赤き女傑〜アーチャー〜
一話 赤き弓と青き槍
頭の中が真っ白だった。先ほどまでは槍を持った化け物に再び殺されかけていた上に、
今はどういうわけか見知らぬ女性――否、女の子が俺、衛宮士郎の目の前に立っていた。
ツインテールに赤い服、黒いスカートと特徴的な同世代ほどの女の子が光と共に突然現れたんだから
驚かないわけがない。
けど、こんな訳の分からない状況なのに俺はただ――彼女に見惚れてしまっていた。
なんて綺麗。俺は一度あの槍兵に心臓を突き刺されたせいでおかしくなってしまったのかもしれない。
先ほどまで生死の境を感じていたくせに今はただ、彼女から目を逸らす事が出来ない。
「問うわ。あなたが私のマスター?」
「マスター・・・?え?」
やっとのことで出した俺の言葉に彼女は目に見えるほど明らかに落胆した。
何かぶつぶつ「やっぱり・・・」とか言ってる始末。
考えがまとまったのか彼女は再び俺のほうを見やる。その表情はその――明らかにそう、不満げといった風な・・・
「ま、いいわ。どうせ知らない間に聖杯戦争に巻き込まれたんでしょ?
全く・・・これじゃあセイバーも面食らったでしょうね・・・
まあとりあえず言っておくわよ。サーヴァント『アーチャー』、あなたの召還により参上したわ」
「サーヴァント・・・?聖杯戦争?」
「あー、今はいいわ。どうせ後で『私』が説明するんでしょうから。それよりも貴方、名前は?」
「あ・・・え、衛宮士郎」
「OK、それじゃあ士郎って呼ばせてもらうわね。令呪も確認、と。――ここに契約は完了した。
これから先、私は貴方の弓となり、あらゆる障害をも取り除き、勝利へと導くことを誓うわ」
「い、いや、待ってくれ。俺には君の言ってることが全く・・・」
「だから今は理解出来なくてもいいって言ってるじゃない。とにかくあんたが今知るべきことは
私の名前がアーチャーってことと今から外にいる男を私が倒してあげるってこと。
あ、間違ってもあんた『敵を倒すの止めろ』とか強く願ったりしないでよ。令呪がもったいないんだから」
口早に意味不明なことを言い残して彼女は飛び出すように土倉から出て行った。
俺が唖然としているのも無理はないと思う、うん。俺がさっき見惚れた姿は幻だったようだ。
とりあえず一旦落ち着いて彼女の言った事を理解し直す為に思い出すことにする。
「えっと、彼女の名前はアーチャーで・・・今からあの槍兵を倒すってことで・・・って!?」
俺は思わず外へと駆け出した。自分の判断の遅さを呪った。
アイツは人間じゃない。あんな女の子が勝てるわけがないのだから。
きっと殺される。彼女は殺される。それだけは駄目だ。たとえ俺がまた死んだとしても!
外へ出て最初に見た光景は驚愕の一言だった。彼女は死んでいなかった。
それどころか――あの槍兵と互角に打ち合っているなんて――
槍兵があの禍々しい槍を彼女に横薙ぎに振るうがそれを彼女は短剣のようなもので『流して』いる。
そして離れ際に魔力の塊を槍兵にぶつける。
槍が突こうが切ろうが払おうが彼女は完璧なまでに『流して』いる。そう、それは完璧なまでの守りの戦い。
「てめえ!ちったあまともに打ち合おうって気はねえのかよっ!!?」
「冗談!!あんたなんかとまともに打ち合ったら命なんかいくつあっても足りないわよ!!馬鹿!!」
怒声を響かせる槍兵に彼女は馬鹿じゃないのと言わんばかりに――いやもう言っていた。
ヒットアンドアウェイの速度を更に更にと上げていっている。
単純なスピードならば槍兵の方が遥かに速いだろうが、彼女は間合いの使い方が遥かに上手すぎる。
その点のおかげで槍兵の攻撃をかわしている。
ただ相手の息の根を止めるためだけに、純粋なまでの殺意が込められた凶槍を
数ミリ単位とも思えるギリギリの範疇でかわす。
その生と死のギリギリの範囲の回避だからこそ生じる槍兵の僅かな隙を狙い済まして魔弾を放つ。
素人の俺が見てもそれがどれだけ美しく、
そしてどれだけ危険と隣り合わせの戦いかが分かるほどの限界に近い境界線。その上で彼女は戦っているのだと。
