Epilogue.パラソルをさして貴女と共に










ある放課後の薔薇の館で、志摩子と乃梨子は二人でハラハラとしていた。
その理由は言うまでもなく、小笠原祥子の機嫌の悪さによるものである。
以前からそうだったのだが、今日は更に輪をかけて機嫌が悪い。
その理由は目の前で繰り広げられている光景によるものだということは、誰が見ても簡単に分かることだった。

「こら、祐ー巳、あんまり動かないの。折角可愛くなってきたのに、失敗したら元も子もないでしょう?」

「で、でも由乃お姉様、それはくすぐったくて、やっ!」

「もう・・・そんなに可愛い声を出されると我慢出来なくなっちゃうじゃない。
 もう少しだけじっとしてなさい。とびっきり可愛くしてあげるから」

その光景――由乃が祐巳の髪を弄って遊んでいる光景が祥子の機嫌の悪い理由だった。
無論、現在は仕事をする時間ではない為、二人がこうして遊んでいる分には問題ないのだが、
祥子が問題としているところは当然そんなところではない。
要するに、祐巳と由乃がイチャついているのが気に食わないのだ。

「ほら出来た!ツインテールも悪くないけど、やっぱりポニーテールもいいわよね。
 ああもう!!祐巳の可愛さは反則よ!!可愛すぎて私どうにかなっちゃいそう!!」

「きゃっ!!よ、由乃お姉様っ!!みんな見てる!!」

「いいじゃない!この際だし見せ付けてあげれば!」

あ、限界点。祥子を見て、乃梨子は他人事ながらそんなことをふと思ったりした。
その予想は見事に的中した様子で、祥子は椅子から立ち上がり、力強く机を叩いた。

「いい加減にしなさいっ!!!!」

「嫌です。休憩時間中にどうして祥子様に怒られなきゃいけないんですか。
 という訳で祐巳、次はどういう髪型がいいかしら?」

「っ〜〜〜!!!祐巳っ!貴女もハッキリと由乃ちゃんに迷惑だって言いなさい!!」

「え・・・でも、迷惑じゃありませんし、むしろ嬉しいですし・・・」

祐巳の言葉に、祥子は一瞬倒れそうになった。
――そう。このような光景は最近の山百合会では日常茶飯事だった。
ある日を境に、何故か祐巳と由乃の距離が一気に縮まった。
それだけなら何も問題は無かったのだが、何故か由乃の事を祐巳が『お姉様』と呼ぶようになったのだ。
理由を聞いても『だってお姉様ですから』としか答えないし、
由乃に至っては祥子に対し『祐巳さんを傷つけて振り回した祥子様がどうこう言える立場ではないと思いますが』と
手痛いカウンターを浴びせる始末だ。最早二人の関係は異常な程に親密になっていたのだ。

「ちょっと令!貴女由乃ちゃんの姉でしょ!?なんとか言いなさいよ!!」

「別にいいじゃない。祥子が祐巳ちゃんの姉であることに変わりはないし、
 祐巳ちゃんは今も祥子のことが大好きだって言ってくれるんだからさ。
 私なんかどうすればいいのよ・・・孫が急に二人も出来ちゃって、由乃全然私に構ってくれないし・・・」

「あら、私もお姉様のこと大好きよ?」

「そんな取ってつけたように言わないでよ・・・」

笑顔を浮かべる由乃に、ガクンと落胆する令。
ええい、役に立たないと心の中で愚痴りながら、祥子は視線を一人の女の子へと向ける。
その娘は祥子の視線に耐性が無いのか、びくりと身体を震わせた。

「笙子ちゃん!貴女は正式な由乃ちゃんの妹でしょう!?
 だったら妹としてあの姉をなんとかして頂戴!」

「え、ええ!?ででで、ですが私では・・・」

「ちょっと!どうしてそこで笙子を責めるんですか!笙子は関係ないじゃないですか!」

その少女――内藤笙子にターゲットを変更した祥子であったが、
白薔薇の蕾、二条乃梨子という予想外の助っ人に言葉を続けることが出来なかった。

黄薔薇の蕾の妹、内藤笙子――彼女がそうなってからまだ一週間と経っていない。
彼女が由乃の妹になるのはまさに神速の如き速さだった。
由乃が教室に出向き、出会ったばかりの笙子に『妹になって欲しい』と告白したのだ。
突然の黄薔薇の蕾の告白に、それこそ学園中が大騒ぎとなった。
それもその筈で、その日会うまで笙子と由乃は一切面識が無かったのだ。
リリアン瓦版には『一目惚れ』だの『運命の恋』だの散々書きはやされたものだ。
そんな無茶苦茶な告白ではあったが、なんと笙子はOKを出したのだ。
以前から彼女が山百合会に興味を持っていたのも理由のひとつではあったが、
最大の理由は『由乃様とは初めて会った気がしない』というとてもフィーリングに富んだ理由であった。
彼女が由乃の妹に迎え入ったとき、誰よりも喜んだのは他ならぬ祐巳だった。

