19.錯綜する想い










一日の授業を終え、由乃は鞄を掴み、迷うことなく教室を出ようとする。
しかし、一人の女性徒の影が扉の前で立ち塞がり、由乃の行く手を阻んだ。

「そんなに慌てて、一体何処へいくつもりですの?
 薔薇の館ならそんなに慌てずとも逃げたりしませんわ」

その女性徒――松平瞳子を見て、由乃は思わず唇を噛む。
最悪だ、由乃はそう呟いた。瞳子に捕まって面倒なことになるのを防ぐ為に急いでいたのだというのに。

「・・・別にいいでしょう。私、今日は用事があるから薔薇の館には行けそうに無いの。
 ちょっと野暮用があって人と待ち合わせしてるのよ」

これでいいでしょう、そう言って由乃は瞳子の隣を抜けようとする。
しかし、それは叶わなかった。由乃の腕を瞳子が掴んだからだ。

「・・・何よ。私の話、聞いてなかったの?今日は用があって・・・」

「・・・それは、どうしても今日でなくてはならない用なのかしら。
 また日を改めることは出来なくて?」

瞳子の言葉に、由乃は『はぁ?』と疑問を思いっきり声に出してしまった。
それも当然の事だろう。用があり、その理由も語ったというのに彼女はそれを妨げようとする。
サボリだの小言の一つくらいは覚悟していた由乃だが、彼女のその言葉は想定外のものだった。

「あのねえ・・・人を待たせてるって言ったでしょ。何よ日を改めろって。縁起が悪いわね。
 大体、貴女だって個人的な用で何度も山百合会を休んでたじゃない。それを私だけ駄目なんて言うのは・・・」

「・・・別に駄目だなんて言ってませんわ。
 ただ、今は貴女を止めなければいけない。・・・そんな気がしてなりませんのよ」

何を下らないと一笑しようかと思った由乃だが、瞳子の表情が真剣そのものであることに気付く。
彼女が今から由乃が何をするつもりなのか、知ってる筈が無い。由乃が待ち合わせをしてる相手も、だ。
だからこそ、由乃は少し興味が沸いた。一体何故、瞳子がこのような言葉を告げるのか。

「・・・そう思った理由を話してみなさい。
 そうすれば、少しはその予言めいた珍妙な意見に耳を傾けてあげるかもしれないわよ」

「だからっ、それが分かれば苦労なんかしませんわよ!!
 けれど、何故かは分からないけれど、貴女を止めないといけない強い衝動に駆られますの。
 今、貴女を止めないと・・・きっと、後悔する。そんな気がしますのよ」

「はぁ・・・馬鹿馬鹿しい。とりあえず、リアリストの瞳子にしてはなかなか面白い冗談だったわ。
 それじゃ、私はもう行くから」

そう言って瞳子の手を払おうとした由乃だが、彼女の手は既に離されていることに気付いた。

「・・・いいの?ホントに行くけど?」

「ええ・・・よく考えれば、瞳子の方がメチャクチャを言ってるって分かりますもの。
 用があると言っているのに、どうして瞳子は貴女を止めようとしたのかしら・・・訳が分かりませんわ」

ごきげんようと一礼し、瞳子は由乃を振り返ることなく教室から去っていった。
一人残された由乃は、訳が分からないのはこっちだといった表情で軽く溜息をついた。















 ・・・















目的地へ向かおうとして廊下を歩いていた由乃だが、そこでばったり笙子と乃梨子に出会う。
ごきげんようと挨拶を交し合ったが、やけに二人が笑っていることに気付き、由乃は口を開く。

「どうしたの二人とも。何だか凄く楽しそうにしてるじゃない」

「そうですか?・・・そうですね、楽しいというより嬉しいのかもしれません。
 私も一応、白薔薇の蕾ですから。来年の事を考えると、顔も知らない人がなるよりは
 仲の良い友人がそうなってくれる事が嬉しいのは当然です」

