20.平行世界










落ち着きは取り戻したものの、未だに精神不安定状態を抜け出せていない祐巳を由乃は保健室へと連れて行った。
最初、由乃は祐巳を帰宅させようと考えたのだが、帰宅することを祐巳が拒んだのだ。
少し悩んだ由乃だが、祐巳の意見を尊重し、保健室で休ませることにしたのだ。
保健室のベッドに祐巳を寝かせ、それから祐巳が眠りに落ちるまで数刻とかからなかった。
それは彼女が余程の精神磨耗状態に陥っていたということだろう。
祐巳が寝たのを確認し、保健医に軽く頭を下げて由乃はそっと保健室から退室する。
保健室に出た後に、由乃は唇を噛み締め、拳を振るわせる。

――祐巳を、傷つけた。

結局、自分のしたことは己の感情の為に祐巳を傷つけただけではないか。
今の祐巳を見ろ、彼女をあのような状態に陥らせたのは誰だ。他ならぬ島津由乃ではないか。
やはり、何もすべきではなかった。今までのように、自分は福沢祐巳にとってあくまで親友という
都合のいい存在のままでいれば良かったのだ。そうすればこのようなことも起こる筈がなかった・・・

「違うっ!!!!」

湧き上がる己の澱んだ思考を由乃は強く振り払う。
一体何度同じ間違いを繰り返せば済む。それでは祐巳も自分も何時まで経っても前に進めないではないか。
島津由乃は福沢祐巳に妹を求めた。特別な絆を求めた。その想いに嘘なんか何一つない。
傷つき傷つけることを恐れて表面だけの付き合いを望むなら、自分は福沢祐巳と付き合うべきではないのだ。
そう、自分はあくまで誰より祐巳の傍で一緒に歩いていきたいのだ。ならば悔いるな。後ろを向くな。
一度振られたくらいで諦めるなんて島津由乃らしくない。弱音を吐くなんてそれこそ真逆。

「馬鹿にしないで・・・私の祐巳さんへの想いは、そんな薄っぺらいモノじゃないのよ」

己の両頬を軽く叩き、由乃は気合を入れなおしてその場から歩き出した。
祐巳に振られたことで、逆に自分のすべきことが解かった。自分が一体祐巳の為に何をすべきなのか。
今、自分がすべきことは『知ること』だ。自分は祐巳の事を余りに不理解(しらな)過ぎた。
否、自分は知ろうとしなかったのだ。祐巳の過去、祐巳の傷に触れることで彼女に嫌われることを恐れたから。
祐巳の傷を癒す為には、祐巳の傷の正体を知らなければ話にすらならないのだ。彼女を縛る心の鎖、その正体を。

思い起こせば、彼女の心の傷に自分は何度も軽く触れてきた筈なのだ。
初めて出会った祐巳は、何故あんな場所で一人泣いていたのか。
祐巳の口から、どうして会ったことも無い瞳子や祥子様の名前が出てきたのか。
そして、どうして祐巳は祥子様が復帰するまでと手伝いの期間を設けたのか。
瞳子と初めて会ったとき、祐巳は一体何に怯えていたのか。
聖と会った後、祐巳はどうして泣いていたのか。その時に言った『誰かに捨てられるのはもう嫌』という発言。
そして、次の日にはその事が完全に記憶から失われていたこと。
・・・先程、姉妹になることへみせた、祐巳の反応。そのどれもが彼女の心の傷につながるものではないのか。
そのバラバラに散らばったピースを拾い集め、つなげることは恐らく自分には出来はしない。

だが、一人だけその破片を一つの形に導いてくれる人を自分は知っている筈だ。
恐らく、その人なら祐巳の傷の全てを知っているに違いない。だからこそ何度も自分に祐巳の事を話していたのだろう。
きっとその人は、こうなる事を知っていたのだろう。そして、待っていた。この時が訪れることを。
自分が――島津由乃が自分の本当の気持ちに気付き、祐巳の過去を知ろうとするその時を。
下履きに履き替え、由乃は学園の外へと向かう。目指すはリリアン女子大学にいるその人物。
校舎を出て、並木道を駆け出した由乃だが、すぐにその足は止まることになる。
学校の校門に背を預け、目的の人物は笑って由乃の方を見ていたからだ。