「分かった、分かりました。祥子様、そんなに嫉妬なさらずとも
 祐巳は祥子様のことが大好きですから安心してください。ね、祐巳」

「うん。私、お姉様のことが大好きです」

少し照れたように微笑む祐巳に、祥子は思わず表情を溶かされそうになる。
だが、次の瞬間にその浮かれた気持ちは一蹴されてしまった。

「それじゃ祐巳さん、由乃さんと祥子様はどっちが好き?」

「えっと・・・あはは」

志摩子の言葉に、祐巳は申し訳なさそうに言葉を濁すだけだった。
だが、視線は明らかに由乃の方へ向けられている。祐巳の隠し事が出来ない性格が仇となってしまった。
最早言葉を発する気力も無いのか、祥子は黙って席へついた。

「志摩子さん、駄目だよトドメをさしちゃ・・・」

「トドメ?私、何か拙いこと言ったかしら・・・」

思いっきり天然爆発の志摩子に、乃梨子は深く溜息をついた。
本当にこの人は私がついていないと駄目だ。そう再認識させられた瞬間だった。

「それじゃ、次は笙子ちゃんね。笙子ちゃんはどんな髪型にしようかな〜」

「きゃあっ!!よ、由乃様っ!くすぐったいですっ!」

いつの間に入れ替わったのか、由乃の腕の中では今度は笙子が可愛がられていた。
由乃から解放された祐巳は、リボンで髪を結びなおしながら、志摩子の隣の席へと戻る。

「お疲れ様、祐巳さん。今日は一段と由乃さん激しかったわね」

「うん。なんだか最近欲求不満が溜まってるとか昼休みに力説されたよ。
 最近由乃お姉様がどんどん聖様化していってるみたい」

「ふふ、それは確かにその通りね。由乃さん、祐巳さんや笙子さんと接してるときが一番楽しそうに笑ってるから」

あれは果たして『接する』というような控えめな表現でいいのだろうか。
そんなことを乃梨子は横目で由乃を見て、思っていた。あれは一種のセクハラではなかろうかと。

「もう少し抑えてくれるといいんだけど、ね。困ったお姉様です、はい」

「そうね、以前から気になっていたのだけど、祐巳さんはどうして由乃さんをお姉様と呼ぶようになったの?
 祐巳さんのお姉様は祥子様だし、由乃さんの妹は笙子さんでしょ?二人の間で何かあったのかしら」

志摩子の質問に、祐巳はそうだなあ・・・と少し考える仕草を見せる。
そして、一度由乃の方に視線を向け、何かを決意したように志摩子に向き直る。

「あのね、志摩子さん。実は私、別世界では由乃お姉様の妹なんだ。これ、他の人には内緒だよ」

「・・・そうなの?それなら祐巳さんが由乃さんをお姉様と呼ぶのも納得ね」

『んな訳あるか!!』そう思わず全力で突っ込みそうになった乃梨子だが必死に声を抑えて自制する。
いくら何でも先輩、しかも一人は自分の姉で現薔薇、もう一人は次期薔薇で一年生に人気の高い福沢祐巳に対して
思いっきり突っ込んだとあっては自分は明日から一年の教室にはいられなくなる。
必死に自重する乃梨子を他所に、祐巳は『まあこれは冗談として』と付け加えた。
思わず全身の力が抜けそうになった乃梨子だが、その時『冗談だったの?』と答えた志摩子を忘れることはなかった。

「ごめんね。ちゃんとした理由は話せないんだ。だけど、私は由乃お姉様に関して一つだけ言えることがあるよ」

志摩子に向け、祐巳は照れたままで話す。

それはこれからも変わらない誓い。
それはこれからも変わらない想い。
祐巳の心と由乃の心。その二つが離れることはこれから先も無いだろう。
二人の絆は離れない。たとえ世界が二人を裂いても、自分達はきっと乗り越えてみせるから。

「お姉様のことが・・・由乃さんのことが大好きだという気持ちは、
 いつまでも変わらないってこと。それだけは、絶対に言えるよ」

「あら、それは私も同じよ。私も祐巳・・・祐巳さんが大好きだという気持ちはいつまでも変わらない。
 それだけは絶対に約束するわ」

どこから聞いていたのか由乃の声に、祐巳は嬉しそうに微笑んだ。




つないだ二人の手は決して離れない。
祐巳と由乃の手は今、しっかりとつながれている。互いの温もりが分け合える。
辛いときは支えてあげられる。悲しいときには一緒に泣いてあげられる。だから、一緒に歩いていこう。








貴女との絆を胸に抱いてどこまでも――










 END








もしSSを楽しんで頂けたなら、押して頂けると嬉しいです。







あとがきみたいなもの


戻る

inserted by FC2 system