要領を得ない乃梨子の言葉に、由乃は首を捻る。
その様子を見て、笙子はクスリと笑いながら由乃の手を握る。

「由乃様、頑張って下さい。私も乃梨子も、凄く凄く応援してますからっ」

「え、ええ?あ、ありがとう。・・・で、何を?」

何故か訳も分からず力強く励まされてしまった由乃は、更に疑問符を頭に浮かべるしかなかった。
由乃を見て、まだ気付かないのかと苦笑する乃梨子は、笙子に教えてあげなよと笑いかける。
そして、笙子はそうだねと同意し、由乃から手を離した。

「今日、祐巳さんにとうとうロザリオをお渡しになるんですよね」

「んなっ!!!!?」

笙子の口から飛び出たとんでもない発言に由乃はリリアン生徒らしからぬ奇声を上げる。
それも仕方のないことだろう。彼女達は何故知っているのか、分からないのだから。
由乃が、今日の放課後に祐巳と待ち合わせをしていて、妹になって欲しいと伝える事を。

「ど、どうしてそれを・・・」

「あの・・・祐巳さんが今日の放課後に由乃様に呼び出されたって言ってたので。
 祐巳さん、全然気付いてませんでしたが、祐巳さんを由乃様が呼び出す理由は一つしかないのではと思いまして」

「祐巳って時々鈍感なのか天然なのか分からなくなる時があるよね。
 まあ・・・そういう訳で私達は応援してますので頑張って下さい。ちなみにこのことは誰にも言いませんから。
 そうですね、詳細は由乃様が祐巳を口説き落とした時にでも教えて下さいね」

今までのお返しとばかりに楽しそうに笑う乃梨子に、由乃は何一つ反論出来なかった。
そして、由乃はやっぱり志摩子さんの躾が足りなかったんだと胸中で悪態をついた。

「フン・・・いいわよ。別に隠すようなことじゃないもの。ええそうよ。私は今から祐巳さんに告白してくるのよ。
 それに、そこまで知っているからには私が祐巳さんに振られた時は勿論二人とも慰めてくれるのよね?」

「ふ、振られるなんて絶対にないですっ!祐巳さんと由乃様は絶対素敵な姉妹になりますっ!」

「ああ・・・なんて良い娘なの、笙子ちゃん。思わずお持ち帰りしたくなっちゃうわ。
 もし振られた時は貴女のその可愛い外見に似つかわしくない程に豊かな胸の中で泣かせて頂戴ね。
 それで、笙子ちゃんより私と付き合いの長いくせに貴女は私に優しい言葉の一つもかけてくれないのかしら?」

笙子を抱きしめ頬ずりしながら由乃は乃梨子に不満をぶつける。
相変わらずの先輩に、乃梨子は軽く溜息をついた。

「笙子と私はたった二ヶ月くらいしか変わらないじゃないですか。
 ・・・とにかく、応援はしてますよ。頑張って下さいね」

「胸は?貸してくれないの?」

「ご冗談を。私、可能性の無い未来を想像するのはあまり好きじゃありませんから」

乃梨子のつれない言葉に、不満を漏らす由乃だが、乃梨子の応援する気持ちはしっかり伝わっていた。
笙子から離れ、由乃は軽く自分に気合を入れ直した。

「それじゃ、そろそろ行くわね。祐巳さんが待ってるだろうし。
 貴女達のおかげで少し気持ちが楽になったわ。ありがとう」

笑顔を見せて、別れを告げる由乃を、二人は見えなくなるまで見送った。
そして、由乃がいなくなると同時に、乃梨子は軽く息をついて笙子に言葉を紡ぐ。

「・・・全く、由乃様って志摩子さんと同じで自分の事には鈍感なんだから。
 結局笙子の想いに気付かなかったね。本当にこれで良かったの、笙子は」

乃梨子の言葉に、笙子はあははと苦笑を浮かべる。
その姿を見て、乃梨子は己の胸の中にやるせない気持ちが滲み出てくるのを感じた。

「私、笙子はもう少し自分に正直になるべきだと思う。
 憧れてたんでしょ、由乃様に。本当に後悔しないの?」

「・・・私、充分過ぎるほど幸せだよ。
 何処にでもいるようなただの一生徒でしかなかった私が、こんなにも由乃様に良くして頂いたんだもの。
 ずっと憧れてた由乃様と、こうして知り合うことが出来て、山百合会で乃梨子とも友達になれた。
 もう私は由乃様から充分過ぎるモノを沢山もらったから・・・だから大丈夫だよ」