「や。そろそろ来る頃だと思ってたよ、由乃ちゃん。
 自分の本当の気持ちのままに動いてみた気分はどうだい?」

「・・・失恋中の女の子に対する言葉とは思えないわね。デリカシーが足りないんじゃないの?」

由乃の言葉に、その人物――佐藤聖はただ楽しそうに笑って答えるだけだった。
そう、先日の電話や中庭での言動から由乃は感じていたのだ。この人なら、祐巳の過去を知っている筈だと。


















 ・・・


















「成る程ねえ・・・それが由乃ちゃんの出した答えなのね?」

由乃の話を聞き、聖は確認するように由乃に問いかける。
何を今更とばかりに、由乃は表情をしかめて聖を睨みつける。

「そうよ。私は祐巳さんの一番になりたいの。誰よりも祐巳さんの傍にいて、祐巳さんと笑っていたい。
 その為にも、祐巳さんの心の傷を知る必要があるのよ」

「知ってどうするの?祐巳ちゃん、嫌がるかもしれないよ?」

「嫌がられても、よ。それに知らなきゃ、祐巳さんと私の距離は何時まで経ってもこのままじゃない。
 そんなの私は嫌。私は祐巳さんの姉になるの。妹の心の傷の一つや二つ癒してあげられなくて、何が姉よ」

「何それ。由乃ちゃんらしいなあ」

「うっさいわね・・・いいからさっさと教えなさいよ。祐巳さんに昔何があったのか知ってるんでしょう、貴女。
 っていうか、どうして貴女祐巳さんの事を知っていながら助けてあげないのよ。この役立たず」

「あ、酷いなあ・・・しょうがないでしょ。私は『この世界』に直接干渉出来ないんだから。
 私だって出来るなら自分で祐巳ちゃんの助けてあげたかったよ。そして私にメロメロになった祐巳ちゃんを・・・」

「寝言言ってないでさっさと話しなさいよ、この色情魔」

今にも掴みかかろうかという由乃の様子に、聖は苦笑する。
軽く一つ息をついて、聖は由乃に向き直った。そして、聖は口を開いた。

「それじゃ、最後に二つだけ教えてくれるかな。
 君は誰?祐巳ちゃんの何?」

聖の質問に由乃は迷わず答えた。
そんなことに悩んでいた自分とは、既に別れを告げた。今ならハッキリと自信をもって言える。

「私は由乃。福沢祐巳の姉となる黄薔薇の蕾、島津由乃よ」

真っ直ぐに答える由乃に、聖は満足そうに笑みを零した。
そして一度瞳を閉じて、空を仰いだ。ようやく待ちわびた時が訪れたことを喜んでいるかのように。

「・・・よくここまで辿り着いたね、由乃ちゃん。
 君は『祐巳ちゃんの中の島津由乃』から乖離し、こうやって『この世界の島津由乃』として在ることが出来た。
 今の君ならもう向こうの記憶を見せても引っ張られることは無い筈だ」

「『この世界の島津由乃』?」

「・・・それじゃ、始めようか。君の知りたかった全てを、教えてあげる。
 祐巳ちゃんの心の傷、その全てをね・・・」

そう言って聖は由乃の手をそっと両手で包み込んだ。
一体何をしているのかと不思議そうな表情を浮かべる由乃に、聖は真剣な表情で告げる。

「今から、自分をしっかり保つことに集中してね。
 そして、認識すること。これは決して貴女の記憶じゃない。『この世界の島津由乃』の記憶じゃないってことを。
 もし、少しでも向こうの世界に引っ張られると、貴女は志摩子達と同じように塗り替えられてしまうから」