俺は先ほど見たあの『校庭での槍兵と剣士の一騎打ち』を思い出していた。
あの時は剣士と槍兵の命を賭けた殺し合いを見て全身が震えていた。
頭が身体にニゲロと、関わってはいけないとひたすら警告を鳴らしていた。
だが、それと同時にその戦いに心奪われた自分がいたのも確かだった。
だがおかしい。この戦いはその時とは違い何かがおかしい。俺が未熟だからそう感じるだけかもしれないが
槍兵の凶槍を彼女が右手に持つ短剣で打ち流す度にその違和感が膨らんでいく。
痺れを切らした槍兵が一旦大きく跳躍して距離をとる。そして憎憎しげに彼女のほうを睨む。
「てめえ・・・一体何者だよ。魔術と体捌きによる異端な戦術。
それに加えてその魔術の威力。キャスターである筈がねえが・・・」
「あら?私キャスターかもしれないわよ?現に今こうやってあなたと魔術で戦ったじゃない。
むしろその可能性が一番高いはずだけど?」
「ふん・・・俺はもう既にキャスターと戦ってんだよ。ぬかすなアーチャー」
苛立たしげに彼女に告げる槍兵を見て、彼女はふふん、と笑みを浮かべる。
「そうね。あなたは分かりやすいけどね。ていうか、元から知ってるから反則みたいなものなんだけどね」
「戯言を・・・俺も気が長い方じゃないんでな。そろそろ獲物(ゆみ)を出さねえと本気で死ぬぜ、アーチャー?」
「馬鹿ね。もう出してるじゃないの」
呆れ果てた顔で槍兵を一瞥し、余裕を含んだ笑みを浮かべて告げる。
「私の存在自体が如何なる敵をも撃ち貫く弓矢だってことよ」
瞬間、彼女の魔力が跳ね上がる。未熟な俺が感じ取れるほどの魔力。これほどまでの魔力を彼女は隠していたのか。
先ほど学校の校庭であの槍兵と剣士が対峙していた時と同じ身体の芯が凍りつくような感覚。
脳から全身に畏怖という感情を超越した感覚が覆い尽くす。
「ククク・・・宝具を出す気なのは結構なんだがよ。
・・・残念だが俺のマスターが今すぐ帰ってこいって言ってんだよ。惜しいことにうちのマスターは臆病者でな。
てめえのマスターは見たところまだ戦争のことを理解してねえんだろ?だからここは引き分けって事にしねえか?
お互い最初は様子見ってことで」
「ええ、お願いするわ」
「・・・・いいのか?」
断られることを予期していたのか再び槍を構えようとした槍兵は唖然として彼女の方を見やる。
彼女は苦笑しているようにも見える。
「状況判断くらい私は出来るわよ。
今はあの右も左もわかんないマスターに教えないといけないことが沢山あるし、もうすぐお客さんがくるだろうし。
・・・何よりもあなたが万全の状態じゃないと勝っても意味がないわ」
「・・・・お前、どこまで知ってやがる」
先ほどまでとは違った殺気を込めた目で睨みつける槍兵に
彼女はニヤリとしてやったりと言わんばかりの笑みを零している。
「さあ?とにかくそういう訳だからさっさと帰って。決着つけたいっていうなら話は別だけど?」
彼女は依然として魔力が昂ぶったままだ。
あんな状態から魔弾でも繰り出されようならあの槍兵とて無傷では到底済まされないだろう。
彼女の攻撃的な口調に槍兵はククッと含み笑いを浮かべた。
「?何よ?」
「いや、悪い悪い。しかし惜しいな。
あと少しだけ胸がでかかったら俺も口説きにかけたんだがな・・・っておわああ!!?」
槍兵が言葉を言い終わるや否やで奴のいた場所に特大の魔弾が直撃した。
爆音と共にその場所には小型クレーターとでも言える様な大穴が空いていた。
「やっぱりあなたはここで死になさい、ランサー?」
「うわあ!!?馬鹿!!てめえ殺す気かよおい!!!」
「敵のサーヴァントをみすみす見逃すほど私は甘くはないわ」
「さっきと言ってる事違うじゃねえかよ!!!!!」
「うっさい!!あんたはここでリタイアよ!!」
槍兵は必死に強烈な魔弾を回避している。ていうか、俺はどうして最初に出会ったとき彼女に見惚れてたんだろう。
今となっては先ほどまで俺を殺そうとしていた槍兵に同情をしてしまいそうだ。
ていうか、ここで止めろとか言ったらやっぱり彼女の怒りの矛先は俺になるんだろうか。