軽く一呼吸置き、笙子は乃梨子に微笑みかけながら言葉を続けた。
その様子から乃梨子には痛々しいほどに笙子の想いが伝わってきた。笙子は、無理をしていると。
そして同時に乃梨子は思う。もし、自分が彼女と同じ立場だったらどうしただろう。
もし、祐巳と二人で妹を争っていたのなら。自分はこんな風に割り切れたのだろうか。
乃梨子は軽く思考を振り払った。その問答に、もはや意味などありはしない。
由乃は選んだのだから。目の前の少女ではなく、もう一人の友人である少女を。

「・・・失恋、だね」

「あはは・・・失恋、なのかなあ」

「こうなったら由乃様よりも素敵な人を見つけちゃおうよ。
 もしかしたら笙子の姉にピッタリな人が案外身近にいるかもしれないよ?
 それこそ由乃様並に破天荒な行動ばかりされてる方とかね」

「わ、私は別に破天荒な先輩に憧れてる訳じゃないから・・・」

よしよしと頭を撫でる乃梨子と、くすぐったそうにそれを受け入れる笙子。
笙子の目じりに、少しだけ涙が溜まっていることに、乃梨子は気付かない振りをした。
きっと、今の彼女が求めているのは、こうやって一緒に笑ってくれる友達だと思ったから。
















 ・・・
















待ち合わせ場所――中庭のベンチの前に、祐巳はいた。
由乃の姿を視界に捉えると、笑顔で由乃の方に大きく手を振った。それをみて、由乃は笑う。
そして、決意を再度固めた。自分の想いを正直に祐巳に伝える為に。

「ごきげんよう、祐巳さん。待たせちゃったわね」

「ごきげんよう、由乃さん。私も今来たところだから気にしないで」

挨拶を交し合い、自然と互いに微笑みあう。友人として彩なされた二人の心地よい距離間。
だが、これだけじゃ由乃は最早満足出来なかった。他の人も持つような、同じ絆だけじゃ物足りない。
二人だけの特別な絆、特別な証。由乃はそれを欲しているのだから。

「・・・ここに貴女と来るのも久しぶりね。以前は毎日のように来ていたのだけど」

「そうだね。前は二人だけでここで色々お話してたんだよね。
 それから、私と笙子ちゃんは由乃さんに連れられて薔薇の館に行ったんだよ。
 そして、そこで志摩子さんを初めとして多くの方と出会うことが出来た。本当に感謝してる」

「別に感謝されるようなことじゃないわよ。
 私はただ、貴女や笙子ちゃんともっと一緒にいたいと思ったからこそ誘ったの。いわば自分の為ね」

自信満々に言い放つ由乃に、祐巳は苦笑する。
由乃は一度祐巳から視線を切り、空を見上げる。
空の蒼はどこまでも高く遠く広がり、雲一つ無い天気はまるで由乃を後押ししてくれているようにすら感じた。

「・・・祐巳さん、私と祐巳さんの関係って何?」

由乃の言葉に、祐巳は『えっ』と一瞬素で声を漏らしてしまう。
しかし、由乃の真剣そのモノの表情を見て、祐巳は自分の考えを率直に言葉にすることにした。

「私は親友だと思ってるよ。私にとってかけがえの無い、大切な友達。
 それは今までもそうだったし、これからも変わらないと思ってる」

照れながら語る祐巳に、由乃はフッと表情を緩めた。
やはり、彼女は自分をそのようにしか見ていないのだ。自分は祐巳にとって親友。それ以外の何モノでもない。
最早、この時点で結果は分かりきっていた。間違いなく、自分の告白は受け入れられないだろう。
祐巳は自分に親友以外の感情を抱いていない。しかし、自分は祐巳にそれ以上の感情を抱いている。