一体何を言っているの、そう尋ねようとした由乃だが彼女が口を開くことはなかった。
突如、自分の脳内に駆け巡る全く知らない記憶の津波。余りの情報量に由乃は過去に無い程に強烈な頭痛に襲われる。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――
脳が本当に割れてしまったのかと思うほどに押し寄せる頭痛に、由乃は思わずその場に倒れこみそうになる。
だが、耐えた。決して足を折ることは出来ない。足を折ってしまえば、二度と立つ事が出来なくなる、そんな気がした。
爪を掌に食い込ませ、歯を食いしばって必死に耐える。それこそ、永遠に続くのではないかと思える脳への負担。
そして、次第に由乃の記憶に多くの気泡が浮かんでいく。
そして、それが一つ弾けるごとに、自分の見たことも無い全く知らない光景が浮かんでくる。

祐巳との出会い、それはとある秋の日のこと。――違う、彼女との出会いは春だ。
出会った時、祐巳は自分と同じ一年生だった。――おかしい。祐巳は私の一つ下の学年だ。
祐巳は祥子様の妹となった。――どうして、祥子様の妹は瞳子の筈だ。
黄薔薇革命。――それこそ馬鹿な、自分は令にロザリオをつき返したことなんて無い。

幾度と無く気泡は弾け、その度に己の記憶が改竄されそうになる。
何が私の記憶で、何が私の記憶じゃないのか。その判断すらおぼろげに霞んでいく。
自分の中の世界と、他の世界が混ざっていくような感覚。何が本当で、何が嘘なのか。
否、どちらも真実。それが分かるからこそ、脳が耐えられない。頭がどうしようもなく痛むのだ。
だが、負けない。負けられない。絶対に負けるものか。ここで流されてしまえば、二度と自分は戻れなくなる。
きっと私じゃない『島津由乃』が、私の身体を染め上げる。それは祐巳の親友である島津由乃。
それでは祐巳は救えない。傷を癒せない。自分が自分でいる為に、胸を張って祐巳の姉となる為に、決して負けられない。

記憶の泡は次第に数を増していく。
ヴァレンタイン企画。三年生を送る会。志摩子と乃梨子のマリア祭での宗教裁判。
そして、ようやく目的の記憶に辿り着く。そこで、由乃は思わず声をあげてしまう。

「何・・・こ・・・れ・・・嘘・・・」

祐巳と祥子の擦違い。それは確実に少女の心を壊していった。
大好きな姉と、ちょっとしたすれ違いが何度も繰り返された上での悲劇。
互いがもう少し理解し合っていれば、知り合おうとすれば防げたことだった。
だが、それは所詮第三者の考えでしかない。この時の祐巳の心の傷の深さは、どれほどだったのだろう。
祐巳の叫びが。痛みが。全てが由乃の心に伝わっていく。
どうして祐巳を誰も救えなかった。どうしてここまで祐巳を追い詰めた。どうして。
――もし、自分だったら。祐巳の姉が自分だったらこんな悲しい思いは決してさせなかった。
あの心優しい少女をここまで追い詰めるようなことなど決してなかった筈なのに。
そして、一際大きな気泡が由乃の頭で弾けた。それは、彼女の悲しみの全て。

『もう・・・いいんです・・・』

それが、彼女の祥子に残した最後の言葉だった。
彼女は一体、どんな気持ちでそれを口にしたのだろう。どれほどまでに、心がボロボロだったのだろう。
最早、由乃は耐えられなった。その光景を最後に、突如ブレーカーが落ちたかのように視界は戻ってくる。
目の焦点が合わない。眩暈がする。嫌悪感が拭えない。世界に足がついてるのかも分からない。
だが、今は自分の身体のことなどどうでもいい。そんな瑣末なことなど由乃にとってはどうでもよかった。
聖の胸元を掴み、由乃は必死に己を奮い立たせる。まだだ、まだ肝心なことを聞いちゃいない。

