てと言うなら我等が負ける通りはありやせんぜ」

「そういう訳や。ここはうち等香辺の軍勢に任せとき。
 こういうカルト信者共っちゅうんを止めるんは、さっさと頭を潰してまうことや。
 護国院と同じで、頭さえ潰せば後はただの烏合の衆と変わらんわ」

「よし、俺達は聖拝堂へ突入するぜ!!ジャンヌを倒してこの争いに終止符を打つ!!」

混戦模様となった敵陣を潜り抜け、狼牙達は聖拝堂へ突入する。
このキュウシュウの戦乱も、とうとう終局を迎えていた。













 ・・・












「狼牙、私はここに残る。お前はさっさと先へ行け」

長い回廊を抜ける途中で立ち止まり、久那妓は狼牙へそう言い放つ。
全員その場で足を止め、久那妓の方を見つめる。

「おい、どういうことだ久那妓。理由を説明しろ」

「馬鹿かお前は。香辺の連中が撃ち漏らした兵達が私達の後を追ってこない理由があるまい。
 流石に挟撃だけは避けたいからな。ここは私が後詰めを負おう」

「おい、天楼。それなら俺かシャイラが請け負うが」

「いや、お前達はこの戦いを見届ける必要がある。
 こういう言い方は悪いかもしれんが、私には、キュウシュウの争いは余り興味がなくてな。
 ならば、私が後詰めを負うのが道理だろう」

「成る程な・・・まあ、お前なら大丈夫か。
 お前がその辺の奴等に負けるとも考えられないしな」

「フン・・・当たり前だ。狼牙、お前の勝利の報告を期待して待っているぞ」

「するまでもねえよ。俺達の勝ちは最初から決定事項だ」

互いに笑いあい、狼牙は久那妓を残し走り去って行った。
その狼牙に続くように、他の仲間も駆けて行く。
そして、一人残った久那妓は軽く息をつき、廊下の先を見据えた。

「・・・十六人か。その程度では私は止められんぞ、女」

「貴女、正気?たった一人で私達第3騎士団を止めるつもりなの?」

久那妓の視線の先には、彼女の言う通りホーリーフレイムの追っ手が現れていた。
そして、その先頭に立つ女騎士エクレール。彼女はその剣の腕で、幼くして小隊長まで上り詰めた女傑である。

「そのたった一人の為にお前達はここに斃れることになる。
 何なら、もう少し数を増やしても構わんぞ。お前達だけでは数分と持つまい」

「くっ・・・舐めてくれますわね。不浄な人間風情が。
 いいでしょう、私直々に神の裁きを与えてあげます」

エクレールが久那妓の方に駆け出そうとした瞬間、彼女の視界から久那妓の姿が空蝉のように消えた。
――瞬間、悲鳴。それはエクレールの背後から一つ、二つと続けざまに聞こえてくる。
そして、エクレールは後ろを振り返り、信じられないものを見ることになる。

「どうした?お前の言う神の名の下に私を裁くのではないのか?
 ・・・下らんな。どれほどの腕かと思えばこんなものか。
 私を一人だと侮り、己の力に驕ったお前のそのつまらぬ慢心が今、こうして五人の部下の命を奪ったのだぞ」

「う・・・そ・・・」

エクレールの視界に映し出されたモノは、まさしく鬼神。
精鋭揃いのホーリーフレイム、それも選ばれし第3騎士団の兵達がこの一瞬の間に五人も屠られたのだ。
ある者は腹部から血を流し、ある者は首を狩られ、ある者は裂かれ。それはまさしく美しいまでの人間破壊。

――敵わない。きっと自分はこの女性に敵わない。

エクレールとて、幾多の戦場を駆けた武人だ。そうそう敵に背中を見せることなどありはしない。
どんな敵であっても、怯むことなく打ち勝ってきた。ジャンヌの為に誰にも負けない。そのつもりだった。
だが、この瞬間、エクレールは初めて敵という存在に怯えた。一瞬にして戦意を奪われた。
力量、格、腕、全てが違い過ぎる。そう自分と歳の変わらぬ少女は、一体どれほどの戦場を歩いてきたというのか。

心から湧き上がる恐怖を押さえ込み、エクレールは必死に己を奮い立たせる。
退く訳にはいかない。負けるわけにはいかない。ジャンヌ様の為にも、無様に負ける訳にはいかない。
エクレールの様子を見て、久那妓は拍子抜けしたように息をつく。

「・・・かかってこんのか?ならばそうやって恐怖に震えたままでいるがいい。
 お前達のホーリーフレイムが陥落する瞬間を、その目にしかと焼きつけろ。
 そして識るがいい。復讐という理由でくだらぬ神とやらの名の下に無辜の人々を殺めたお前達のその罪をな」

ぷつりとエクレールの中で糸の切れる音がした。
許せない。一体私達の何を理解してそのような言を吐くのか。日本人達が私達にした仕打ちも知らないくせに。
最早恐怖などという感情で彼女の身体は縛られることはない。命など惜しくは無い。
ただ、許せなかった。目の前の女の言葉は、決してエクレールにとって許せるものではなかったのだ。

「ああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」

「・・・戯け。美潮の受けた心の傷の痛みを身をもって思い知れ」

剣と爪が交錯し、二人の少女は踊り始める。
そして、その嵐に巻き込まれた兵達は次々と骸を晒していく。その嵐が兵達の命を糧に動いているかのように。












 ・・・













大聖堂に通じる大部屋に辿り着いた狼牙は、軽く舌打ちをする。
彼等の前に、予想通りの人物達が立ちはだかっていたからだ。

「これ以上は何人足りとて通す訳にはいかん。
 我等が神の名の下に貴様たちには一人残らず絶対の死をくれてやる」

「・・・そういう訳さ。こっちも色々あって、イラついてるんでね。
 アンタ達の命でしっかりと代償を払ってもらうよ」

第1騎士団隊長バイラルに第2騎士団隊長アイレーン。
彼等二人に加え、十数名の兵達がジャンヌの元へ続く道を塞いでいた。

「ちっ・・・お前等に付き合ってる時間はねえ。
 さっさと道を空けろ。用があるのはお前等のボスだけだ」

「穢れし下民が。貴様のような野蛮な人間をジャンヌ様にお目通りさせてなるものか。
 今この場で貴様の首を叩き落としてくれる」

「んだと?上等だ、まずはテメエから・・・」

「落ち着け狼牙。その有り余った耐力はあいつ等の王様相手にとっときな。
 ここは俺に任せとけ」

狼牙の肩を押さえ、愉しそうに空也は笑って前へと歩み出る。
その空也に続くようにシャイラ、紅美、マリーシアが空也の後ろに陣形を作る。

「お前等・・・」

「まあ、そういうこと。こいつらは空也とアタシ達がダンスの相手を務めさせてもらうよ」

「正直、ウチもそろそろ暴れたかったところや。
 相手は騎士団長にその直属部隊、悪くないわ。ジャンヌの阿呆はアンタに任せるで」

「狼牙さん、美潮、行って下さい。私達はすぐに追いつきますから」

「マリーシア・・・ならば、私も」

美潮の言葉に、マリーシアは優しく首を振る。
その様子に、美潮はマリーシアの想いを汲み取った。
そう、これは死ぬ為の戦いではない。勝つ為に皆はここに残るのだ。
ならば、最後まで狼牙をサポートするのは参謀である自分の役目。美潮は首を縦に振って、狼牙に視線を送った。

「・・・分かった。お前等、絶対負けるんじゃねえぞ。これは総長命令だ」

狼牙の言葉に、皆は一様に頷く。
そして、狼牙は美潮を抱きかかえ、大きく跳躍する。目的の場所は、大聖堂の間へと続く廊下。

「させるかあっ!!!」

その狼牙へ斬りかかろうとしたバイラルだが、それは叶わなかった。
疾走するバイラルの背中に、まるで鉄球でもぶつけられたかのような莫大な衝撃が襲い掛かった為だ。

「へっ、やらせねえよ。お前の相手は俺がしてやるから、さっさと立ちな。
 それとも、もう立てねえってか?噂の第1騎士団隊長とやらも落ちぶれたもんだな」

「・・・蛇王院空也、貴様ッ!!」

バイラルの怨さの篭もった声を空也は軽く笑って受け流す。
先程彼を襲った衝撃は、空也の腕から放たれた砲撃だったのだ。

「良い目するじゃねえか。ほら、遠慮せずにさっさとかかってこいや。
 俺達はさっさとお前等をぶっとばして総長殿の所へ行かねえといけないんだからよ。
 お前等との腐った縁もこれで終わりだ。今日ここでホーリーフレイムはぶっ潰れるんだからな」

「減らず口をぉっ!!!」

「バイラル!!」

駆け出すバイエルを追って共に駆け出そうとしたアイレーンを一人の女性が道を塞ぐ。
そして、その跳躍した女性から繰り出された剣戟をアイレーンは大剣を振りかざして薙ぎ払う。
その大剣を剣戟を放った女性――シャイラは軽くいなしてアイレーンの前に着地する。

「ほら、よそ見してちゃ駄目だろう?アンタの相手はアタシだよ」

「く・・・貴様、我等と同じ異国人のくせに奴等に従っているのか!?」

「異国人だとか日本人だとか、下らないねえ。本当にアンタ達は下らない。
 狼牙や空也のような人間がトップにいなかった。それがアンタ達ホーリーフレイムの最大の不幸だよ」

「ほざくな!!我等には神の加護がある!!
 ジャンヌ様がいる限り我等に敗北は無い!!」

「はあ・・・教えてやるよ。アタシ達が狼牙に抱いてる夢の大きさを、そしてアンタの見てる世界の矮小さをね」

始まった騎士団長達の戦闘に、残る兵達も次々と空也やジャンヌに押し寄せようとする。
しかし、それは叶わない。彼等の元へ辿り着くには、最大の障壁を潜り抜けねばならないからだ。
そして、その壁は久那妓と同じく世界の命運を賭けて歴戦を潜り抜けた勇者達。その戦場を生き延びた二人なのだ。

「・・・さて、マリーシア。ウチ等もぼちぼちいこうかい。
 獲物の割合は8対2やな。なんなら全部ウチに寄越しても構わへんよ」

「いえ、私も戦います。久那妓さんや美潮に負けていられませんから。
 ・・・戦いは嫌ですが、みんなの笑顔の為なら私頑張れます」

「よう言った。それじゃ始めるとするかい。
 さあ、遠慮せんとかかってきいや!!今なら漏れなくウチがおのれらにでっかい風穴空けたるさかい!」

「そう、みんなの為にも絶対負けられないんです。いきますっ!!」

長きに渡るキュウシュウの戦いに最後の鐘が鳴り響く。
それは戦いの終わりを告げる為の、再生を生む為の最後のゴング。










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