結果は分かりきっている。だが、ここで止めるつもりなど由乃には毛頭無かった。
今、ここで自分の本音を伝えなければ自分はきっとこの先一歩も進めない。
自分の心に嘘をつきながら祐巳との関係を続けていくなんて、そんなことはもう出来ない。
だから、ここで壁を壊すのだ。拒まれてもいい。大切な人に嘘をつき続けるより、それは何倍もマシなことだから。

「・・・祐巳さん、私は貴女の事を親友だと思っていないわ」

「え・・・」

「待って。勘違いしないで頂戴。
 私は祐巳さんのことを大切に思っている。それは変わらないわ。
 ただ・・・気付いたのよ。私が祐巳さんに抱いてる気持ちは、決して親友としての想いじゃないことに」

由乃はまっすぐに祐巳を見つめていた。
視線は決して逸らさない。逸らしてしまうと、きっと自分はまた言い訳をして逃げたくなってしまう。
それだけは絶対に嫌だった。他ならぬ、自分に負けることだけは決して。

「貴女と出会い、私は変わっていった。貴女のおかげで、私は大切なモノを沢山得ることが出来た。
 私にとって祐巳さんは全てだった。祐巳さんが一緒なら何でも出来る、そう錯覚することさえあった。
 そうね・・・私にとって祐巳さんは『かけがえの無い親友』だったわ。その時は確かにそうだった」

「由乃さん・・・」

「でもね・・・貴女を山百合会に連れてきて、それから私の中で何かが変わっていってしまった。
 祐巳さんが薔薇の館で志摩子さんや瞳子と話す度に、
 自分でもどうしようもないくらい、祐巳さんを独占したい気持ちに何度となく駆られたわ。
 そして思ったの。私は祐巳さんのことを本当はどう思ってるんだろうって。
 祐巳さんと本当はどういう関係でいたいんだろうって。そう思うようになった。
 私と祐巳さんの関係は親友のままでいいのか、それで私は満足出来るのか、自分でも呆れるくらい何度も自問したわ」

軽く息をついて、由乃は苦笑する。
祐巳はただ、じっと由乃の言葉を待っていた。

「・・・本当、私って馬鹿なのよ。答えには何度も触れていたのに、いつも言い訳して逃げてばかりいた。
 今の関係のままなら一緒にいられるとか、祐巳さんの負担になりたくないとか・・・そんなの全部ただの言い訳。
 今の関係を壊してしまう事が・・・祐巳さんに拒絶されることが怖くて逃げていただけなの。
 だけど、それももう終わり。これ以上、祐巳さんに嘘をついて今の関係を続けることなんて出来ない」

求めるモノが互いに違うことは分かっている。
だが、それでも手に入れたい。祐巳の特別な存在になりたい。祐巳にとって、特別な人になりたい。
だから告げる。想いは心に、あとは身体をそのままに動かせばいい。
一糸纏わぬ自分の本当の想いを伝えることが、自分が出来るただ一つの行動なのだから。

「私は、親友じゃなくて祐巳さんの特別な人になりたい。貴女の一番になりたいの。
 そして、これからはずっと貴女の傍にいたい。誰よりも傍で一緒に笑っていたいの。
 だから祐巳さん・・・貴女に私の妹になってほしい」

――伝えた。自分の想いを全て祐巳に。
心臓音が止まらない。未だに手が震えている。だが、それは決して不快ではなかった。むしろ心地よさすら感じる。
後悔はない。たとえ断られ、二人の関係が悪化しようとも、それだけは絶対に言い切れる。
それに、自分達の重ねた時間は、こんなことで絶たれるほど弱くは無いと信じている。
由乃は待った。どんな答えでも、祐巳の口から彼女の気持ちを伝えてもらうことを。
長い静寂が辺りを支配する。そして、祐巳はポツリと言葉を漏らした。