「それから・・・どうなった・・・のよ・・・」

由乃の言葉に、聖は瞳を閉じる。だが、沈黙をよしとするほど今の由乃には余裕は無かったのだ。

「・・・だから、その後・・・祐巳さんは・・・どうなったのかって・・・聞いてるのよ・・・」

聖を自分の元へ引き寄せ、由乃はようやく焦点が定まってきた瞳で聖を睨みつける。
そして、聖は軽く溜息をついて、由乃に告げた。

「・・・何もないよ。祐巳ちゃんは、ずっとそのまま眠り続けてる。
 そうだね・・・どうなったという表現に言葉を返すなら、入院してると言うのが一番適切かな。
 その日から二ヶ月が過ぎた今も、祐巳ちゃんは変わらず眠り姫のままさ」

聖の言葉に、由乃は一瞬足元を支える地面が消えたかのような感覚に襲われた。
祐巳は、壊れてしまったのだ。心が壊れて、最早立ち上がることすら叶わなくなってしまったのだ。

「・・・もう、気付いていると思うけどね。祐巳ちゃんはこの世界の住人じゃないんだ。
 この世界とは似て異なる世界・・・パラレルワールドとでも言うべきなのかな。
 君の先程見た世界・・・君が祐巳ちゃんと同学年で、祐巳ちゃんが祥子の妹で・・・それが、彼女の本当の世界」

「何・・・それ・・・」

理解出来ないというように言葉を漏らす由乃だが、最早聖の言葉を否定できない自分がいた。
これは、間違いなく全て本当の事だ。聖の言っていること、見せてくれた記憶、全てが本当のこと。
何故なら、もしそれが事実だとすれば、全てが一本につながるからだ。
祐巳が祥子と会うことを拒む理由も、彼女が由乃に親友である島津由乃を求める理由もその全てが。

「・・・向こうは悲惨さ。祐巳ちゃんがそんな状態になって、次に壊れたのは祥子だった。
 自分のせいだと自分を責め続けて、しまいには倒れて・・・祥子も入院してるのと何ら変わりない状態さ。
 祐巳ちゃんがいない山百合会はもうバラバラだよ。ハッキリ言って、
 最早山百合会は活動していないのと同じさ。それだけ祐巳ちゃんは山百合会にとってかけがえの無い存在だった」

ま、あっちの山百合会のことは君には関係ないんだけどねと聖は付け加える。
だが、今となっては由乃はそれも他人事ではなかった。祐巳を失ってしまうと、恐らく自分も同じことになるだろうから。

「祐巳ちゃんがどうやってこの世界に来たのか・・・それは分からない。
 ただ・・・今の祐巳ちゃんにとってこの世界は都合が良かった。何故なら、世界は今バランスを失っているから。
 この世界は祐巳ちゃんというイレギュラーが入ってから、かなり不安定になっていたんだ。
 だから、世界は安定を求めた。祐巳ちゃんがこの世界に溶け込んでも違和感が無くなる様に・・・ね。
 祐巳ちゃんに違和感を抱くモノ全ては都合の良いように塗り替えられていく。令も、乃梨子ちゃんも、志摩子も。
 その度に祐巳ちゃんは自分の記憶も塗り替えられていった筈だよ。この世界で生きていく為にね」

「それなら、祐巳さんはこちらの世界で生きていけるのね・・・?
 もう、そんな辛い世界に戻ったりしなくてもいいのよね・・・私なら、もう祐巳さんにそんな辛い思いはさせないわ。
 私なら・・・私達なら、祐巳さんを守ってあげられる。祐巳さんを幸せにしてあげられるわ」

由乃の言葉に、聖は言葉を返さなかった。
数瞬の沈黙を経て、聖はようやく重い口を開いた。

「・・・それで、いいの?由乃ちゃんは」

「え・・・」

「確かにこの世界なら祐巳ちゃんは何も辛い思いをすることも無い。ここは祐巳ちゃんにとって優しい世界だから。
 けれど、さっきも言ったでしょ。祐巳ちゃんがこの世界に居続けるということは、世界を全て塗り替えるということ。
 ・・・それはつまり、『この世界の島津由乃』が消えちゃうってことだ」

由乃は言葉を失った。
この世界は祐巳にとって違和感を生じさせる全ての存在を塗り替える。
ならば、今の祐巳にとってその最たる存在は誰だ。他ならぬ、島津由乃その人ではないか。

