娘と父と











いくら戦争をしているとはいえ、平和な時間は誰にでも存在している。それは彼ら解放軍にも当然当てはまる。
進軍の無い休日のとある日、解放軍の女性陣達は城のバルコニーに集まり、
お茶会とは名ばかりの雑談パーティーに興じていたりする。主催者は勿論パティである。
集まったメンバー達からすれば本当におしゃべりの時間以外の何物でもないのだが、
外から見る人間には立派なお茶会に見える辺り彼女達の品の高さが伺えたりする。

「で、結局ラナはセリス様とラブラブな訳ね〜。いいなあ・・・アタシも素敵な彼氏欲しいなあ・・・」

溜息をつくパティの台詞から察するに、現在の話題はどうやら恋愛に関してのようである。
いくら軍に所属しているとはいえ彼女たちは年相応の女の子なのだ。恋の一つや二つに興味を持つのが当然だろう。

「あら、それならパティには私のお兄様なんかどうかしら?結構お似合いだったりすると思うんだけど」

「嫌よレスターなんか!あいつってオイフェさんやシャナン様の前では凄い礼儀正しく振舞ってるけど
 私の前では凄い性悪なのよ!!
 く〜、思い出しただけで腹が立つわ!人のこといっつもいっつも馬鹿にして!子ども扱いして!!」

「・・・それだけパティに心許してるんだと思うんだけどね」

「何か言ったラクチェ!?大体アンタはどうなのよ!シャナン様は私が狙ってるんだから駄目だからね!!」

話題を振られたラクチェは内心『余計なこと言うんじゃなかった』と心の底で舌打ちした。
何気にパティが爆弾発言したのだが、彼女がシャナンに対して好意を抱いているのは
誰もが知ってることなので今や誰も触れようともしなかったりする。

「何でそこでシャナン様が出るのよ・・・私はシャナン様をそんな風に思ってないわよ。
 そもそもシャナン様はそんな風に見ていいお方じゃないわよ」

「それじゃヨハンかヨハルヴァが好きなの?ちょっとラクチェ感性が変わってるわね」

「誰もそんなこと言ってないっ!!私はそういうの興味ないからいいの!
 そんなこと考えてるよりもスカと剣交えてた方がよっぽど楽しいわよ」

リーンの一言にラクチェは力強く机を叩いてキッパリ否定する。
そんな彼女の様子を見てラナは呆れたように笑いながらラクチェの方を見つめていた。
恋愛系の話題が苦手なラクチェがまず逃げ道に使うのは昔も今も変わらず『スカサハ』であった。

「出たわねティルナノグ名物ブラコン娘。
 まあ、その肝心のスカサハが今やユリアに独り占めされてる状況な訳だけどね〜。
 お兄ちゃんが奪われちゃってとっても複雑な乙女心ってトコかしら?」

「誰がブラコン娘ですって!?私は別にスカなんて誰と付き合おうが全然っ・・・!!」

面白がっているパティの方を睨みつけようとラクチェが視線を動かしたその先には彼女の兄、
スカサハの恋人であるユリアが顔を赤面させて座っていた。
言葉を続けようにも続けられないラクチェを他所に、ユリアは遠慮なくトドメの一撃を繰り出してくれた。

「え・・と・・・それはつまり・・・私とスカサハのことを認めて下さってるのですか?」

「う・・・うわああああん!!!ユリアのばかばかばか〜〜〜!!!」

大声で叫びながらラクチェはその場から脱兎の如き速さで駆け出して何処かへ走り去ってしまった。
そんな彼女が今や解放軍にその人ありと帝国軍に恐れられる死神兄妹の片割れとは誰が思うだろうか。

「あ〜あ、また泣いちゃった。
 ユリアっていうか、ユリアとスカサハって将来苦労しそうよね。ラクチェのブラコンはいつまで経っても治りそうもないし」

お茶を飲みながら何気に酷いことをサラッと言うラナ(ラクチェの親友)にユリアは笑って答える。
『また』なんて言葉が飛び出る辺り、ラクチェとユリアのこういった騒動は一度や二度では済まないらしい。