今の俺に出来る事はただ一つ。彼女が流れ弾を家に当てない事を祈るだけだった。
「ちぃ・・・逃げられちゃったわね・・・次にあった時は肉片たりとも消してやるわ。
大体宝具なんて私が不用意に使う訳ないじゃないの」
何か今恐ろしく物騒な事を彼女は言っていた気がするが、何はともかくあの槍兵は撤退したらしい。
一段落したところで俺はようやくまともな思考回路がもどって来た。
何故彼女はあの槍兵とまともに打ち合えたんだろうか。そもそも彼女のあの魔力。
彼女は魔術師なのは間違いないと思う。それもかなり一流の。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、お前って・・・」
「ちょっと待って!今からもう一つの客を迎えないといけないんだから!」
未だ苛立たしさが残っているのか、彼女は強めの口調で家の塀の向こうへと跳躍した。
俺はもう訳が分からないままで庭の外へと飛び出した。そこに彼女はいた。
いや、彼女だけじゃなく、他には女の子が二人。彼女と向かい合う形で。
彼女の前に立ちはだかっているのは金の髪をしたまだ幾分幼さが残る鎧をまとった少女。
そう、それは忘れもしない。いや、忘れることなんて出来る訳が無い。
彼女こそが先ほど学校の校庭であの槍兵の化け物と互角、いや、むしろ押していた剣士。
ただ、そのこと以上に俺は彼女の表情、何故とでもいうような表情を浮かべているのが印象的だった。
ここからでは顔は見えないが彼女、アーチャーも何かに驚いているようだ。二人はお互い固まったように動かない。
そして鎧を纏った少女の後ろに――
「何をしているの!その人はサーヴァントよ!攻撃して!」
黒髪が印象的な――どこかアーチャーに似た女性が、鎧を纏った少女の後ろに立っていた。
俺と同じ学校の制服を着た少女。全く見覚えがなかった。
「し、しかしサクラ!この人は――」
「そこまでよ。セイバーのマスター。こちらに今戦闘の意志はないわ」
金の髪の少女の言葉を飲み込むようにアーチャーははっきりとした声でサクラと呼ばれた少女に話し掛ける。
「・・・私が敵の言うことを簡単に信じるとでも思っているんですか?それにこれは聖杯戦争ですよ?」
「ふん・・・まあ戦うってのならしょうがないわ。ただ、私のマスターは衛宮士郎よ。それでも戦う?」
アーチャーの言葉にサクラという少女は驚きの表情を浮かべる。そして今気付いたのか俺の方へ視線を送った。
金髪の少女も俺に気付き、そして何故だろうか、
俺がいることを確認して胸を撫で下ろしたとでも言うような表情をしていた。
「どう?まだやる気?あと私のマスターは正規の魔術師じゃないわ。
偶然この聖杯戦争に巻き込まれた言わば被害者。しかもあいつは聖杯戦争の事を微塵も知らないわ」
「・・・本当ですか」
アーチャーの言ったことの真偽を確かめるかのように、サクラと呼ばれた少女は俺を鋭く睨みつける。
とても威圧的な、一般人には到底出来ないようなそんな瞳で。
彼女たちの言っていることの意味は全く理解が出来ないが、
とりあえず俺の今思ってることを述べるのがベストだろう。
「俺は君たちが言ってることが全然分からないし、そもそも俺は魔術師じゃない。
その・・・親父に習って多少魔術を鍛錬してはいるが・・・まあ・・・」
胸を張れるレベルじゃないと続けようとした時、分かりましたとサクラと呼ばれた少女はこちらを睨むのを止めてくれた。
「ふ〜ん。やけにあっけなく引き下がるじゃない。そんな簡単に他人を信じないのが『魔術師』でしょう?
さっき貴女自分でも敵の言うことは信じないとか言ってたけど?」
「・・・ええ、『敵』のいうことは信じません。
ですがそこの人は見たところ私の敵になりえるとは思えませんし・・・それに・・・」
アーチャーの言葉を受け、彼女は少し間を空けた後、俺のほうを見て思いっきり輝かんばかりの笑顔で告げた。
「あなたには返したくても返せないくらいの貸しを作っちゃいましたからね」
彼女の一言に反応しアーチャーは何故か
『しまった』だの『まあ言いたくもなるわよね』だのブツブツ言っていた。なんでさ?