「嘘・・・嘘よ・・・」

「志摩子、みたでしょう?あの娘も、結局は『祐巳ちゃんの知ってる藤堂志摩子』に塗り替えられた。
 ・・・それに、言った筈だよ。タイムリミットは祥子だって。あの娘にとって祥子がどんな存在か、分かったでしょ?
 今のあの娘に祥子と会うことは耐えられない筈だよ。祐巳ちゃんがああなっちゃった原因なんだもの。
 きっと会ってしまえば、全ての世界の塗り替えを行う筈だよ。由乃ちゃんも瞳子ちゃんも祥子も含めた、ね」

聖の言葉は由乃にとって死刑宣告以外の何モノでもなかった。
それはつまり、親友として祐巳を求めず、妹として祐巳を求める以上、由乃はこの世界に存在出来ないということ。
この世界で祐巳の心の傷を癒すということは、すなわち自分が『親友である由乃』になるということ。

「・・・どうして・・・ならどうして私にあんなこと言ったのよ!?
 祐巳さんと私の距離を縮めさせるようなことを言ったのよ!?こんなの・・・こんなのないわよ・・・
 折角自分の本当の気持ちに気付けたのに・・・こんなの酷すぎるわ・・・」

「落ち着いて。私は言った筈だよ、祐巳ちゃんは選択を君に委ねてるって。
 もしこのままの状態で時間だけが過ぎれば、きっと君は志摩子のように世界に塗り替えられる。
 由乃ちゃんの言うように祐巳さんを守るだけなら、癒すだけならそっちの方が早いもの」

「じゃあどうすればいいのよ!!?訳分かんない!!全然分からないわよ!!
 どうすれば私は祐巳さんと一緒に居られるの!?傍に居られるの!?教えてよ・・・お願いだから教えて・・・」

泣きそうな声で呟く由乃に、聖は待ってましたとばかりに笑顔を見せる。
その笑顔は、今の由乃にとっては何より安心できる笑顔だった。

「君は、祐巳ちゃんの何になりたいんだっけ?祐巳ちゃんをどうしたいの?」

「私は・・・私は祐巳さんの姉になりたい。祐巳さんと一緒に歩いていきたい。
 このまま祐巳さんを想う気持ちが消えるなんて嫌・・・私は祐巳さんの知ってる島津由乃とは違うの。
 私は『この世界の島津由乃』なの。祐巳さんと親友じゃなくて、姉になりたいの・・・」

「そうだね。由乃ちゃん、もう一度言うよ。そのまま真っ直ぐに自分の本心に従いなよ。
 本当は自分がどうしたいのか。一体何を求めているのか。自分の想いをそのまま行動に移せばいい。
 それをありのままに祐巳ちゃんにぶつけるのさ。今の君なら出来る筈だ。ありのままの自分を最後まで貫けばいい。
 そうすれば、きっと祐巳ちゃんを救う為に力を貸してくれる筈だよ。君の中に眠るもう一人の島津由乃が、ね」

優しく由乃の頭を撫で、聖は優しく笑ってみせる。
そして、由乃から手を離し、一つ大きな背伸びをする。

「さて、と。見届けさせてもらうよ、由乃ちゃん。ここまで来ることが出来た君が果たしてどんな道を選ぶのか。
 この優しさに包まれた世界で全てを塗り替えられ祐巳ちゃんと生きていくのか・・・それとも・・・
 私も『佐藤聖』も、その結果を楽しみに待ってるよ」

身を翻し、由乃に手を振って聖は学校を後にする。そして後ろを振り向くことなく歩き出した。
由乃は聖の後姿を見つめながら、彼女から教えられた言葉を心で反芻していた。

「もう一人の私・・・貴女も、私の中にいるの?」

胸に手を当て、由乃は自分の心に問いかける。
ずっと祐巳の傍で、親友として共に過ごしてきたもう一人の自分。
貴女なら、祐巳を救う方法を知っているのだろうか、と。












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