「私はラクチェさんのこと好きだから大丈夫。それにスカのこと大好きな気持ち、凄く分かるから・・・彼は凄く優しいもの」

「あーはいはいノロケノロケ。ちなみにリーンは口開かなくていいわよ。
 これ以上ノロケ聞かされるときっと私暴走しちゃう」

ユリアにあてられたのか、パティは先んじてリーンに釘を刺す。
このメンバーで恋人がいるのはラナ、ユリア、そしてリーンの三人であるからだ。

「そう?うーん、残念。アレスってああ見えて結構優しいトコあるってこと話たかったんだけどね」

「そーいうのが要らないって言ってるの!!もう少し独り身である私たちに優しくして欲しいわよ。ね、フィー」

先ほどからフィーナやジャンヌとお喋りをしていたフィーにパティは同意を求めるが、
フィーは少し考えるような仕草をした後にパティの期待を裏切るような答えを出した。

「私も別に今のところ好きな人なんていないしなあ・・・
 お兄ちゃん探すことでいっぱいだし、仲の良い男の人なんていないし」

「あれ?アーサーとか視界にすら入ってないの?」

「どうしてそこでアーサーが出てくるの?あいつ馬鹿で悪い奴じゃないけどそんな目で見たこと無いわよ」

面白い方に話を転がそうとするパティだが、フィー相手では見事に空振りに終わってしまう。
実は彼女がラクチェには負けず劣らずブラコンであったりするのだが、フィーの兄を知らない彼女らが知る良しもなかったりする。

「んも〜・・・面白くないなあ。フィーナは?好きな人とかいないの?
 いや、いるでしょ〜!小さい頃からずっと一緒に過ごしてきてるんだもんね〜!そりゃ、好きにもなるわよね〜!」

「え・・・ど、どうして知ってるの?」

顔を赤らめたフィーナを見てパティの目が先ほどからは考えられないように光を宿す。
母親譲りの感性か、彼女の勘が自分自身に強く訴えていた。『この獲物は遊べる』と。

「馬鹿ね、そんなの分からない方がおかしいわよ!幼い頃から傍にいたってだけで超高ポイントじゃない!!
 ほらほら、私の口から名前を言わせる気?早く自分から白状しちゃった方がいいわよ〜!!」

そうだよね、と周囲の賛成を促すパティにラナやリーンはうんうんと頷いて肯定の意を示す。
ユリアやティニーは期待の眼差しでフィーナを見つめたままだ。
ただ、そんな彼女たちとは逆に、フィーやジャンヌは苦笑を浮かべてたりする。
その答えがパティの期待を裏切るものであることを知っているからだ。
周囲の人数の多さからか、答えるのを躊躇っていたフィーナだが、意を決するように口を開く。

「えっと・・・う、うん・・・実は私、フィン父様が好きなの・・・」

「・・・・・・へ?」

パティの漏らした一言に周囲の女性陣も似たような反応を示す。
ただやはりフィーとジャンヌだけはやっぱり、といったような表情を浮かべていた。

「だ、だから、私の好きな人は・・・フィン父様で・・・」

顔を真っ赤にして言葉を紡ぐフィーナを見て、
いち早く意識を取り戻した(この娘はマジで言っていると認識した)パティは視線をジャンヌの元へと向ける。
勿論彼女の言葉の意味を説明をしてもらう為だ。

「勿論フィーナは真面目に言ってるわよ。ちなみに私も好きな人はフィン父様でよろしくね」

そう答えるジャンヌの笑顔の何と美しいことか。そして何と清清しいことか。
ジャンヌの笑顔にとうとう何かの線がぷつりと切れてしまったのか、パティはふるふると肩を震わせ、そして絶叫。

「こ、こ、こ、このファザコン姉妹がーーー!!!!
 どーして!?普通そこはリーフ様でしょ!?王子様よ!?レンスターの救世主よ!?」

「それはパティの勝手な決めつけでしょう・・・」

「うっさいラナ!!ラクチェといいこの姉妹といいどーしてこの軍には家族愛人間が多いのよー!!」

「う〜ん、でもフィンさんなら私も好きだよ?
 凄く優しいし槍術教えて下さるし料理も上手だし。私出来ることならお父様になってほしいもの」

「フィー・・・あんたまでフィーナ達に感化されちゃってどうするのよ・・・
 いくら親友とはいえそんなとこまで一緒にならなくていいわよ」

「で・・・でも、フィン様は凄い優しい方だと思います・・・
 私も先日初めてお会いしましたが、軍に入って間もない私に
 何か不安なことなどはないかと親身に相談に乗ってくださいましたし・・・」

フィーの言葉を続けるように、今まで発言をしてこなかったティニーがここにきてフィーに賛同の意を示す。
そうだよねー、と笑顔で答えるフィーの横でフィーナがびっくりした様子でティニーの方を見つめていた。
ティニーとフィンがそんな関係にあったことをフィーナは知らなかったからだ。
そんな彼女を他所に、ラナ、リーンも思い出したように言葉を続ける。

「私もフィンさんは凄い良い人だと思うわよ?この間私たち救護隊が忙しくて仕方がないときに手伝って下さったもの。
 フィンさんはランスリッターを率いてて疲れてない筈が無いのに、それにも関わらずよ?普通は出来ないわ」

「そういえば私もフィンさんがお城で侍女達に感謝されてるの見たなあ。何でも洗濯の手伝いをしたとかしてないとか。
 フィンさんって凄く偉い上級騎士なのに全然そんな感じがないから凄く不思議な人だよね」