「・・・しいよ・・・」

「え・・・」

「おかしいよ・・・だって、私達、親友だよ・・・姉妹になんてなれないよ・・・」

祐巳の様子に、由乃は言葉を失った。
それは確かな拒絶の言葉。それは由乃が予想していたものであり、あまり驚きはしなかった。
だが、祐巳の様子が明らかにおかしかった。目が虚ろで、明らかに視点が定まっていない。
まるで、その目には由乃の姿が映し出されていないようにすら感じられた。

「おかしいよ・・・親友は姉妹になれない・・・由乃さんは私と友達だよ・・・
 どうして同級生なのに由乃さんがお姉様になれるの・・・そんなの聞いたこと無いよ・・・
 お姉様なんて・・・お姉様・・・お姉様・・・私のお姉様・・・」

「祐巳さん・・・?」

「お姉様・・・お姉様なんか要らない・・・どうせまた私を捨てるんだ・・・
 そうやって上辺だけ優しくしてくれるくせに、最後には私を捨てるんだ!!私が要らない娘だから捨てるんだ!!
 そんなの嫌!!そんな辛い思いをするくらいならお姉様なんか最初から要らない!!必要ない!!」

「祐巳さん落ち着いて!!!どうしたの!?」

「ああああああああああ!!!!!!!!!!」

突如、癇癪を起こしたように暴れる祐巳を、由乃は必死で身体に抱きつき抑えようとする。
だが、祐巳は止まることなく、由乃の腕の中で暴れ続ける。
由乃は祐巳の突然の豹変に由乃は状況の変化についていけない。一体どうしたというのか。

「祐巳さんっ!落ち着いて!!何もしないから、だからっ!」

「嫌っ!!離して!!やだっ、やだああ!!」

「っ痛!!」

瞬間、祐巳の振り上げた拳が由乃の顔にぶつかった。
そのことに気付き、一瞬怯んだ隙を由乃は見逃さなかった。
両手で祐巳の顔を包むように支え、自分の顔の近くへと引き寄せる。
額と額が触れ合うかどうかの距離まで近づき、由乃は視線を祐巳の瞳へとまっすぐ向けた。

「聞いて。私は何もしないし、祐巳さんを傷つけるつもりなんて全く無いわ。
 だから、気を静めなさい。貴女はリリアンの生徒でしょう?」

「あ・・・」

「・・・そう、良い娘ね」

ゆっくりと身体の力を抜いてゆく祐巳に、由乃は我が子をあやすように微笑みかける。
そして、完全に暴れるのを止めた祐巳を、由乃は優しく抱きしめた。

「よ、由乃さん、血が・・・」

「大丈夫よ。これくらい何てことないから」

先程のことで唇を切ってしまったのか、由乃の口から血が滲み出ていた。
声を震わせて指摘する祐巳に、由乃は何でもないというように、唇を舐めて笑って見せた。

「ご、ごめんなさい・・・わ、私・・・由乃さんになんてことを・・・あああ・・・・」

「馬鹿、今はそんなこと考えなくていいの。
 今はとにかく気を落ち着かせることに集中なさい」

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

胸の中で赤子のように涙を流す祐巳を、由乃は何も言わずに抱きしめ続けた。
泣き続ける祐巳を見ながら、由乃はポツリと言葉を漏らした。

「・・・振られちゃった、か」

先程の祐巳の様子は異常だった。そして、祐巳の口走った言葉の意味。
気になることは幾つもある。しかし、今の由乃が一番に発した言葉はその一言だった。
唇から滲み出る血をもう一度舐め、由乃は軽く溜息をついた。
初めての失恋はどうしようもなく重厚な血の味がした、なんて下らないことを考えながら。














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