次々と語られる父の行動を聞かされて、フィーナはふるふると肩を震わせていた。
そんな彼女の様子に唯一気づいたジャンヌが『まずいかなあ・・・』と思い、
フィーナに声をかけようとしたが時既に遅し。パティという名の爆弾が既に口を開いていた。

「むむむ・・・確かにフィンさんって顔も良いしね。話を聞けば確かに悪くないわね。
 しかも大人の男だし。その上レンスターが誇る聖騎士だし。
 よーし!それじゃ私、フィーナやジャンヌのお母さんに立候補し『駄目です!!!!』へ?」

突如、パティの言葉を遮るようにフィーナは声を荒げて席から立ち上がった。
何事かとフィーナの様子を伺う少女達を他所に、フィーナは怖いくらいの笑顔を浮かべていた。
フィーは横で『あーあ』といった表情を浮かべている。

「・・・すいません、少し急用を思い出しましたので失礼致します。
 本日はお茶会にお誘い頂き誠にありがとうございました」

一礼をし、フィーナは自分の飲んだティーカップを下げてその場を後にした。
フィーとジャンヌ以外は彼女に何が起こったのか分からず、
その場の人達はフィーナの後姿が見えなくなるまで眺め続けていた。

「あれは完全にスイッチが入っちゃったわね・・・気にしなくていいわ。いつものことだから。ね、フィー」

「ですね・・・というか他人事のように言ってますけど、
 もしフィーナが行かなかったらジャンヌさんが出て行ったんでしょ?」

「あら、分かっちゃう?とりあえず今回お父様はフィーナの説教一時間コースってとこかしらね。
 私よりも感情で動く分フィーナの説教は堪えるからね〜」

「ちょ・・・ちょっと二人とも何で納得してる訳!?ていうかフィーナどうしちゃったのよ!!」

フィーとジャンヌだけが何が起きたのか理解していることに気づいたパティは、二人を問い詰めるように訊ねる。
ジャンヌは少し考える仕草を見せた後、『そうね』と言葉を繋ぐ。つまりは説明を行うということに他ならない。

「それじゃちょっとフィーナがどこに行ったのか見に行く?今ならきっとその理由が見れる、というか聞けると思うわよ?」

苦笑しながら告げるジャンヌに、フィー以外のその場の女性陣はただただ疑問符を頭に浮かべるしかなかった。















所変わってここはランスリッター指揮官である槍騎士フィンの部屋。
現在の時間ならば彼は息子デルムッドと共に軍隊の編成や備品の点検、書類の検査等を行っている・・・筈、なのだが
彼の部屋からは響き渡るほどの怒声が発せられていた。

「ですから!!私が言いたいのはお父様は働き過ぎなんです!!
 どうして御自身を労わって休んで下さらないんですか!!」

椅子に座っているフィンに向かって感情むき出しで声を上げているのは勿論彼の娘であるフィーナである。
顔を真っ赤にして怒ってる様は普段の大人しい彼女を知っている者達は想像だに出来ないだろう。
彼女がこんな表情を見せるのは本当に心を許した相手だけである。

「し・・・しかし、フィーナ・・・私は大丈夫だし、困っている人がいたら少しでも助けてあげた方が互いの為に・・・」

一方、困りきった表情でひたすら娘に説教を受けているのがこの部屋の主であり、彼女の父であるフィン。
主君や部下の前では冷静沈着、頭脳明晰と謳われる彼がこのような表情をするのもまた心を許した相手のみである。

「いいえ!!お父様は互いの為どころか他人の為に己を犠牲にするところがあります!!
 それに毎日朝早くから夜遅くまで仕事をされてるのに大丈夫な訳がありません!
 休むときは休まないと駄目だって私に教えて下さったのはお父様です!!」

「た、確かにそうだが・・・しかしフィーナ・・・私は・・・」

「しかしも何もありません!!
 もう、以前からお父様にはずっと言いたかったことが山ほどあるんです!!今日はいい機会です!!
 大体お父様は色んな人に優し過ぎます!!特に女性の方に優し過ぎます!!
 お父様が女性にだらしない人だとは夢にも思いませんが、それにしても節度があります!!
 お父様は上級騎士でレンスターが誇る槍騎士団を束ねる者なのですよ!?
 そんな方から『洗濯を手伝います』なんて言われる侍女の身にもなって下さい!」

「う・・・フ、フィーナ・・・確かに今回は私の配慮が足りなかった。私が悪かったから、もう許してくれないかな・・・」

「いいえっ!!そう言いながら結局同じことを繰り返して私に16回、お姉様に28回説教されてます!!
 今日という今日は許しませんっ!!困っている人を助けるのはお父様らしく、私はそんな父様を誇りに思いますが
 それで御自分が無理をすれば元も子もないでしょう!?何度おっしゃれば分かってくださるのですか!
 もしそれでお父様が倒れたりしたら、私達・・・私達・・・」

「フィーナ・・・泣かないでくれ・・・私はお前達に泣かれるのが一番つらいんだ。分かった、もう無理はしない。約束する。
 今度から他人を助けるときは二人にも手伝ってもらうよ。
 そうすれば私が無理をしているかどうか、フィーナ達が判断できるだろう?」

「お父様・・・や、優しくして誤魔化そうとしても駄目です!!今日という今日は絶対に許さないって私は言いました!!
 私たちに手伝いをしてもらい、お父様もそのまま人助けをするのでは結局お父様は休めないではありませんか!!
 私はお父様にそういう仕事は私達に押し付けて下さって構わないとおっしゃっているのです!!
 どうして分かって下さらないのですか!!そもそもお父様は・・・」

フィンは本当に困り果てた表情で、部屋にいたデルムッドに視線で助けを求めるが彼の期待はあっけなく崩れることになる。
デルムッドもまた本当に困ったような表情を浮かべたままで首を軽く横に振って答えた。

「父上、流石に俺では止められそうにもありませんし、何よりフィーナの言い分が間違っているとは思えません。
 俺も父上は最近少し疲れが溜まっておられると感じていましたので」

彼の言葉を受けてフィンはがくりと頭を下げた。
デルムッドは実父ベオウルフよりもフィンに近い生真面目な性格をしているな、と
以前シャナンやオイフェにからかわれたのをふと思い出す。
昔自分が護衛をしていたお姫様も自分に説教されているときはこんな気持ちだったのだろうかと
フィンは心の中で昔を懐かしんでいた。

「お父様!?聞いているのですか!!?」

・・・勿論、説教の最中にそんなことをしていれば怒られるのは道理である。
恐らく世界広しとはいえここまでフィンを説教できるのはフィーナとジャンヌだけではないだろうか。

「あ、ああ・・・すまない、勿論聞いていたよ・・・」

「・・・お父様は嘘をつくとき絶対に私から目を逸らしますよね。
 本当に私の話を聞いていましたか?私の目を見ておっしゃって下さい」

「うう・・・」

――今日の説教は長くなりそうだな、とフィンは溜息をつきながら考えていた。
出来ればフィーナとフィーの槍の稽古までには機嫌が直ってくれればいいなと誰にでもなく祈りながら。











そしてそんな部屋の光景をドアの隙間から眺めている先ほどの女性陣達。
勿論この場所へ案内したのは他の誰でもないジャンヌである。

「・・・もしかして今私たちって物凄い光景を目の当たりにしてるんじゃないの?」

パティは目を丸くしてラナに訊ねる。
どうやら彼女の中では聖騎士フィン像が音を立ててダイナミックに現在崩壊中らしい。

「それはそうよ。全国の槍騎士があのフィンさんを見たらそれこそ泣くわよ・・・」

冷静そうに答えるラナではあったが、他の人たちよりもというだけで落ち着きを失っていた。
これがあのフィンさんなのかと。幼い頃に母エーディンより武勇伝を聞かされてきた騎士達の内の一人、
レンスターが槍騎士フィンなのかと。

「あはは・・・私はもう慣れちゃったかな。
 最初は凄く驚いたけど、あれが本当のフィンさんだしね。私はこっちの方が好きだよ」

他の人たちの様子に苦笑しながらもフィーは稽古のときフィンに何と声をかければいいのかと言葉を探していた。
恐らく稽古のときのフィンは落ち込んでいるだろうから。

「わ。いつの間にかデルムッドまで怒られてる・・・フィーナって怒ると凄く怖いんだね。
 まるでお姫様か何かが癇癪起こしてるみたい。普段大人しいフィーナからは全然考えられないわ」

リーンに至っては楽しんでる次第である。これは恐らく彼女の母親譲りの性格なのだろう。

「わ・・・私は何も見なかったことにします・・・」

ティニーはラナの数倍フィンという像のギャップに苦しんでいたりする。
ちなみにユリアはこの場に来るのを辞退してラクチェを探しに行ってしまった。
恐らく今頃スカサハの部屋であろう。(ラクチェが泣いて逃げ込む場所はそこしかないから)

「・・・この調子じゃ今日は二時間コースかしらね。稽古の時間までには終わるといいんだけど」

そしてジャンヌは楽しそうに笑みを浮かべながら三人の様子をドアの外から眺めていた。
余談ではあるが、今回の説教でフィンがフィーナに完全に許してもらえるまでにかかった日数は四日間だった。
そしてその日以来フィンはあまり仕事等で無理をしなくなったという。

















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